第7話 エリカの逆襲


「公園でなにがあった?」

 家に帰るなり、隊長がきつい口調でわたしに言った。

「え?」

 耳まで真っ赤になったと思う。何? 公園へ行ったって、どうして知ってるの?

「エリカが来てから、このあたりで魔界が拡大したら探知するようにセンサーを設定し直しておいたのだ。さっき公園で反応があって、エリカがまた来たのかと思ってモニタしたら、公園にはおまえと剣崎隆しかいなかった」

 なんだ、わたしたちを追跡してたわけじゃないんだ。ちょっと、ほっとした。

「隆の部屋へ行ったら、外で話そうということになって、公園で話しをしてました。あ、隆が協力してくれることになりました。どうして催眠にかからないか検査させてくれるって……魔界? え? わたしたちだけでしたよ、最初から最後まで。……え? あ? じゃあ、あのときのが魔界? ……じゃ、魔法?」

「よくわからんナ、ちゃんと報告せんか」

 よくわかっていないのはわたしだ。

「わたしがブランコから降りるときに、つんのめって、鉄棒にぶつかりそうになったら、ゆらゆら~っとなって、いつのまにか隆が支えてくれてたんです」

「ふむ、おまえがそんなドジをやるやつだとは知らなかったが、どうやら役に立ったようだナ」

 隊長は、あごに指を当てて思案顔。やがて、ぼそぼそと、わたしに言うでもなくつぶやきはじめた。

「エリカがらみだからな。エリカが言ってた隆のパワーとやらは魔力か。自覚がないのか有って隠してるのか。検査ができるというのは上出来だナ。検査内容は魔力関連に絞ってみるか」

「はぁ?」

 きっ! と、こちらをにらんで隊長が言った。

「検査は明日の放課後だ。つれて来い。それで、おまえどこまで剣崎隆に話したんだ」

「まだなにも! ……でも、明日説明するという約束で……」

「よし。ではおまえは、明日剣崎隆に説明する内容をまとめてレポートにして提出しろ。余計なことまでバラすんじゃないぞ」

「は……はい!」

 そうだ。どこまで話すか考えなくちゃ。全部話せるわけ、ないんだもの。


 日付が変わろうとするころ、わたしは五回目のダメだしをくらっていた。

「ダメだダメだ! これじゃあ、わたしらは地球の敵だと勘ぐられるじゃないか。書き直し!」

 投げ返されたメモパッドを受け取り、自室へもどろうとすると、隊長が乗ってるコマンドソーサーのアラームが鳴った。

「ム!」

 隊長が外の様子をホログラムで表示する。実物の十分の一のサイズで、この洋館と周囲が映し出される。ちょうど、隊長とわたしが居る場所に洋館が表示されている。表の道と隣の隆の家の駐車場に動くものがある。隊長が不審な動きをマーキングしていくと、センサーはそこに次々と『敵』の姿を明るく縁取り表示する。

「ほほう、なかなかやるじゃない。パワードスーツ二体に陽子銃で武装した十一人の兵士か。本気で相手をしてやりたくなるじゃないか。だが、今夜の相手は、わたしではないぞ」

 隊長が移送ゲートを始動させた。ホログラムの洋館をピンクの膜が覆っていく。これは作戦指示用のモニタ表示で、現実の洋館には変化は見えない。しかし、これで、この家のまわりはゲートで覆われた。

 窓や入り口を通り抜けるにしろ、壁や屋根を破って侵入するにしろ、ゲートの膜を通過したものはすべてここから四キロ離れたエリカの洋館に飛ばされる。逆向きもそうだ。今、エリカの洋館から出るものはすべて、こっちの庭に飛ばされている。光も飛ばされているので、今、こっちの庭にいるやつらが見ているのはエリカの洋館だ。

 門からバラ園に入った兵士は、あの背の低い男らしい。例のヘルメットを被っている。後方に合図すると彼の両脇に身長三メートルほどのパワードスーツが音もなく進み出てきた。これも地球製っていうことなんだ。なかなかがんばるじゃないか、地球人。

 男が合図した。まずパワードスーツが玄関の両横から建物内に突入する。パワードスーツが壁をぶち破るはずだが、ぶち破ったのはこっちの洋館ではなく、あっちの洋館の壁だ。はでに破壊したが、音はしなかった。パワードスーツに、消音装置がついているわけか。消音装置は、奇襲に使用する装置で、装置の周囲で発生した音を、外へ漏らさない。このあたりの科学技術までとなると、地球人が独力で開発したことにするぎりぎりの科学レベルだと思う。

 パワードスーツにつづいて兵士が十人、窓や扉から突入する。こっちは消音装置は装備してないらしい。生身の人間が身につけて運べるほど小型軽量化された消音装置はないってことね。ガラスが割れたり鍵が壊されたりする音が、建物の周囲でしている。 実際に壊されているのは、エリカの家のほう。この家は今、この家のまわりの空間とはつながっていないから。

 背が低い男は動かない。玄関の前で片ひざをついて仲間が突入する様子を観察しているよう。

「ふん! 用心深いやつめ」

 背の低い男が、自ら突入するタイミングを待とうとしていた隊長が、あきらめて移送ゲートを切った。

 外の男が見ていた洋館が、エリカの洋館からこの洋館に戻ったはず。

建物はまったく同じだけど、パワードスーツが開けた大穴が消え、開いたはずの玄関の扉も閉まったままの情景に戻る。それを見た男があわてているのがモニター越しにもわかる。ホログラムかなにかだと思っただろうか。地球人の常識ならその程度かな。

 ちゅどーん!

と遠い爆発音が伝わってくる。四キロ先からだわ。男が振り返るけど、男から見えるのは火柱にかすかに照らされた雲の赤みだけだったと思う。男は、何もおきない目の前の洋館と、爆発音がした方角を見比べて、ある程度状況を理解したようで、走って引き上げて行く。

 わたしたちは、ホログラムモニターを望遠に切り替えて高い視点からエリカの洋館の様子を見た。

四キロ先で火柱が上がっっている。炎が数十メートル吹きあがっている。

 あんなに燃え続けるものがあるようには見えないのに、鋭角なピラミッドのような形の炎が、高さ二十メートルぐらいまで、ロケットの噴射のように勢い良く真上に燃え上がっている。炎から黒こげになったパワードスーツと兵士らしい人型が、ぽいっ、ぽいっ、と放り出されるように出てくる。炎の色が、赤から紫に変わった。

「む!」

 炎の中から、上空へ向かって、紫に光るものが飛び出し、百メートルほどまっすぐ上がったところで、紫の炎の羽を広げ滞空した。やがて、炎の翼を大きく一度羽ばたかせるや、水平飛行に移った。

「戦闘準備しろ! エリカが来るぞ! ……魔女め! これほどとはナ!!」

 不意打ちを食らったはずのエリカは、兵士たちを短時間であっさり退けて、こっちへ向かってくるようだ。ホログラムがその様子を映し出す。背中に生えた炎の翼を後方に流しながら飛んでいるのは、たしかにエリカだった。エリカの本体も、翼同様、紫に燃える炎でできているように見える。その表情は、激しい怒りを撒き散らしていた。

 隊長は戦闘準備と言ったが、準備をする間はまったくなかった。紫の炎は、高速で飛来して、この洋館の上空で速度を落とし、ゆっくりと玄関前に降り立った。ホログラムだけでなく、実際の窓越しに紫色の光が家の中を照らす。ホログラムでは、炎が消えて、セーラー服姿の普通のエリカの姿になる。いや、普通じゃないわ。セーラー服は攻撃を受けた様子を物語るように蜂の巣状態で、申し訳程度に肢体にまとわりついているだけ。しかし、セーラー服の裂け目から覗く白い肌にはまったく傷はない。

 隊長はそこでホログラムを切って、ソーサーごと玄関を向いた。

 カチャリ

 玄関が開錠され、ゆっくりと扉が開き、つんと澄ましたエリカが歩いて入ってきた。エリカは、玄関ホールをへだて、吹き抜けを通して二階の通路に居るわたしたちを見上げた。

「あなたたちの差し金でしょう? やってくれたわね。屋敷がだめになったじゃないの」

「すまんナ。不審者がこの家を襲撃しそうだったので、そっちへ送ったまでだ」

 隊長とエリカの間の空気がピリピリと緊張で震えているように見える。

 そして、それはほんとうに動きはじめた。隊長のソーサーのアラームが鳴り始める。エリカが自分を中心に『魔界』を広げはじめたんだわ。球形のゆらぎのが大きくなる。だけど、それはエリカとわたしたちの中間あたりで押さえ込まれるように広がるのを止めた。球体は半径五メートルくらいのサイズで震えている。

「魔法は科学で解明された力だ。科学の力で『魔界』を発生させることもできるし、その応用で、こうして『魔界』の成長を押さえ込むこともできるんだ、ナ!」

 エリカは不思議そうな顔をしたけど、すぐに余裕の笑みを浮かべた。

「屋敷の地下には大切な礼拝堂があったのに、おかしな鉄巨兵が一階の床を踏み抜いて壊してしまったの。あるんでしょ? ここの地下にも、同じものが。明け渡していただこうかしら、屋敷ごと」

「その『魔界』の内側では、おまえは無敵かもしれんが、こっちまでは魔力は及ばんぞ。どうやって戦うつもりかナ」

 隊長も余裕の笑みを返す。わたしだけ蚊帳の外みたい。隊長の斜め後ろで立って見てるだけ。

「あいにくと、自分で試してみないと納得しないのよ、わたしは」

 エリカは両手の人差し指を立てて、床を指差して、その指をくいっと裏返して上に向けた。その指につられるように、玄関ホールの床のタイルが割れて長さ二十センチほどの、くさびの形にはがれて十個ほど浮かび上がり、そのとがった先を隊長に向けて空中で静止した。

 殺気を感じ取った隊長が、自分の前に防弾フィールドを発生させたのと、くさびが飛んでくるのが同時だった。

 くさびは、『魔界』の内側ではエリカの魔力により意のままに動き、放たれた矢のように飛んだ。そして『魔界』と『現世』の境界を越えると、力を失い慣性で飛ぶだけの石に変わった。

 ただし、その境界線における『現世』での初速は秒速五百メートル以上。地球の鉄砲から放たれた銃弾と同等の運動エネルギーを持っていて、殺傷力がある石つぶてのままだ。

 数発はフィールドをそれて、わたしたちの背後の壁に突き刺さった。残りは、隊長の前に張られた防弾フィールドに捉えられて静止していた。そのうちの一発は隊長の眉間に、あと三センチほどのところで止まっていた。隊長は、微動だにせず、エリカを見ながら笑みを浮かべたままだった。軍人らしい、頼もしい姿だ……と思って見ていたのだけど……。

「……すばらしいぞ! 本物の魔法だ! わたしは今、本物を目にしてる!」

 ただの魔法ヲタク的反応だったのかも。

「魔力もないくせに、見るからに魔法のような技ばかり使って。やはり、まともな人間じゃないわね。おまえたち」

「そっちこそ、まともな人間じゃないじゃないか。催馬楽の一族というのは魔族かなにかかナ? どうして剣崎隆に近づいてきた?」

「フフフ。同じ質問を返してあげるわ。魔力も持たない輩が、未来の魔王にいったい何の用なの?」

 隆が、未来の魔王?

「やはり剣崎隆は魔力を持っているのか。だからわれわれの催眠の影響を受けていないのだナ。魔王とは、また、大げさな呼び名だナ」

 この隊長の言葉は、エリカの逆鱗に触れたらしい。にこやかな笑みはそのままなのだが、内に秘めた怒りが殺気となって押し寄せてきた。

「魔王をバカにすることは許さないわ。彼が覚醒したら、彼はこの地球をすっぽり自分の影響下に治めてしまうこともできるほどの存在よ。この星を砕くこともできる力の持ち主なのよ!」

 あたりの空気がビリビリと震えるほどの殺気が、声にこもっていた。

 隊長がどう応じるか、興味津々で表情を見ようと身を乗り出してみると、その横顔は意外にも眉を八の字に寄せての思案顔だった。

「ちょっと待った。おまえ、今なんと言った?」

 隊長の、戦闘中にはありえないかわいらしいアニメ声の問いに対して、エリカのテンションは変わっていない。

「許さないと言ったのよ! 魔王をバカにする行為は万死に値するわ!」

「いや、そこじゃない。その先だ」

「……彼の力は、わたしなどよりずっと上よ。覚醒したら、あなたのその機械なんか役にたたないわ。この地球ごとすっぽり自分の世界にしてしまえる」

 エリカも、隊長の様子が変わったのに気がついたらしい。すこしだけ怒りのトーンが収まっていた。

「もうちょっと先だってば」

 じれったそうに隊長が言う。

「魔王は、この地球を破壊するほどの力を持つ存在なの……なによ、怖気づいたの? 戦う気がうせたの?」

「ああ! そうだナ! だって、戦う理由などないじゃないか!」

 あ、そうか。地球人類は超光速航法を発見して外宇宙に進出すれば、連盟の一員として迎え入れられるけど、それより先に自分の惑星を破壊する兵器を所持してしまった場合は、危険分子としていずれかの宇宙人の政府によって占領統治されることとなるんだったわ。地球を破壊できる兵器は、別に科学力による機械である必要はない。超能力や、魔力でも条件にあてはまることになる。

「地下室は自由に使うがいい、催馬楽エリカ。我らは同志だ」

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