人魚の泪はかく語りき

冬春夏秋(とはるなつき)

プロローグ


『解らない事があったら、リチャード=ジノリに訊いてみな。アイツはこの海の事ならなんだって知ってる。 ……そのジノリ船長がどこにいるかって? だからそんなのは奴に訊けよ。海の事ならなんだって知ってんだ、ジノリは!』        /港酒場の酔っ払い


                                              




 リチャード=ジノリ。“燕”の名を冠した海賊船長。


 本名、年齢、出身ともに不詳。


 世界最速を誇る、帆船にして煌黒けいこくの海賊船、《ブラックダイヤ号》を駆る、豪放磊落ごうほうらいらくな海の男。


 彼には話題に事欠ことかかないほどの『伝説』が付随し、またそれに劣らないだけの『謎』が彼の後を追う。


 曰く。人魚に愛された人間の男――


 曰く。手に入れた宝を積み上げればあの月まで届く――


 曰く。その殆どを売り払ってしまった――


 曰く。不老不死の妙薬を飲んだ――


 曰く。自分の描かれた絵本を見つけ驚いた――


 曰く。世界の果てまで船を出した――


 曰く。その後の彼がどうなったか誰も――



 ――何故。掲げる海賊旗にドクロが描かれず、黒一色なのか。


 ――何故。彼は『燕』と呼ばれるのか。


 ――何故。彼は人魚に愛されたのだろうか。


 ――何故。彼は手に入れた宝を売り払ってしまったのだろうか。


 ――何故。彼はブラックダイヤ号を手に入れたのだろうか。


 ――何故。彼は『リチャード=ジノリ』という名なのだろうか。




 どうだろう。少しは貴方の興味をくことができただろうか。


 と言っても、私は彼の現在いまをそう多くは語れない。



 ……だから。幾つもの伝説と奇跡に彩られた彼の生涯で、おそらくは誰も知らない彼の出自を語ろうと思う。



 どうやって始めよう。最初が肝心だ。……そう。




『――はじまりは満天の星空。雫を落としそうなほどにきらめく三日月の夜。



                        私はその日、奇跡を見た』





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