第4話 なぞの転校生?
ホームルームの時間になった。教室に入ってきた担任はセーラー服の少女を連れている。うちの高校のブレザーじゃない。転校生ってやつ?
「お~い、静かに席に着け。今日から転入生だ。S市の中央高の理数科から編入でこのクラスの仲間になる。さあ、自己紹介を」
少女が一歩前に出る。美人、っていうか、なんかオーラのようなものを背負っている。それも虹色オーラじゃなくて、ダークなやつ。
真っ黒なロングの縮れ毛も真っ黒な瞳も、なんだか異様なくらいの真っ黒。特に瞳。なんだか吸い込まれそう。肌は対照的に真っ白。そして血のように真っ赤な唇。
「催馬楽エリカです。よろしく」
ハスキーな声に男子たちがざわめく。美人だからだけじゃなくて、高校生離れした色気が……え? サイバラ?
催馬楽って聞えたわね。なんで同じ苗字なのよ? めずらしい苗字なんじゃないの? 『西原』とか書く別の字の『サイバラ』かと思ったら、黒板に書かれた名前はまさしく『催馬楽エリカ』だった。
「というわけで、みんなよろしくな。ええと、席は」
「先生、わたしあの方の隣がいいわ」
と、彼女が先生に言う。指差した先は――隆だ!
先生は一瞬驚いた顔をしたが、彼女と視線を交わすと、すぐに無表情になって頷いた。
「そうだな。剣崎の横にしよう」
どうして言いなり? ちょっとわたしたちビレキア星人の集団催眠の反応に似てる。似てるけど違うなにかの力で、先生をあやつったの?
「おい、古株のほうの催馬楽」
え? わたし?
「は、はい!」
「新しいほうの催馬楽に席を譲れ。催馬楽から後ろ三人はそれぞれひとつづつ下がりなさい」
「は?!」
せ、先生。ほんとに言いなりなわけ?
ま、でも、これで気まずい隣の席は逃れられる。机の荷物を移動させながら、隆のほうを、やっと見ると、眉間にしわを寄せてなんだか怒っている。わたしの視線を感じてこっちを振り返ると小声で言った。
「彼女も君の仲間ってことか?」
とっても不愉快そう。わたしは震えるように首を何度も小刻みに左右に振った。
だってほんとに知らない相手なんだもん。これは嘘じゃないよ。
わたしの必死のアピールが通じたのか、彼女がわたしの関係者じゃないと信じてくれたようで、眉間のしわを増やした隆は彼女の方を向き直ったの。その顔が、なんだか怪訝そうな表情にかわる。
「彼女……どこかで……」
え? 隆、あの女知ってるの?
「じゃあ、一時間目は化学室だ。移動遅れるなよ」
先生が教室を出て行く。催馬楽エリカがゆっくりと歩いてくる。彼女にいろいろ聞きたがって群がってくる男子どもを異様な暗黒オーラで遠ざけつつ、隆の前まで来て、にっこりと笑った。
十五、六の少女の笑顔じゃないって。妖艶すぎるよ。まわりの男子どもは、魂が抜けかかっているように惚けた笑みを浮かべている。しかし、隆だけは惑わされず彼女をにらみつけていた。
「剣崎隆さんね。こんなに近くにいたなんて。まあ、怖い顔。そんなににらまないで。あなたのパワーでくらくらしちゃう」
彼女もどこかの宇宙人なのかしら。多分そうね。彼を狙ってきたんだわ。『近くにいた』? 『パワー』ってなに?
隆を見つめていた彼女が、その次に見たのはわたしの方だった。
「あなたが、古株のほうの催馬楽さん? どういうことなのかしら? 催馬楽の一族ではないようだけど」
どこの宇宙人かしら? 探るように見ていたわたしを、あちらも見回してる。『催馬楽の一族』? 何? それ。わかんないんですけど~。
「あなたからは、何のパワーも感じないわね。その容姿は、あきらかに作り物みたいなのに」
え? おかしい!
集団催眠の力が薄まっているの? 集団催眠が効いているなら、わたしの存在を肯定するところから始まって、いろいろなつじつまを合わせるように考えるはずなのに。この人には効いていないみたい。
「い、一時間目は化学室だから移動よ。教科書はわたしと見ましょうか、同じ苗字のよしみで」
作り笑い作り笑い。とにかく情報収集しなくちゃ。
「いいえ、結構よ。剣崎さんに見せていただくわ。隣の席のよしみで」
にっこり、と彼女が笑った。笑いかけられた瞬間、背中にぞくぞくっと悪寒が走るほどの妖しい色気。まわりでガタガタと音がする。彼女の妖艶な笑みに、周囲を取り巻いて様子を見ていた男達数人がバタバタと倒れたみたい。
今日は授業が長くて長くて。
エリカは毎時間、隆に教科書を見せてもらったりしてひっついていた。それを後ろの席から見せられていたわけ。わたしは、隆が催眠にかかっていなかったことと、わたしたち『姉妹』と同じ苗字の怪しい女の正体が気になって、早く家に戻って上官(妹)に報告したいってことばかり考えてた。終業のチャイムと同時にかばんを持って飛び出す。
「ごめんね、今日は部活休む!」
わたしは隆といっしょの物理部に所属しているの。いつもは帰りもいっしょだけど、今日は先に帰ってしまうことになるわね。
走って帰りながら、報告内容を整理する。ひとりで家に向かっていると、ちょっとおちつきが戻ってきたわ。
ふう。
やっと我が家が見えてきた。住み始めてまだ二週間とはいえ、やっぱり我が家だな。まったく、今日はいろいろあってたいへんな一日だった……って、家の周りになんかへんなのが居るし。
門の前にふたり、その両脇にやや離れてひとりづつ。黒ずくめのスーツ、サングラス。
そこまでなら、まだ、『普通の』怪しげな集団なのだけど、こいつらがへんなのは頭のかぶりもの。白いヘルメットにゴテゴテとアンテナみたいなのやコードが全面にくっついている。 到底、そんな格好で町を歩けそうにないんだけど、男達は、平気なようで、かぶりもののことはまったく意に介さず行動しているみたいね。
う~ん、なんだ? これ。
いいや、無視無視。
早く上官に報告しなくちゃいけないことがあるんだから。
門を開けて中に入ろうとすると、男達が寄ってきた。
「おい、おまえ、ここの者か?」
背の低い二十歳くらいの男が言った。
「なにかうちに御用ですかぁ?」
とりあえずにこやかに答えてみる。
「ありえない、こんな姿。柴田カナ顔のモデル体型で女子高生?」
のっぽの茶髪が言った。
まただ! こいつらにも集団催眠が効いていない。今日はどうしてこういうのばかりに会うのかしら。
「なんのことですかぁ?」
にっこりとしらをきったわたしに、背の低い男の言葉が冷や水を浴びせた。
「インベーダーめ! 地球はわたさないぞ」
こいつら、わたしのことを宇宙人と思ってる……地球人?
「何言ってるのかわかんないですぅ!」
門を抜けて入ろうとするわたしの二の腕を背の低い男がつかんだ。
「どうしたの?! 恵ちゃん!」
ななめ向かいの園田の奥様がヒステリックに叫んだ。わたしが男達に襲われてると思ったみたい。
「くそっ! 人目が……昼間はまずい。ひとまず撤退だ」
背の低いやつがリーダーだったらしい。
彼の指示で、男達は、角の山田さんの家の前に停めてあった黒塗りの車に乗って走り去った。
園田の奥様がほうきを薙刀のように構えて、わたしのそばまで来てくれた。
「だいじょうぶ?! 恵ちゃん! 怪我はない?」
頬が高揚して赤くなっていて、鼻息も荒い。
「はい。道を訊かれて、わからないって家に入ろうとしたら腕をつかまれて」
「警察呼ぶ?! へんなもの被った連中だったわね! あぶない新興宗教かしら」
園田の奥様は興奮していて、ほんとうに警察を呼びそうだ。そうなると面倒なのはこっちなのよね。
「わたしは平気です。怪我もないですし。ありがとうございました」
園田の奥様をなんとか落ち着かせて、やっとのことで家に入ることができた。
大きな両開きの玄関のドアを開けて、吹き抜けの玄関ホールを抜けて大広間へ。中の調度品もすべてコピーしたもの、外見どおりのイメージのアンティークが揃っていて、この家の中の空間だけ十九世紀。
「隊長! たいちょ~! どこですか?! 隊長!」
上官(妹)は中学生で、私と違ってマークする対象もいないので、学校が終わったらすぐに帰宅しているはず。そもそも、この家を基地にして、隊長はここを動かない予定だった。しかし、事前情報収集部隊の無能により、中学生にならざるを得なかった隊長は、義務教育を受けてなきゃいけないからという理由で登校しているのだ。
「隊長~!」
報告しなきゃいけないことがいっぱいあるのに。
「声がデカい」
アニメ声がして、書斎のドアがひとりでに開いた。中には直径1.2メートルほどの円盤が浮いていて、その中央の座席に制服姿でツインテール頭の女子中学生がちょこんと座っている。
「そんなに大声で『隊長~』なんて叫ぶ女子高生がいるわけないでしょ、恵・お・ね・え・さ・ま」
隊長のまわりには、文字や画像が浮かんでいる。スクリーンもキーボードも実体はなく、光る画面やパネルが直接空間に浮かんでいて、彼女はそれに触れて操作していた。地球の科学ではあり得ない光景。このコマンドソーサーは、隊長が宇宙船から持ち込んだビレキア星の軍の装備品だ。
「それは、そうですけど……。たいへんなんです!」
ソーサーはゆっくりと書斎のドアを抜けて広間に出てきた。隊長は、まわりのパネルを忙しく操作しながら、ほとんどこちらも見ずに話しをはじめた。
「みてたよ、さっきの男達。あれは多分、エイリアンから地球を守る、とかいう地球の特殊機関の人間だナ。あの頭のへんな被り物が、わたしたちの集団催眠の波動から脳を守るシールドなんだろうナ。部品やら材質やら、すべて現代の地球の科学で作り出せるものを使って作ると、ああいう不恰好なものになったんだろうナ。でも、原理は地球のものじゃない。誰かが技術と情報を流して彼らを操ってるんだナ」
話しながら、いろいろ情報をチェックしているらしい。手を休める様子はない。
「誰かって……」
「当然、うち以外の星のやつに決まってるさ。ライバルの妨害をするのに地球人を使っているんだナ」
どこの星も、おおっぴらに地球に干渉はできない。だから我がビレキアのように地球人に化けて潜入したり、今度の『誰か』のように外から地球人を操ったりして、自分に有利になるように地球人を誘導するわけよね。
「さて、どうしたものかナ。相手が地球人では、こっちが分が悪い。倒すのは簡単だが、まともにやりあってテレビ沙汰にでもなったとき、ビレキア星人VS地球人って判る報道されたら、地球に違法に干渉しているって地球外に知れ渡るのはビレキアだけだ。あっちの黒幕を引きずり出せば、おたがい表沙汰にならないようにしようっていう抑止力も働くのだがな」
「あ、それで地球製の装備なんですね。やつら」
「ああ、しかも地球人がひょっとしたら自力で作ったかもしれない、って思える程度のアイテムの理論しか渡してないに違いない。そうしておけば、むこうはこっちが宇宙人だと世間に知れるなら、最悪、騒ぎを起こして報道されてもかまわないってことになる。夜になって人目がなくなったら、襲ってくるつもりだな、これは」
深刻なセリフだけど、隊長はあからさまに楽しそう。この状況を楽しんでる? 唇をペロリとなめてたりするし。
「で? おまえはどうして任務放棄して、ひとりで帰宅してるんだ? ターゲットはどうした?」
あ! そうだ! 報告しなきゃいけないのは、あの男達のことじゃなくて!
「隊長! たいへんなんです! 隆が、ターゲットが! 集団催眠にかかってません! しかも始めっからずっとかかってなかったのに黙ってたんです!」
隊長は、一度パネル操作の手を止めた。
「ふむ」
しかし、すぐにまた操作を始めた。
「興味深いな。かかってない理由も、黙っていた理由も」
なんで落ち着いていられるのかわかんないけど、妙に落ち着いてるし。
よーし、もうひとつの報告でどうだ。・・・・・・って、別に驚かすのが目的の報告じゃないんだけど。
「さらに、今日、うちのクラスに転校生が来て、そいつの名前が『催馬楽』エリカで、催眠も効いてないし、隆に色目使って、私には、催馬楽の一族じゃないだのパワーを感じないだの、隆のパワーにくらくらだのって……」
また隊長が手を止めた。今度は長い。
「そいつは……問題ありそうだな。催馬楽エリカだな」
隊長が新しいパネルを次々開いてめまぐるしく操作しはじめた。催馬楽エリカのことを調べ始めたんだわ。
「はい。隆のこと、『近くにいたなんて』とか言って、隆も見覚えあるようなこと言ってたし。それになにかの手段で先生とか言いなりに操っちゃうし」
「いないぞ」
「え?」
「催馬楽エリカ。そんなやつ、居ないぞ。おまえの高校の生徒のリストにも、この地区の住民台帳データにも、それどころか、日本の国民データバンクにも」
「え? だって、転入してきたし」
ビレキア星人の私達ふたりは、潜入するときに地球人のデータにアクセスして、すべてにつじつまが合うようにデータを改ざんしている。残念ながら、物理的な記録には手を加えられない。中学に在学した記録は電子データには残っているが、隆が持っている中学の卒業アルバムにはわたしの写真はないし、寄せ書きにもわたしの名前はない。
隆以外の、たとえば由梨香なら、もしもアルバムでそのことに気がついても、都合の良い理由を思いついて記憶を修正してくれる。わたしが写真ぎらいだったとか、わたしに嫉妬した級友のいじわるで寄せ書きの順番を飛ばされちゃったとかいうことにしてくれるだろう。
エリカはデータの改ざんすらせずに、ああして転校生になりすましたことになる。先生たちはどういうふうに納得しちゃってるの?
隊長は、手を止めて真剣になにか考え込んでいる。そして、ぽつりと言った。
「おい、わたしらが催馬楽と名乗っているのはなぜだ?」
「それは……このコピーされた家の表札が、催馬楽だったから……!!」
わたしたちは顔を見合わせた。隊長が空中に大きめの画面でこのあたりの衛星写真を表示した。
範囲を十キロほどに調整する。この家から四キロ先の住宅地に、この家のコピー元になった洋館がある。拡大すると、その洋館のまわりは普通サイズの新しい住宅ばかり。つまり、あっちでもこの洋館は十分浮いた存在ってこと。
「ふむ、『近くにいた』か……。この家はちょと変わってたよナ」
「ええ、テレビもパソコンもなくて家電製品が異様に少ないし、冷蔵庫に食べ物入ってなかったし、だだっぴろいのに家の中に洋服が一人分しかなくて、若い娘の一人住まいで……!」
家がコピーされたとき、中のアイテムもコピーされた。コピーされなかったのは人間だけ。庭の植物もコピーだし、洋服や書物とかもコピーされてる。この家は……催馬楽エリカの家のコピーだったわけね。
「なにか催馬楽エリカに関する情報があるかもしれんナ、この家を探せば」
隊長の操作で、空中の画像がこの家の立体図面に切り替わった。家をコピーしたときの情報を3D化した画像。
「日記のたぐいがあればいいんだが……」
手書きの書物をスキャンしたけど、答えは『該当ナシ』。
「まだ入ったことがない部屋がないか? 天井裏は?」
画像が天井裏のアップになった。天井裏といっても人が住めるくらいのスペース。
「わたし、見たことあります。家具が積まれてて白いシーツが掛けられて埃を被ってました」
隊長が思いついて、コピー情報からなにかを検索した。検索したのは『肖像画』。検索にヒットしたものは屋根裏に数点あって、その画像が隊長の前に縮小されて並んだ。それを見回して隊長がいくつかをピックアップして残りを消す。
ピックアップしたのは女性の肖像画三点ね。
どうやら時代が異なるものらしいけど、どれも似た顔をしている。親子かなにかなのかもしれない。
どれも皆催馬楽エリカに生き写し。
「これです。この女が、セーラー服を着て転校してきたんです」
肖像画に描かれているのは、着物を着た大正女学生ふうのものや、明治の鹿鳴館の舞踏会に出てきそうなドレスを着たもの。
「地下は?」
家の立体図面には地下にもスペースがある。
「見たことありません。そもそも入り口が見当たりません」
図面で地下からたどると……。
「入り口は書斎の本棚の裏に隠されているんだナ」
隊長はソーサーを降りて歩いていく。わたしも後に続く。
書斎のデスクの後ろの本棚。きれいに揃った書名のない古い本。二冊だけ、ほんのすこし飛び出している。隊長がその二冊を引くと……。
ギギギギギ……
本棚がスライドして地下への石段が現れた。隊長が指を鳴らして、自分の肩の上に明かりを出現させた。
地球人が見たら魔法を使ったと思ったかもしれない。高度な科学は魔法と見分けがつかない、ってやつね。
ひんやりとした階段を下ると、古い木造の扉がある。扉には古い錠前がかかっていた。鍵は見付かってないが、簡単に壊せそうだ。隊長が右手の人差し指の指先にキスをして、錠前の棒に人差し指を近づけた。人差し指から赤いレーザーが発射され、直径1センチほどの鉄の棒はあっさりと切れた。
両開きの扉を押し開けると、
「なんだ!? これは?!!」
隊長がアニメ声をはり上げた。
そこに広がっているのは、オカルト映画に出てきそうなあやしげな礼拝堂だったの。燭台があちこちにあり、ろうそくのにおいがする。正面にある祭壇の向こうに祭られているのは、羊の頭のような……これは……悪魔崇拝の礼拝堂だわ。
そのとき、上の書斎のあたりでアラームが鳴った。
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