第18話 食べたい告白

 ビレキア軍天の川銀河第三象限方面軍指令といえば、この銀河系の四分の一にあたるエリアのビレキア軍を指揮する人物。指揮下の兵は一億人以上。地球には失礼だけれど、とても本人がわざわざやってくるようには思えない場所だわ。

 その指令が、本当に目の前にやってきていた。

 成人したビレキア星人は、年長者ほど体型が縮むため、彼女の身長は一メートルほどだった。しわなどの肌の劣化はおこらないので、地球人が見れば、彼女は小学生低学年くらいの少女だと思うだろう。

 外見は地球人とあまり変わらないが、地球人よりは鼻筋が細く、こめかみに蝶の羽のような、みずからの危険を感じ取る(としか説明のし様がない)器官がある。服装は、ビレキア軍人のコート状の制服だ。

「ラシャカン少尉、ご苦労様でした」

 肉体の改造で地球人化して、ビレキア星人の声を聞き取りにくくなっているわたしのために、指令は地球語でしゃべってくれていた。

「今回の任務の目的も知らされぬままに、あなたは、常に最善をつくしてくれましたね。未来予測の精度を上げるためには、主要な人物が、未来予測の内容を知ってしまってはいけないので、このようなことになってしまったの。未来予測においても、今回の成功の可能性は15%と、とても低いものでした。しかし、その数値でさえ、たくさんの案のうち最良のものだったのです」

「今回、連盟事務局の構成員の中に、連盟の保護ルールをねじまげるきっかけとして、地球で事件を起こそうとしている者がいました。地球人の一部に、連盟の技術を流して武装グループを組織し、その組織に宇宙人狩りをさせようという者たちです」

 阿久根さんたちを操っていたフェビラノ星人は、連盟事務局の者の手先だったってことなのね。

「彼らの考え方は、昨今、有名無実化している『保護』の状態を、対象となる星の者によって守らせようというもので、善意と見えなくもありません。しかし、これを行えば、保護対象の星に少なからず技術提供してしまうのとともに、宇宙人の存在を認識させることとなり、その結果、科学技術の多様性を守ろうという保護地域制度自体の意味が失われてしまいます」

 たしかに、本末転倒だわ。自分たちのまわりに、自分たちよりすぐれた科学を持った宇宙人たちがあふれてると知ったら、自分たちで新しい技術を開発するよりも、まわりの宇宙人にいろいろ教えてもらって技術提供を受ければいい、という方向に進んでしまって科学の独自性が失われる。それをふせぐための保護なのに。

「しかも、今回、地球には魔族がいました。組織された宇宙人狩りの部隊は、地球の魔族と宇宙人の区別がつかず、魔族を攻撃する可能性がありました。あなたが知る魔王を攻撃し、結果、覚醒させてしまう可能性は極めて高かったのです」

 阿久根さんたちが、隆を宇宙人だと思って攻撃するという未来予測が出ていたのね!

「そうなれば、地球は占領対象となってしまいます。手を加えられなければ、本来、地球の未来は、加盟か占領か五分五分の可能性だったのに、介入によって、著しく偏ってしまった。あなたがたは、その確率を元に戻すために派遣されたのです」

 そんなこととは知らず、違法な潜入だと思ってびくびくしてたわけね。

「魔王の覚醒を抑えることができる催馬楽の一族の方との関係を結ぶために、催馬楽さんの家を模倣して住まわせ、偏ったバランスを取り戻すために、剣崎さんとAIを結びつける姿に、あなたを変装させたのよ」

 隊長の読みは当たっていたんだ。

「暴走する一派を抑えるため、この任務には、未来予測に長けたビレキアがえらばれたの。カナンさんと姿形が似ていることで大勢の兵士の中からあなたが選ばれたけれど、同時に未来予想は、あなたが困った状況に陥ることも予測していたわ。あなたは、だいぶ悩んだようね」

「はっ! ビレキア星の関与を知られてはならないと考え、最後まで武力の行使に迷いました」

「そのこともそうだけれど、剣崎さんのことよ」

「えっ?」

「彼を食べたい?」

 指令にそんなことを言われるとは思わなかったので、わたしは耳まで熱くなってしまった。わたしの気持ちは、予測されてたのね。

「い、いえ、その、あの」

「ビレキアの女としては正常な反応よ」

 指令は母親のようにやさしく言った。

「わたしには経験があるわ。わたしはある男性を愛し、彼もわたしを愛して、わたしたちは結ばれ、わたしは彼を食した。四人の子を産んで育てて、彼はわたしが朽ち果てるまで、わたしの中でいっしょに生きているわ」

「でも、わたしの相手は地球人なんです。食べたいと言っても、この気持ちは伝わりません」

「そうね。でも、『食べたい』のかわりに『愛してる』と地球流に言えば通じるでしょ? あなたの気持ちは」

 そうよ。食べたいという気持ちは伝わらないけれど、それが意味する愛情は、別の言葉で伝えることができる。

「まだ、チャンスはあるんですか? ……その……今回の任務は今夜のことで完了して、わたしは召還されるんじゃないんですか?」

 指令はにっこりとわたしに微笑みかけて、すぐに、きりりとした軍人の顔になった。

「ラシャカン少尉。改めて、地球への駐屯を命じます。貴官の任務は、連盟の連絡員として、地球人が組織した対宇宙人組織と連携を図り、今後、地球に干渉しようとする宇宙人に対処することです。任期は、地球が連盟に加盟するか、いずれかの連盟加盟国の占領下に入るまで、です」

 最後にまた、指令はやさしく笑った。

「は、はい!」

 敬礼しながら、わたしは自分が笑っているのか泣いているのかよくわからなかった。


 その夜、指令がお帰りになってから、わたしは、隣の隆の家の屋根に上り、隆の部屋の窓をトントンと指で小突いた。すぐに、中から隆が窓を開けて顔を出してくれた。

「どうしたの? こんなところから」

「えへへ。だってね、もしもあなたがわたしたちの集団催眠にかかっていたら、実は幼なじみのわたしは、たびたびこうして屋根づたいにあなたの部屋を訪れていたってことになってたかもしれないのよ」

「そ~んな、おてんばな設定には思えなかったけどな」

「『かも』よ、『かも』。出てこない? 星がきれいよ」

 隆は部屋の電気を消して、窓から屋根の上に出てきて、わたしの隣に座った。都会の空にしては珍しく、満天の星がきらめいていた。

 しばらく無言でふたり並んで星を見ていた。

「……きれいね」

「ああ、うちの屋根からこんなに星が見えると思わなかったな。……きみの星は、どれなの?」

「え? ……ええと、ここからだと天の川の中ね。あっちのほうかなぁ。肉眼では見えないわ」

 しまった、ごまかしたと思われたかしら。本当に、そんなに普段からはよく確かめていないことなんだけど。

「あ、あのね、たしかに母星はあるんだけど、わたし、宇宙軍の一員だから、ほとんど宇宙暮らしなの。あっち行ったりこっち行ったりで。だから、地球から見てどこに自分の星があるか、なんて確かめてなかったの」

 いいわけ、いいわけ。本当のことだけれど、言い訳っぽいわね。

「いいよ、うそだなんて思ってないから。きみがうそつくときは、もっとわかりやすいもの」

 なんだか褒められてるんだろうか。

「今日のこと、どこまで覚えてる?」

「ぼくが暴走したときのこと? 実は、多分、全部覚えてる。自分の中の何かが眼を覚まして、どんどん大きくなっていく感触や、エリカさんのやさしい言葉や、その言葉で思い出した小さいときの記憶。そして、そのあとの、ぼくの勇敢な女戦士のめちゃくちゃな戦いぶりとか、ね」

「えへへ」

 照れ笑いでごまかす。

「ぼくは、小さいときに、一度死んじゃってるんだね。エリカさんが迎えに来て、でもぼくはもっと長くこのままのぼくでいたいって思った。エリカさんは『人間として生ききるまで待ってる』って言って、ぼくに力のコントロールの方法を教えてくれたんだ。今日まで、そのことを忘れてしまっていた」

「……隆」

「今でも、人間じゃない自分って、実感わかないけど、多分、ちゃんと知っておいたほうがいいことだと思うんだ。この先きみといっしょにいたら、またああいう場面に出くわす可能性は大きくて、そのたびに暴走していちゃ、もたないからね」

 いえいえ、騒動の原因になってるのは、わたしの存在じゃなくって、あなたの可能性のほうなんですけど。

 でも、まあ、自分でコントロールできるんなら、自分に嘘はないほうがいいわよね。

「超光速航法の開発だっけ? がんばってみようかな。それができたら、地球は保護対象じゃなくなって、いろんな宇宙人と、交流することができるんだろ? ビレキア星人も、堂々と地球に居られるんだ」

「うふふ、がんばってね。あ、でもそうなったら、わたしは任務完了かな」

「まだまだずっと先だよ。そのころには、引退、とかできないの?」

「歳によるわね」

 なんだか楽しい未来像の想像だ。ビレキア星が、地球を占領しようとしているんじゃなくて、連盟の要請で動いていたってことが、今となってはありがたい。そうじゃなければ、今頃、任務との板ばさみになってるとこだった。わたしは、地球人の連盟加盟を心から応援している。ずるしちゃダメだけどね。

「……ラシャカン?」

 いきなり隆がこっちを向いて、わたしの本当の名を呼んだ。ひえ! 呼ばないって言ったのに! わたしのドキドキがいきなりMAXに跳ね上がった。

「ふたりだけのときは、こう呼んじゃだめかい?」

「だ、だ、だ、だだだ、だめよ! 約束したじゃない!」

「ああ、そうだね。ゴメン」

「あ、あのね。わたし、あなたに言っておきたいことがあって、来たの」

 口が勝手に動く、なんだかコントロールを失ってる。ちょっとヤバそうな予感はこのときからあった。

「えっと、わたし、わたしね、あなたのこと……食べちゃいたいの!」

「……」

 しまったぁ! 言い間違えたぁ!

 好きだって告白しようとは思っていたけれど、食べちゃいたいって言っちゃだめだから地球ふうの言い換えをって、指令とも話したのに! だから、思い切って告白しておいて、すっきり任務に臨もうって思ったのに!

「はーっはっはっは! はぁ、はぁ、はははは!」

 隆は、息をするのもたいへんそうなくらい大笑いした。

 一階の出窓が開く音がして、おばさまの声がした。

「隆、どうしたの? もう夜中よ。……あら、恵ちゃんね。こんばんわ。あなたたち、ふたりでそこに上るのが好きねぇ、ちっちゃいときから変わんないわね。落ちないように気をつけなさいよ」

 出窓を閉じて、おばさまが家の奥に行く。おばさまの記憶が、またひとつ書き換えられてしまった。小さな子供のわたしと隆が、夜中にいっしょに屋根の上で星を眺めている記憶。おばさまはロマンチストよね。

 わたしたちふたりは、そんなおばさまの反応に、顔を見合わせて笑った。わたしは自分の心に、おばさまの記憶と同じ、ちっちゃいわたしたちの姿を刻み込んでおくわ。

「ごめんなさい。言い間違えちゃったの。地球流に言おうって思ってたんだけど、あなたが急に名前を呼んだりするからよ」

「ごめんごめん。で、それってビレキア流なんだ。どういう意味?」

「つまり、ビレキアでは、女が男を食べちゃうのよ。そして、その男性の子供を生んで、一生その男性のことを想って生きるの」

 なんだか素直に話せてしまう。

「なるほど。かなりヘビーな愛し方だね」

「そうよ。だから、ストレートに言うつもりはなかったの」

「たしかに、いくら何でも『ちょっと考えさせてください』って言いたくなる告白内容だよね」

「でしょ? だから、わたしだけ悩ませないで、あなたもいっしょに悩みなさいよ!」

「う~ん。まあ、時間はたっぷりあるのかな。とりあえず、味見してみるかい?」

 隆の顔が近づいてきた。

 え~っ! ばか、ほんとに食べたくなっちゃうんだぞ。

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