第7話・先生、僕は変態ではありません

「ローグライト」

「はい」

「テイラーが取りに行っている間、これに着替えておけ」


 実はまだ私服のワンピースだったりする。

そして、渡されたのは、冒険者学校の制服だ。

白を基調としたブレザーでスカートは黒、それと水色のネクタイだ。


「この三つが揃っていれば後は何でも良いぞ。 そこに簡易更衣室がある」


 大きさ的にプレハブ小屋で男女別の入り口がある。

中に入ると着替えるだけという感じのスペースしかない。

十個ほどのロッカーが並んでいるが全く使われていないようだ。

その内の一つを開けると内扉に鏡があり、この世界いやTS転生とやらをして初めてまともに自分の姿を見た。

 毛先へ行くほど黒くなっていく紅い髪に金の瞳。

流石はエルフ、かなりレベルの高い顔をしており、美人というより可愛い。

アーモンド型の目は、若干きつめの印象を与えるかもしれない。

エルフ特有の長い耳はハーフエルフ故か髪の陰に隠れて先がちょっと見える程度だ。

正面から見るとボーイッシュ感の漂うショートカットに見えたが、横に顔を向けると後ろに束ねた長い髪が腰辺りまで伸びているのが分る。

背は百六十前後、低すぎず高すぎず、胸は・・・慎ましやかにしている。

 ワンピースを脱ぎ変わりにブレザーを着る。

後でシャツを買わないとブレザーの直はダメだな。

ネクタイを取る。

当然ながら中高でよく使われるタイプのワンタッチタイプではない。

まぁ、俺は普通にリーマンを経験しているのでネクタイを締めるのはどうって事もない。

スカートを穿いて着替え終了。

更衣室を出るとまだティルは帰って来ていない様だ。


「ふむ。 似合っているではないか。 シャツは校舎か寮で買っておけ」

「寮?」

「街に来た時に四つの象徴的な建物があったろ。 あれが寮だ」

「え、あれ寮なんですか?」

「ああ。 寮には売店、食堂、図書館、鍛錬場、入浴場、何でも揃っている。

寮の売店は、校舎で売っている商品以外にも科特有の商品がある」

「分りました。 寮で買ってみます」

「そうしておけ」

「はぁ、はぁ、お、また、せ、しまし、た、はぁ」


 息も切れ切れに俺たちがダンジョンへ潜る時間まで残り三分といったところでティルが合流する。


「遅いっ!」

「すす、すみませ~ん」


 彼女が持って来たのは二挺の銃だ。

回転式ではなく自動式、つまり現代の銃に近い武器がこの世界にもあるという事だ。

しかも、女性や子供が扱う様な口径の小さな銃ではない。

デザードイーグルの様な口径の大きい銃だ。

E/Oほどではないがこの世界の人もまた地球人よりも身体能力が高いのだと予想できる。


「よし、全員揃ったな。 ところでローグライト」

「はい?」

「お前、いくつの精霊と契約している?」

「・・・ゼロ、です」

「だろうな。 ほれ、コレ使え」

「これは?」

「教員用機械式サポーターだ」


 渡されたのは白銀に輝く丸い物体、真ん中に水平に切れ目があるぐらいだ。


「それに物理以外ならなんでも良い。 力を加えてみろ」


 じゃぁ、魔法力つまり単純はMPをこの物体へ加えてみる。

するとフワリを浮き上がり切れ目から淡い緑色のオーラが光る。


「それは力を与えられた者の後を追従し、傷付いた者を癒す道具だ。

本来、ダンジョンで遭難した生徒を救い出す為に”脳筋”教師へ渡される。

ちなみにそれは私のだ。 大事に使えよ」


 つまり、ミランダ先生は脳筋という事か、メモメモと。


「次回ダンジョンへ潜る前に一つでも良いから契約しておけよ」



 初級ダンジョン、冒険者学校が人工的に造ったダンジョン。

ダンジョンに入ったというのにまるで建物の中にいるように小ざっぱりしている。

ダンジョンといえばジメジメしていて照明は松明というのが定番であるが、地面、壁、天井と全て大理石の様なきっちりしたタイルで覆われており照明も魔力の光で照らしている。


「ここは入り口だからな。 階段を下りてからが本番だ」


 階段を降り切るとタイル張りではなくなり、剥き出しの地面や天井が露出し照明も松明へと変わる。


「さて、モンスターが現れるまでに少し話しておく」

『?』

「初級ダンジョンの管理は三週間毎に担当教員が変わるのだが、今週からは魔法科錬金術師教員ネイビット先生が担当している。アルブレンドやテイラーは馴染みない先生だから知らないと思うが、こいつは引き篭もりの変態だ」


 教師なのに引き篭もりの変態とか、それで良いのか冒険者学校。


「変態ですか?」

「ああ、お前とは別種の変態だがな」

「先生、僕は変態ではありません」


 リントくんは反論するが先ほどのアレの後だと説得力が皆無に近い。


「こいつの創る物は効果抜群なんだが大概、迷惑極まりない副作用がある。

例えば、これだ。 アルブレンド飲んでみろ」


 リントくんの反論を華麗にスルーして怪しい色のポーションをサイドポシェットから取り出す。


「え? えぇ!? これ副作用あるんですよね?」

「まぁ、あるな。 お前なら大丈夫だろ」

「ちなみに副作用は?」

「確か、異性の尻をどうしても触りたくなる、だったか?」


 なんだ? その副作用は・・・。


「いやですよ。 こんなの」

「そうか。 お前ならいつもしているから大丈夫かと・・・」

「・・・・・・してません!!」


 ああ、していた心当たりがあるんだな。


「みんな、この先、いるよ」


 ずっと黙っていたティルが鋭い目付きで右へと曲がる角を見ている。


「テイラー、僕の後ろへ、先生行きますよ」

「ああ」


 レントくんとミランダ先生は姿勢を低くして素早い動きで前方へ走り抜ける。

ティルは腰から銃を二挺抜き二人に続いて前へ出る。

回復しかする事のない俺は歩きながら曲がり角へ向かう。

俺が曲がりきる前に数度の金属音と二発の銃声音の後、何も聞こえなくなる。

戦闘は終了した様だ。


「どうしよう」


 する事がない。


「剣は持って来ていないのか? 使えるのだろ?」

「ボクの剣はパーティー向きじゃないんです」


 俺の使う剣術、一対多数もしくは一対軍団を想定して進化させていった代物だ。

味方がいると巻き込む可能性というか間違いなく巻き込むのでゲームでの前キャラには”暴虐ぼうぎゃく”という二つ名が付いていた程だ。


「いざという時には使いますが、あまり期待しないで下さい」

「そうか。 ムリはするなよ」

「はい」


 流石、初級ダンジョンだ。

モンスターとの遭遇率は高くなく、宝箱は突き当たった所にあり、罠は見つけやすく配置されている。

まぁ、戦闘や宝箱は良いとして、罠に関しては、どんなに簡単な罠でも掛かる人は掛かる。


「待って。 罠」


 何もない通路の真ん中でティルが唐突に声を掛ける。

本当に罠があるのか疑わしいほどだ。


「え」


 ティルよりも前を歩いていたリントくんが後退りしようとする。


「動かない!」

「はい・・・」


 いつもより強い口調でティルはリントくんを制止する。


「ちょっと、調べるから絶対に動かない事」


 ティルがリントくんだけでなく俺らの方にも視線向け言う。


『わかった』


 ティルは、壁や床、天井にも視線を行き来させ手で触ったり叩いたりしながら少しずつ前に進んでいく。


「あ」


 罠を見つけたのだろうか、ティルの動きが止まる。


「どうした? テイラー」

「テヘ、罠踏んじゃった」

『え』

「でも、大丈夫だよ。 簡単に解除できるから」


 罠を踏んだと思われる右足周りをティルは道具を使いなにやら作業を始める。


「なるほど、凹凸式ね。

なら、こうやってこうしてこうやったら、だ、大丈・・・ぉ、ぅへ、ヘックシ」


 足を罠から外し、代わりに道具を罠の隙間に差し入れていたがくしゃみの反動で道具が跳ねどこかへ飛んでいく。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」


 そして、それとほぼ同時にティルの目の前にいた筈のリントくんの姿が掻き消える。

リントくんがいた筈の場所までみんなで駆け寄ると落とし穴があり、その底に彼が沈んでいた。


「流石、ネイビット先生だな。 厭らしい罠だ」


 ミランダ先生曰くあまりにも多く入れすぎた為、原型を留めていないが、落とし穴の底に敷き詰められているのは、布だけを溶かす体液を持ったスライムだそうだ。

彼が心配ではあるが、着ている物が剣とブレストアーマーと靴だけという非常にマニアックな格好になっており目のやり場に困る。

これを設置したネイビット先生は、女の子が落ちるのを期待していたに違いない。


「アルブレンド! おいっ、アルブレンド起きろ!」

「ぅ、う~ん」

「ローグライト、その杖で突いてくれないか」

「えー」


 ミランダ先生の一睨みで俺は抗議むなしく杖の先端でレントくんをつつく。


「あ」

「目を覚ましたか。 二人とも手を貸してやれ」

『はい』


 レントくんが落とし穴から抜け出せる様にティルは左手、俺は右手を差し出した。

しかし、途中まで順調に登っていた筈なのに、唐突にレントくんの動きが止まる。


『ん?』


 不思議に思い俺とティルは、レントくんの視線の先を追う。


「きゃっ」

「死ねぇ!」


 ティルは両手で股を押さえ、俺は手を放してリントくんをもう一度落とし穴へ蹴落とした。

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