吸血鬼にはベタなシリアスが似合う
ダイニングホールの椅子に、不機嫌そうに腰を下ろす。
普段の彼女からは想像出来ないような、胸元や背中が大きくひらいた大胆な黒のドレスに身を包んだ九鬼きゅう子は、うつむき、膝の上に載せた両手を強く握った。
そんな彼女の様子を見かねて、上座に座る男が声をかける。
「久しぶりの対面に挨拶も無しか……何が、気に入らない? ……料理か? それともドレスか? 」
男の問いに、彼女は応えない。
まるで男をいないモノとでも言うかのように、強く握った手をじっと見つめる。
男は、きゅう子の態度を見て嘲る。
「ふははははは! ……なんだそれは? 反抗のつもりか? それとも……。」
彼女は強く思う。
早く今日が終わってほしい……。
明日になれば、また学校で二人に会える……。
そして下校時の事を謝って、いっぱい笑おう……今までの分、いっぱいいっぱい。
しかし、きゅう子の思考を断つように、男は言葉を振り下ろす。
「奴らの影響で気でもふれたか? 」
その言葉に、きゅう子の視界が赤く染まる。
椅子が倒れるのも構わず勢いよく立ち上がり、男を睨む。
赤く光る眼は見ひらかれ、口元の牙がむき出しになる。
身体から噴き出す赤いオーラのようなモノが、蝋燭の火を激しく揺らした。
「全部……全部イヤ! 兄さんの! この家の! 吸血鬼の全部! 」
きゅう子は吠える。今までの不条理を。この男に全てぶつけるように。
きゅう子は吠える。私たちの邪魔をするなと。兄、九鬼蔵人に。
だが、兄には届かない。
「はっ……嫌なら嫌で構わん。そこで大人しくしていろ。ただ……その醜い仏頂面だけはどうにかしろ。食事が不味くなる。」
「……っ! 」
きゅう子は部屋を出ようと蔵人に背を向けるが、その瞬間、頬に衝撃が走る。
鈍い痛みの中、原因を確かめようと振り向くが、振り向きざま、何かに再び頬を打たれ、床に倒れこむ。
蔵人はうずくまるきゅう子に近づき、腹部を蹴り上げる。
嫌な音が部屋に響き、きゅう子は赤黒い血を吐き出す。
「ごほっ! かはっ! ……はあ……はあ……兄さんが……その気なら……! 」
蹴られた箇所を手で庇いながら、きゅう子はよろめきながらも立ち上がる。
蔵人はそれを冷ややかな目で見降ろす。
「容赦しない! 」
赤いオーラが身体から噴き出し、今まさに飛びかからんとした時、きゅう子の視界が歪む。
オーラは掻き消え、きゅう子は膝をつくと、そのまま床に崩れ落ちた。
蔵人はきゅう子の髪を掴んで無理やり引き起こすと、何かを確認するように顔を覗き込む。
「……やはり、傷の治りが遅いな。」
そう言うと蔵人はテーブルのグラスを手に取り、中の液体を口に含むと、きゅう子に口移し、掴んだ髪を離す。
床に伏し、混濁する意識の中、きゅう子の頭に兄の声が響く。
「……美味いか? きゅう子……。」
美味しい。
こんなに美味しいモノは、産まれて初めて……。
ううん、初めてじゃない……ずっとずっと昔……味わった事があるような……。
「それが性と言うモノだ。」
その言葉が、きゅう子の意識を現実へと引き戻す。
結果、襲い来る強烈な吐き気。
「うっ!? おえっ! おおおおぇ! 」
「お前は強い……だが、食事も摂らず日の下をうろつき、力を使うからそうなる。」
蔵人は、冷たく言葉をぶつける。
「いくらこの地であろうと、我ら、血の呪縛からは逃れられん……。」
「はあ……はあ……。」
「奴らとの繫がりがそんなに大切か? ならばこそ、かかわらぬ事だ。」
イヤ……。
「そうすれば、これ以上お前が傷つく事もない……。」
イヤ……!
「……今日はもう良い……今は眠れ……愛しき妹よ……。」
兄の最後の言葉を聞く前に、きゅう子の意識は途切れていた。
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