第17話 決着!
隊長!?
隊長からのリンクが結ばれて、隊長の声が頭の中に聞こえている。
『わざわざ木星まで行っただけの収穫があったぞ』
さっきの隊長の言葉に従い、右手のライトニングフィストを解除する。
『良く聞け。今回地球での件でビレキア星は連盟の要請で動いている。だから、敵の正体を暴くことに成功すれば、ビレキア星の痕跡が公表されても政治問題にならない。おもいっきり戦っていいぞ。だが、必ず勝利するんだ!』
隊長の言葉で、わたしの迷いはすべて吹っ切れた。
「はい、隊長!」
『ただいまよりラシャカン少尉による戦闘用兵器の使用を許可する。承認者、強襲歩兵中隊隊長カーリカラン大尉、承認コード、アルファ・ゼロ・セブン・ゼータ』
隊長からの通信で、わたしの体内の戦闘チップがすべて使用可能になった。直立し、両手を斜め下に広げ、手のひらを前に向けて、人差し指と親指を立てて装備開始のポーズをとり、あごをそらしてキーワードを唱える。
「レーザーソード起動、スタンモード! 出力20%」
わたしの両手から、長さ六十センチほどの光の剣が伸びる。スタンモード剣の色はグリーン。
ビレキア星兵士の主武器は格闘用兵器だ。
艦隊戦と同じく、個人戦闘においても、ビレキア星の戦士は、射撃戦に対する格闘戦の優勢を信条とする。無粋な銃など好まない。
ヤツに操られて陽子銃を構えた七人の地球人がわたしに向かってくる。劇場内の座席の並びが邪魔をするので、彼らの進み方が限られている。わたしは陽子銃から出る光線を銃口の動きを感じ取って避けながら、地球人の目では捉えられないすばやさで、座席の背もたれの上を走って、一人づつ切り倒す。
ひとり、ふたり。三人目の顔を蹴り倒して、四人目を真上から切りつける。スタンモードなので死にはしない。
五人目の首をなぎ払って気絶させたとき、劇場の左右の壁が大きな音とともに吹き飛んで、パワードスーツが二体飛び込んできた。急いで、六人目と七人目の間を駆け抜けながら同時に切り倒し、モードを変更する。
「ソード、破壊モードへ! 出力7%」
ソードの輝きが緑から黄色に変わる。
左の一体に飛び掛る。相手は銃を構えているため、両手がふさがっていて、懐に飛び込んだわたしを攻撃する術がない。こいつが剣装備に変更する前に攻撃だ。中の人間の身体が傷つかないように、マニュピレータになっている長い腕の手首を切り落とし、背中の動力パックを破壊する。動けなくなったパワードスーツの胸板を蹴って空中で背面回転し、もう一体の肩に飛び乗り、両肩のジョイント部の動力伝導パイプを切断し、背中のパックを突き貫く。
中央通路に降り立ってゆっくりとスクリーンの方を向いたわたしの両側で、パワードスーツが二体、大きな音を立てて前のめりに倒れた。
ヤツの手駒となっている地球人はもういない。
「おまえは宇宙から観測されないために、地球外からここと通信は行っていない! 地球上に降りている! そして、通信の終点がこの地点とわかっていれば始点が逆探知可能。さきほどから観測していたが通信の形跡はなかった! また、わたしとの問答は、おまえの声が録音でないことと、おまえがAIではないことを示している!」
わたしは仁王立ちしてスクリーンのシルエットをにらんだ。
「これまでおまえが使った力は、すべて、そのシルエット付近が起点になっている。つまり、おまえは今、そのスクリーンの後ろに居る!」
『ええい! 役に立たぬ地球人どもめ! おのれ! こうなったら、わたしが直接おまえたちを葬ってやる!』
まやかしのシルエットが消え、スクリーンを破ってヤツが本来の姿を現わす。直系二メートルの黒い球体の身体に、髭のように細い五本の触手。六角形の大きな複眼がひとつ。それがヤツの正体、水棲宇宙人フェビラノ星人だ。
その身体は、直系三メートルほどの密閉された透明のドーム型水槽に浮かんでいる。その台座は金属で、台座からは長い金属製の触手のような多節の金属アームが五本伸びている。そのうちの三本が脚の役目をしていて、残りの二本が腕となっていた。今まさに、その二本の腕の先端の銃口が開こうとしていた。
ヤツの身体が現れたときには、わたしはもう駆け出していた。
一気にヤツのドームの台座に飛び乗り、右足で透明なドーム型水槽を蹴りつける。見た目は透明でヤワだが、ガラスではないので、蹴ったくらいではびくともしない。が、これならどうだ。
「ソード、最大出力!」
振り上げた二本の剣が真っ白に輝きはじめる。宇宙戦艦の外壁をも貫くソードだ。
「対閃光シールド起動、明度二十」
わたしの目を閃光から守るための濃い青紫の内瞼が、両目の表面を覆う。
「食らえっ!」
ヤツの二本の金属アームがわたしに向かってきてる。しかし、こちらの攻撃が先だ。右足のつま先のすぐ上あたりをめがけて、二本のソードを突き立てる。あたりを轟音と閃光が襲った。
閃光がおさまったとき、ステージ上には、割れたドームが転がり、フェビラノ星人の身体が、台座にかろうじて残った深さ三十センチほどの液体に浸かって、ぐったりとしていた。しぶとく、まだ生きているようだ。ピクピクしている。あたりは水槽内を満たしていた液でびしょぬれになっている。
「戦闘モード解除」
手のひらから伸びたソードが消え、瞳を覆う対閃光シールドが消える。普通の女子高生にもどったわたしは、息を整えながら、ヤツを見下ろしていた。
「恵さん下がってください」
うしろで元の制服姿に戻ったカナンさんの声がした。
「やつの姿を、わたしの目で撮影してネットに流します。地球人が公開しちゃえばOKなんでしょ?」
彼女の言うとおりだ。わたしはステージを降りて下がった。カナンさんは、前に進み出て、十秒くらい、やつの姿をじっと見ていた。
「OK。ネット動画に投稿しましたよ。地球上もあちこちで大騒ぎだけど、これでやつの地球侵入は、宇宙にも知れ渡りましたね」
カナンさんは得意げににっこり笑った。
「わたしも役に立ったでしょ?」
舞台の横手に倒れている阿久根さんを助け起こすと、彼は意識があった。おそらく拷問のように肢体の腱を撃たれて動かせない状態になっている。出血もひどい。だけど彼は笑っていた。
「ありがとう。そして、疑ってすまない」
カナンさんが横から身を乗り出してくる。
「ごめんなさい。わたしが制服姿なんかで座っていたからいけなかったのよね。あのときはまだ、この眼で物が見られなくて、あなたが来てることに気がついていなかったの」
「ああ。後から考えれば、そんな風だったよね。あのときは頭に血が上っていて、気がつかなかった。きみと彼女が同じ姿なのは知っていたのに、彼女に裏切られたと思い込んでしまったんだ」
ふたりが話している間に、わたしは阿久根さんの治療を始めた。戦場用の応急手当しかできないけれど、自分で歩けるようにはできそう。
治療は二十秒ほどで終わった。
「さ、これでいいわ。立てる?」
阿久根さんはカナンさんの肩を借りて立ち上がった。カナンさんは、もう、肩とかにもフィールドを発生させて実体っぽく感じさせることを会得しているようだ。
そこへ、エリカさんに支えられて、隆が歩いてきた。普通なら、エリカさんに嫉妬してしまいそうなところだけれど、隆に対するエリカさんの愛情は、ちょうど親戚のおばさんのようなものだと理解できているから、もう、嫉妬は焼かない。
「勝手についてきてゴメン。心配だったんだ」
ほんとに、たいへんなことになるところだった。と心の中では思ったけれど。
「ううん、無事でよかった。きてくれてありがと」
心にもないことを言ってしまう。
いいえ、素直なのは言葉の方ね。彼が来てくれてうれしいくせに。
「でも、ぼくなんかがどうこうするまでもなかったようだね」
隆は、まわりにバタバタと倒れている人たちを見回しながら言った。わたしが戦うところを見られちゃったわね。どう思ったかしら。ビレキア星なら、勇ましい女って、男性へのアピールポイントになるけれど、地球では逆効果なのよね、たしか。
歩けるようになった阿久根さんは、倒れている男達を見てまわっていた。スタンモードを使ったから、気絶しているだけのはず。カナンさんが倒した三人は、ちょっと怪我をしているかもしれないけど、この中じゃ阿久根さんが一番のけが人だわ。
「ここの後片付けはわたしがなんとかしておく。彼らにも、ぼくが説明しておくから、高校生諸君は、もう、帰りなさい」
阿久根さんに言われて、そろそろここを去ることにした。
「あの宇宙人はわたしの方で引き取れると思うわ」
隊長が言っていた話からすると、ビレキア星軍には連盟がついていたってことのようだから、一時的にうちが収容して、そのあとで連盟に引き取ってもらうように手配できると思う。
「阿久根さん、明日、高校へ来られる?」
阿久根さんが、ちょっと笑った。
「そうだな、これからどうするか決めて、あいさつに行くよ。このヘルメットを取ってしまうっていうのが簡単なんだろうけれど、知ってしまったことは知ってしまったことだし、地球と宇宙のことについて、もっとちゃんと知っておきたいかな。今まで、あいつにいいようにあやつられてやってきてしまったことの償いができれば、これからしていきたいし」
「あなたに話せることを、上司に確認しておくわ」
こうして、わたしたちは映画館を後にした。
カナンさんは、マネージャーさんの免許証を持って帰っていった。なにかアイデアがあるとかで、またすぐに会いに来ると言い残して。
隆を家まで送って、おやすみを言って別れるとき、隆は、
「明日も会えるよね?」
と言った。
ひょっとすると、今回の任務は今日のことでおしまいかもしれなくて、わたしは召還されてしまうのかもしれないけれど、
「ええ、いつもと同じに迎えにいくわ」
と、彼には答えた。
彼はわたしの嘘を簡単に見破ってしまうから、今回もばれているかもしれないけど、深く詮索せずに「じゃあ、おやすみ」と言って家の中に入っていった。
エリカさんは家につくと、
「今日はさすがにお肌がダメージを負ってしまったから、先に寝かせてもらうわ」
と地下室へ下りていった。これっきりでお別れになってしまうかもしれないということは、彼女も感じ取っていたかもしれないけれど、多分彼女は、その長い人生経験において、そういう場面を何度も体験してきたのだと思う。特別なあいさつをせずに、昨日と同じ「おやすみ」を言った。
だからわたしも、こういうときは、そういうふうに普通に振舞うのが良いことなんだと理解して、自然な「おやすみ」が言えたと思うの。
洋館には、隊長の気配はなかった。コマンドソーサーも、わたしが出しっぱなしにしたままになっていて、さっきの通信はここからではなかったらしい。木星軌道からの帰途にわざわざ様子を心配して連絡してくれたんだわ。だって、そうよね。もしも地球に戻っているのなら、ああいう活劇は自分でやりたがる人ですもの。
充実した一日を終えて、静かな我が家で、落ち着いた気分に浸っていると、懐かしいアニメ声が、静寂を粉砕した。
「今戻ったぞ。今日はよくやったな」
玄関を開けて帰ってきた隊長は、ひとりではなかった。小さな女の子をひとり伴っていた。その子は良く見ると人間ではない。
ビレキア星人だ。
「天の川銀河第三象限方面軍指令だ。おまえにお話があるそうだ」
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