第5話 催馬楽vs催馬楽
「ここは後だ」
扉を閉めて隊長がわたしのよこをすり抜けて先に上に上る。ソーサーに乗って操作すると、外の様子が空中に立体映像で表示された。
隆だわ。
部活はまだ終わる時間じゃないけど帰ってきた。しかもその隣にセーラー服の女子高生。
催馬楽エリカだ!
目の前に居るかのように、会話が聞えてくる。
『あそこだよ、橙色の屋根が僕の家。その向こうの洋館が催馬楽恵の家』
催馬楽エリカを案内してきたみたい。彼女が強引に誘ったにちがいないわね。
『その洋館が二週間前にいきなり公園に現れたってわけね。しかもまわりの人は昔からあったかのように振舞ってるって?』
『きみ以外は彼女の容姿をおかしいとも思わないようだしね』
『わたしにその家を見せたかったのは、わたしなら、そのなんだかわからない力の影響を受けてないようだからってこと?』
『まあね』
『残念ね、わたしに興味を持って誘ってくれたんじゃないんだ』
え? 誘ったのは隆? ちょっと待ってよ、その女も十分怪しいじゃないの。なんで信用しちゃうわけ?
ふたりはどんどんこの家に近づいてきて、やがて、エリカがわたしたちの家を見て立ち止まった。
『あら!』
『どうしたの?』
『これはどうやら、放っておけない話のようね』
『え?』
『剣崎くん、わたし催馬楽恵さんを訪ねてみるわ。訊きたいこともできたし』
隊長が映像を切った。
「むこうから乗り込んでくるようだな。まずはおまえが一人で相手をしろ。わたしはモニターしていてやばそうになったら出るから」
え? そんな。
アラームが再び鳴った。
誰かが門を通過したときの警報だ。当然、エリカだわ。玄関でガチャガチャ音がする。呼び鈴とか鳴らすつもりはないらしい。玄関には鍵をかけているけど、この家の鍵だもの。当然、催馬楽エリカは同じ鍵を持っているはずね。
扉が一度開いて、閉まる音がした。そして、家じゅうに聞える声で、催馬楽エリカが呼びかけてきた。
「催馬楽恵! 出てらっしゃい! 教えてもらおうじゃないの! どうしてここにわたしの家があるのか!」
隊長の冷徹なまなざしが、わたしに行けと命じていた。押し出されるように、わたしは玄関の吹き抜けに向かい、エリカを出迎えた。
「あ、あら~エリカさん、いらっしゃい。玄関の鍵、開いていたかしらネ」
作り笑いがどうしてもひきつってしまう。
「い~え、閉まってたわよ、うちと同じ鍵が。不思議よね。似てるから試してみたら開いちゃったの」
彼女は鍵のストラップを人差し指に掛けてくるくる回した。
「……えっと~、どういう御用かしら~?」
エリカは両手を腰に当ててわたしをにらみつけた。
「聞えなかった? あなたに教えてほしいのよ、どうしてここにわたしの家があるのか。中までおんなじじゃないの! どういうつもり?」
「あ~、あなたの家と同じなのは……偶然よ、ぐうぜん。この広さの家ならなんでもよかったんだけど、それがたまたまあなたの家で……コピーしちゃったの。表札もコピーしちゃったから、わたしも催馬楽なの」
わたしったら、バカ正直。
「ふーん、家のコピーねぇ。そんなことができちゃうって、普通の人間じゃあないことは認めるわけね」
「そ、そういうあなたも、普通じゃないわけでしょ? 催馬楽一族のエリカさん?」
すぐには返事が返ってこなかった。かわりに彼女の黒髪が静電気に引かれるように逆立ちはじめた。
「そうね。おたがい、本性をあらわして意見交換っていうのはどうかしら」
もしも~し。それって、宣戦布告ですかぁ?
わたしのこめかみにあるビレキア星人特有の危機を感じ取る器官が、整形を施した皮膚の下で反応してる。
気がつくと、わたしのすぐ斜め後ろに隊長が来ていた。ソーサーに乗っている姿をエリカに見せちゃっているし。
あ、そうか『やばそうになったら』出てくるんでしたっけ。つまり、今、やばそうってことなんだわ。
隊長が搾り出すような声で言ったの。
「気をつけろ……こいつ、魔法を使うぞ!」
魔法?!
それは、わたしたちビレキア星人にとっては、科学で解明された力。
魔法は、わたしたちが普段生活している世界には存在しない。魔法を使う者は、まず、自分のまわりの空間の空間定理を変えてしまう。物理法則が通用しない別の時空、『魔界』にしてしまうの。
そしてその魔界の中で、自らの意思の力を解放する。それが魔法。
彼女のまわりに彼女を囲む球形をした空間の揺らぎが見えた。『魔界』と『現世』の境界だ。
その球が、みるみる大きくなっていく。玄関ホールのスペースを越え、わたしたちを飲み込んでしまう。
エリカが、翻訳できない言葉を発しはじめた。
「バリ・サバト・アズ・ベラ・ムース……」
やばそう。こめかみの危機察知器官がざわつく。
だが、彼女の呪文は成立しなかった。ドアを外から叩く音と声が呪文をさえぎったの。
「エリカさん! エリカさん! だいじょうぶ?!」
隆の声だわ。エリカを心配して見に来た?
エリカの表情が急に女の子に戻った。と同時に周囲の異様な雰囲気がいきなり消えた。元の世界に戻ったようね。
「ふん」
と鼻を鳴らしたのはエリカではなく隊長だった。
隊長は、期待はずれの展開にがっかりした様子で奥に戻っていく。
いや、隊長、この場合、助かったのはわたしたちではないかと……。
隊長は、実はいわゆる魔法ヲタクなのよね。
たとえば、明かりや工作用レザーを指に埋め込んだチップから出すときの起動アクションを、【指をならす】とか【指にキス】とか魔法っぽく設定しているのもそのため。本物の魔法に接する機会などめったにないことだから、さぞ残念だったのだろうと理解はできる……けど、さっきのはかなりやばそうだったし。
エリカが玄関の扉を内側から開けた。
心配そうな顔の隆が、わたしとエリカを見比べる。 エリカは余裕の笑みでわたしにプレッシャーをかける。わたしはなんとか作り笑い。
「どうしたの? 隆さん、そんなにあわてて。わたしたち喧嘩なんかしてないわよ」
エリカの言葉に隆は納得してない表情。
「だって、何か異様な感じがただよってきたから」
彼も魔界の気配を感じ取ったのだろうか。外にも漏れていたんだわ。
「あら、思い過ごしよ。さて、お話しはおわっちゃったから、わたしは帰るわ。隆さん、また、明日ね」
エリカは隆の横をワルツを踊るようにすり抜けて、ほんとに帰ってしまった。玄関口には隆が残って、わたしを見ている。
「彼女にもなにかしたんじゃないだろうね」
してない、してない。ぶるんぶるんと首を大きく横に振る。
だって、ほんとに、こっちは何もしてないし。
隆はまだ納得してない様子だったけど、くるりと向きを変えて出て行こうとした。
「あ、あの……、彼女もだけど、わたしたち姉妹のことを不審に思うような人って、普通の人じゃないわよ」
わたしは、なにをバラしてるんだろう、隆がエリカの方を味方扱いしているのが嫌だからって。
隆は立ち止まってふりかえった。
「じゃ、ぼくも普通じゃないのか?」
「いいえ、あなたは……なんでだかわかんない」
「何が目的の何者かもわからない君の言葉は信じられないね」
地球人を食べようとしている宇宙人とは名乗れないわよ。でも、魔法を使う女っていうのも、あんまり良い目的であなたに近づいてきたとは思えないんだけど。
あ、そうか。彼女は隆に近づくために転校してきた。隆も、なにか普通じゃないから集団催眠が効いていないんだ。エリカが言っていた『パワー』がそれなのかしら。
わたしが、ぼーっと考えているうちに、隆は出て行ってしまった。わたしが我に返ったのは、隊長に声を掛けられたからだ。
「なるほど、剣崎隆はかなり核心に近づいているナ」
隊長はソーサーに乗っていた。まだ玄関が開いたままだ。わたしはあわててドアを閉めた。
「いろいろと問題が起きているようだが、黒服とエリカには、おもしろい手を思いついたぞ」
「おもしろい手?」
「ふふふ、多分今夜、黒服のやつらは人目を避けてうちに仕掛けてくる。武力行使だろうナ。そこで、この家のまわりに移送ゲートを張っておく」
移送ゲートは、つまり、離れた場所同士をつなげてしまう装置。
「どこに飛ばすんです?」
「ほんものの催馬楽家さ。黒服どもはこの家に突入したと思うだろうナ」
そして、エリカは黒服のことなんか知らないだろうから、わたしたちの手下かなにかだと誤解する。
「なるほど。……でも、黒服もエリカも、何者だかよくわかってないのに、いいんですか?」
「面倒は少ないほうがいいさ。少なくとも、どっちかは片付くだろう。それよりおまえは、剣崎隆をなんとかしろ。なぜ催眠が効いていないのか調査し、対処するんだ」
「は、はい」
上官に命令されると反射的に答えてしまう、軍人気質がつらい。いったいどうすればいいのか。
「わかってるのか? もし、催眠をかけることができないのなら、懐柔するんだ、親密になってな。だが、くれぐれも、食べたりするなよ」
「は、はい!」
親密って……嫌われてるようなんですけど。むやみに食べたりはしませんし。う~む、とにかく当たって砕けるしかないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます