8/ばっちり合法!(out law)2




(失敗したなぁ。)



『法』というものは、いち集団を律し、また存命させる為のである。


 合理性の良さを知りながら、非合理的に動きたがるニンゲンという種族を囲い込むには、権威や罰……あるいは信仰をいしずえに、法を敷かなければ、あの孤独な群れは機能しなくなってしまう。


 基本的には『こういうことはやっては駄目ですよ』というヤツだ。


 法は、その庇護下にある個人を、群れの力で守るもの……という認識で良いだろう。

 法を守れば、法が護ってくれる。



 私達にも、自然の中という大きな法の他にも、海の民としての守るべき法があった。

 これは種族を存命させるためのもので、やっぱりその辺はニンゲンのそれと同じだろう。


 お婆様の言いつけも、その実ただの束縛ではない。

 過去に散々起こった悲劇から学んで、それが次にも起きないようにする為の措置だ。


 破れば法の庇護を受けられなくなる。

 群れとしては、生きられなくなってしまうのだ。


 ――そう。たとえばあの、幼い頃に自分の家族を喪った、一頭のシャチのように。



 リチャードにしてもそうだ。


 彼は、私達が架した三つの約束事を……仮に私達が破ったとしても。


 海の都に育てられた、ニンゲンとしての庇護を失う。


 陸に蔓延する、その他のニンゲンと同じ扱いになる。


『法』というのはシステムなだけあって、とても冷酷に機能する。


 その代表にして冷酷さの最たるモノは――“法の外にあるモノについては一切関係無い”というだろう。



 今現在、私達の活動域から一番近い陸のニンゲンの集団――国家未満は、人身売買の類を禁じている。


“海賊達の楽園”と呼ばれるその群島一帯では、そんな法を自ら捨て去った連中も多い。


 だが、彼等は法に縛られない代わりに、大きな『敵』を作る。


 なにせ、法は守ってくれないのだ。


 ちょっと私の現状から横道に逸れてしまった。



 つまり、だ。


 人身売買の類を禁じる、というニンゲンの尊厳を守るための法は――


 ――


 つまり、、というわけだ。


(馬鹿だなぁ私。……ニンゲンが、みんなリチャードみたいなのばかりじゃないって、知ってた筈なのに。)


 それどころか、彼以外には居ないのだ。


 ニンゲンと海のモノ。どちらつかずの、或いは孤独な自由を謳歌する、燕のようなニンゲンは。






『ジノリ船長のことが知りたいだあ? ハハハ、流石はキャプテン。まさか人魚族にも顔が利くたあな! いいぜ、教えてやるよ!』


 そんな口車に乗せられて、あれよあれよと言う間にこのだ。


 鉄の首輪に手錠。


 狭苦しい水槽に押し込められた私は、私自身の闊迂うかつさを呪っている。


 彼等からしたら思わぬ獲物が舞い込んだ、というところだろう。


「まさかこんなところで人魚が手に入るなんてな! キャプテン様サマだぜ!」


 人魚ひとり捕まえたところで、海賊を取り締まるような海軍なんていないのだし。


 それに彼等は、私にどれだけの価値があるかを、とても良く理解していた。


「与太話だが、それを信じるヤツが後を絶たないってのはボロいぜ。んだろうなあ! 鱗一枚で金貨三枚は下らないだろ? なあネェちゃん、?」


 …………。

 あぁ、本当に、ニンゲンという生き物は。


「それにアレだろ? どっかの国じゃ人魚の肉はってェ話だ。どうだい?」


 ――そんなの。本当ならわよ、ばか。


「…………い」


「あん? 何だって?」


「きたない、って言ったのよ、ニンゲン。野蛮だし、臭いし、こんな所に押し込めて、女の扱いがなってないわ」




 間。




 それから爆笑の渦が私を襲った。


「ハハハッ! ハハハハハッ!! ハハハハハハハッッ!! そりゃあすまねえ! なにせ育ちの悪い海賊だからなあ俺たちは!」


「いやあ、だがほんとに腰から上は上物だよな人魚って! な、な、頭! ちょっとだけ俺等で味見してもいいんじゃねえ?」


「バァカ。人魚サマのお眼鏡に適うモン持ってねえだろお前。っつーか噛み千切られてもしらねえぞ?」


「……汚らわしい」


「おーおー! そうそう、そういう目とか大ッ好物なのよ俺! ギャハハ!」


 私の反応がどうであっても、今はこいつらを悦ばせるスパイスにしかならないみたい。


「あー、そうそう。ネェちゃんな。ジノリのこと、知りたかったんだろ?

 教えてやるよ。俺ぁ嘘はつかないんだ」


 上機嫌で葡萄酒ワインをラッパ飲みしながら、かしらと思しきニンゲンの男は私に微笑みかけた。とても下種な笑みで。









「たぶんアイツ、だぜ?話題に出すと決まって顔をしかめるんだよ、あの万年能天気が!」




 ――それで私の、もしかしたら彼が来てくれるかもしれない、という願いも沈没した。



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