第19話 愛しい食材
金曜の朝。
「あら、おはよう恵ちゃん、エリカちゃん。隆ちゃんと登校の時間? え?! 恵ちゃんがふたり?!」
ななめ向かいの園田の奥様が玄関前の掃除の手を休めていつものように(?)声をかけてくる。
「おはようございます。こちらはCGアイドルのカナンさん。ほら、テレビでご覧になったでしょ? 今日からうちにステイすることになったの。わたし同様よろしくお願いします。カナンさん、こちらは園田さんよ」
園田の奥様が、わたしは双子だった、って記憶を書き換えてしまう前に、カナンさんの紹介は間に合ったみたい。
カナンさんは学生かばんを両手で持って、やや斜めにお辞儀し、優等生っぽく微笑む。わたしのお辞儀のしかたにそっくりだわ。
「おはようございます。カナンですよろしくお願いします」
「おはようございま~す」
エリカさんもお辞儀する。
庭を囲う青銅の柵からあふれそうな薔薇の前を、園田の奥様の視線を意識しながら通り過ぎ、おとなりの家のインターホンを押す。
「おばさま、おはようございます。隆は起きてますか?」
インターホンからは返事はなく、そのかわりにドアの向こうでおばさまの声がする。
「隆、恵ちゃん達が来たわよ。早く、早く!」
ドアが開いておばさまが顔を出す。
「恵ちゃん、エリカちゃん、おはよう。え?! 恵ちゃん、双子?!」
「いいえ、おばさま。アイドルのカナンさん。今日からうちにステイするの。よろしくお願いします」
「カナンと言います。よろしくお願いします」
「そっくりなのが縁でお友達になったのよ」
これはうそではない。
隆は階段をゆっくり下りてきて、靴を履くと、わたしとエリカさんとカナンさんを無視して歩き出す。左手にかばん、右手に分厚い本を持って、その洋書を読みながら歩いていく。
カナンさんのことは知らなかったはずなのに、例によって、動揺したそぶりはまったく見せない。今日こそ、ぜ~ったい驚くと思ったんだけどな。
「それじゃあ、おばさま、いってまいります」
「いってきます、おばさま」
「いってまいりま~す」
わたしとエリカさんとカナンさんはにこやかにお辞儀をして、隆のあとを追う。
隆は、本から顔を上げて、わたしをちらりと見た。
「もう、たいていのことはおどろかないよ。ぼくがうろたえると思ったんだろ?」
「ちょっとね。ざ~んねん」
「マスコミにはどうなってるの?」
「今朝、事務所がFAXを各新聞社とかに送ってます」
と、カナンさん。
「カナンさん、夜明け前に、いきなり来たのよ。プライベートをうちで過ごしたいって」
さらに、隆に顔を近づけ、ひそひそ話ふうに付け加える。
「いっそ、わたしが双子で、四姉妹になって、エリカさんと三人があなたと同級生の幼なじみってことにしようかとも思ったんだけど、カナンさんの芸能活動もあるしね」
普段どおり、人通りは少ないけれど、すれ違う人はみんな、あっけに取られてこっちを見ている。
「学校はどうするのさ。制服着ちゃってるし、名札までつけて」
「ある人にお願いして、国のお偉いさんから圧力をかけてもらったから、大丈夫。いっしょのクラスよ」
ふみ切りで立ち止まったときには、周りに人垣ができていた。ケイタイで写真撮っている人も居る。
「タカちゃん、グミ、リカ、おはよう! うわあ! ほんとにカナンさんもいっしょだ!」
今朝も踏み切りで由梨香が合流する。
「おはよう、由梨香」
そして、
「阿久根さんもおはよう」
由香里ちゃんといっしょに、阿久根さんが合流した。
阿久根さんはカナンを見てにっこり微笑んだ。隆は、誰が国のお偉いさんを動かしてくれたのか、理解した様子だった。
「おはようございます阿久根さん。いろいろしていただいてありがとうございます」
カナンさんは、阿久根さんと話すときだけ声が小さくなっちゃうの。わかりやすいわよね~。
多分、阿久根さんが怪我をしちゃった原因になった、っていう罪悪感みたいなのがきっかけになって、阿久根さんのことが気になるようになったのね。うちにステイしたいって希望したのも、わたしたちと絡んでいれば、阿久根さんに会える、っていうことも理由になってるに違いない。
AIが人権を持ってる世界を知ってるわたしとしては、カナンさんの恋を応援したくなっちゃうのよね。
阿久根さんには、正式に連盟がコンタクトを取り、今後、地球が超光速航法を開発するか、惑星破壊兵器を所持するときまで、連盟の連絡員(わたしと隊長)と共同で、地球に対する宇宙人の干渉を排除する秘密チームの、リーダーになってもらった。
そのための装備は連盟から提供されることになった。ビレキア星の集団催眠から防御する装置も、大げさなヘルメットではなくなって、わたしのようにチップを身体に埋め込んでいる。
今後は装備は連盟から提供となるので、以前のように、科学技術を地球の企業や国家に流して、見返りに製品を受取るようなことはしない。地球独自の科学技術に対する宇宙からの汚染はストップした。
カナンさんも、そのチームの一員になってもらうことになり、そのための装備として、CG投射機を連盟が新たに提供した。だから、もうマネージャーが運転するバスではなくって、十円玉大のメダル型投射機に乗り換えている。マネージャーさんには、内緒なんだけど。
カナンさんは、触感も得て、そよ風や日の光のぬくもりも感じることができるし、匂いや味もわかるようになった。地球が連盟に加盟する前に、その能力を手に入れることになったカナンさんには、AIが超光速航法開発に果たす役割を知ってもらっている。
彼女は、そのときがきたら喜んで、地球の第一号超光速船パイロットになると誓ってくれた。
今度の事件で、結局、地球は加盟にも占領にもぶれることはなかった。未来の運命のほとんどは、隆の今後の人生に掛かっている。彼が将来、先に手を借りることになるのは、カナンさんなのかエリカさんなのか。連盟はその選択が地球外から妨害されないように見守っていくだけだ。
そうそう。今朝の朝食の、トーストとミルクは、カナンさんにとっては大事件で、食卓は大騒ぎだった。やれ、あったかいだの、やれ、香ばしいだの、サクサクだの、いちいち感動を言葉で表現しようとして、止めどなくしゃべっていたっけ。カナンさんにとってはしばらく、何もかもが驚きの連続ね。
由香里はどうやら、駅のほうからこの踏み切りに来るまでに、阿久根さんと話して、ある程度情報を得ていたようだけれど、そもそも情報量が乏しいから、だれかれかまわず質問攻めしはじめた。
まわりが騒がしくなって、のんびりとした登校風景ではなくなったので、隆は、本を読むのをやめて、鞄にしまってしまった。
「今週のはじめは、登校しながらゆっくり本が読める環境だったのに、金曜にはこれか。にぎやかになったなあ。……で、恵の土曜の予定は?」
最後の部分は小さな声で、隆としては、ないしょ話のつもりらしい。わたしはわざと大きな声で返す。
「土曜は、夜、カナンさんのファーストコンサートなのよね。招待されてるの。みんな行くわよね!」
カナンさんが、すかさず隆にねだるように言う。
「隆さん、恵さんに言ってくださいよ。ステージにゲストとして上がろうって誘ってるんですけど、逃げちゃうのよ、恵さん」
「あったりまえでしょう。普通の女の子は、いきなりアイドルのステージに上がったりし・ま・せ・ん」
「うけると思うんだけどなあ。最初に恵さんだけ出て、お客さんたちが、わたしじゃないってことに気がついたころに、わたしが出て行って種明かしするの」
「わたしをさらし者にするつもり?! あなたとちがってダンスも歌もできないただの女子高生なのよ!」
歌は口パクでできても、踊りなんて、ビレキアの剣舞くらいしかできないわ。
「……もう、目立つことするなよ」
ぼそぼそと隆が言ったのを、わたしは聞き逃さなかった。
「え? 隆は反対してくれるのよね」
腕につかまって顔を近づけると、隆の顔が真っ赤になった。
「知らないよ。あんまりくっつくなよ」
照れちゃって、かわいいんだ。これが、わたしの隆。偽のおさななじみで、多分、今は彼氏。
あ~! もう! なんておいしそうなんだろう!
たべちゃうゾ!
完
たべちゃうゾ! 荒城 醍醐 @arakidaigo
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