第3話 ふたたび『いつもの』登校風景


 地球潜入を果たし、ターゲットとなる隆の幼馴染としての生活になじみ始めているビレキア星政府の尖兵ラシャカン少尉、つまり、わたしの任務は、隆をマークし、彼と彼の周囲の動向を報告すること。

 隆は、将来地球の運命を左右する人物だ。

 そして、時が来たらわたしに新しい任務が与えられるはず。ビレキア政府が合法的に地球を征服するために働くことになるはず。


 ビレキア星は、地球を征服しようとしている。その理由は末端の兵士であるわたしにも、わかる。

 地球人の男を、食用にするためだ。


 食べるといっても、むやみやたらと全部食べちゃうわけではないのだけれど。まあ、ビレキア星の文化を知らない地球人からしたら迷惑な話かも。

 ビレキア星政府は、これまで地球の外から地球を調査していた。主に電波を受信しての情報収集だったんだけど、いよいよ地上にエージェントを派遣することとなった。その一番手がわたしたち。

 ビレキアの科学力で、わたしたちは地球人に化けて地球に溶け込む・・・・・・はずだったんだけど、事前情報収集部隊の無能によって、たいへんな困難に直面しているわけよ。


 目立ちすぎなのよね。


 まずは、わたしの姿。

 おそらく、情報収集部隊は毎日あちこちのテレビ局の番組に現れるトップアイドル柴田カナちゃんを見て、どこにでもあるありふれた顔だと誤解し、売れっ子モデルのジェリカ佐藤さん(多分)の体型を組み合わせてわたしの外見にしたのだと思う。わたし自身の元の姿に近かったからでもあるようなんだけど、この常人離れしたわたしの外見は、どこへ行っても目立ってしまう。

 わたしといっしょに潜入しているわたしの上官の場合も似たようなもの。彼女は地球ではわたしの中学生の妹、催馬楽遥さいばらはるかということになっているの。

 成人したビレキア星人は年長者ほど体型が縮むため、わたしより年長で小柄な彼女は、地球では年少の設定になってしまった。その姿は、顔も体型もタレントの有賀さとみそのもの。

 ラッキーだったのは、情報収集部隊がコピーした有賀さとみの姿が、初主演ドラマの再放送のものだったためか、二十年前のドラマデビュー当時の彼女だったこと。

 アイドル歌手として十三歳でデビューし、絶大な人気を得て、女優にも挑戦した彼女は、その後大女優と呼ばれるような風格をまとった。今の有賀さとみには、デビュー当時のあどけない面影はまったくと言っていいほど残っていない。おかげで、遥は有賀さとみ本人と間違われることはない。隠し子と思われることは多いけれど。


 こんな姉妹、ありえないわよね。


 それでも、ご近所や学校の人たちは集団催眠のおかげで、わたしたちが昔からここに住んでいると思い込んでいるの。それぞれの人は、わたしたちが昔から居ることを疑いもせず、自分の記憶と矛盾することがあれば、記憶のほうを修正してくれている。こちらがおおまかな設定を用意しておくと、あとは、それに適合するよう自分の記憶を修正を行なうしくみ。しかもだれかが記憶を修正して新しいストーリーをはめ込むと、それに応じて他の人が連鎖的に関連のできごとの記憶を修正してくれる優れもの。

 たとえば、ななめ向かいの園田の奥様は、わたしと長年毎朝挨拶を交わしてきたと思い込んでる。

 二週間前までは、家の前にあった公園を毎朝ボランティアで掃き掃除していたのだけれど、いつものように竹ぼうきを持って玄関を出た園田の奥様は、公園だった場所にある洋館を見て、それが以前からあったものとして受け入れ、記憶を修正して毎朝家の前の道を掃き掃除してきたと思い込んでしまったわけ。

 一年前に公園で犬を散歩させていて、フンの後始末をしなかったところを園田の奥様に見られて口論になった角の山田さんは、連鎖的に記憶を修正して、園田さんの家の前でのできごとだったと思い込んでいる。

 わたし達が住んでいる洋館は、実際に数キロはなれたところにある家を完全にコピーして合成されたものなのだけど、この住宅地にはありえない、っていうか、あの洋館は、日本のどこにあっても浮いていると思うんだけれど。たまたま公園のサイズに合っていたからコピーしたらしいの。

 ありえない洋館に住む芸能人そっくりの姉妹なんて、集団催眠の力がなければ怪しすぎよね。地球人は集団催眠でだませても、対抗策をほどこしてる他の宇宙人から見たら、バレバレに違いないと思うの。だから、なんとか目立たないようにすることが、わたしたち『姉妹』の最優先事項になってしまっているわけ。


 高校までは歩いて二十分。通勤や通学の人通りはまだまばら。

「また難しい本読んでるの? 歩きながら読んでるとあぶないよ」

 幼なじみとして不自然にならないように、なれなれしく顔を近づけて話しかけると、剣崎隆けんざきたかしは物理学の洋書から視線をはずさずに、

「うん」

とだけ答えた。

「何の本なの?」

「超ひも理論の解説書」

 初歩の宇宙論ね。地球人にとっては先端の理論かもしれないけど。

「難しそうね。頭いたくなりそう」

「そうかな」

 なぜか、つっかかる言い方。集団催眠でそういう関係の幼なじみだと思い込んでいるのかしら。二週間前にはじめて会ったときからそう。彼は基本的にわたしを無視しようしていて、話をするとそっけない答えばかり返ってくる。成長して気まずくなってきた幼なじみ、って設定なのかな。

「隆は昔から頭いいから」

「ぼくは、昔は運動ばかりで勉強はからっきしだったよ」

 彼に否定されて、わたしはあわてて情報を脳内チップを使って確認した。

 そんなはずはない。入手した情報でも子供のころから成績優秀となっている。

 彼は単なるお隣さんじゃなくて、わたしの任務の対象だ。現代の地球で、将来もっとも超光速航法理論に到達する可能性が高いとビレキアのコンピュータがはじき出した人物なのだから。

 ビレキア星のコンピュータは、連盟加盟国の中でもトップクラスの性能を誇っている。特に未来予測の的中率については群を抜いている。予測情報を輸出することが産業として成り立っているほど。情報収集さえ十分に行なわれていれば、高い確率で未来を予測できる。他の星はまだ彼の可能性を予測することはできないみたい。彼をマークしているのは、現段階ではわたしたちだけらしいから。

 わたしの任務は、彼を常にマークしておくこと。今のところ、本部からの指令はそれだけだけれど、おそらく将来的には、ビレキアの関与を知られないように、彼が超光速航法理論に到達するのを妨害する方法を発見して実行する命令が下るはずね。

 子供のころの勉強の成績について、わたしが何も言い返せずにいると、彼は立ち止まり、はじめて本から顔を上げてわたしを真顔でみつめてきた。なにコレ。ひょっとしてプロポーズかなんか?

 でも、彼の言葉はわたしにとっては、幼なじみの恋の告白よりもずっと衝撃的だった。

「隣の公園にいきなりアイドルそっくりの女の子が引っ越してきて、まわりじゅうがその子をぼくの幼なじみだって信じきってる状況が異常だってことがわかるくらいの頭はあるけどね」

「?!」

 集団催眠にかかっていない?! そんなバカな!

「・・・・・・ま、いいさ。騒いだってどうせぼくがおかしくなったって言われるだけなんだろ? 何をしようとしている何者かは知らないけれど、ぼくを巻き込まないでくれる? 幼なじみの役もごめん被りたいね。この二週間で、きみに渡せといわれたラブレターが五十三通、指一本触れるなと脅す輩が三組、一生の頼みだから紹介してくれと泣きついてきたやつが八人。相手をするこっちの身にもなってほしいな」

 彼はなにもなかったように本に視線を戻して歩き出した。わたしは黙って後ろをついていくしかなかった。

 この二週間、彼は催眠にかかっていなかったのに、かかっているふりをしていたの? だとしたら彼にとってわたしは、いきなり幼馴染みを名乗った不審人物だったんだ。


「タカちゃん、グミ、おはよう!」

 踏み切りで、いつものように電車の通過待ちをしていると、いつもどおり由梨香が合流した。彼女は本物の隆の幼なじみ。

 家はそんなに近所じゃないけど、二週間前までは毎朝隆とふたりで登校していたのは彼女。わたしの出現で、彼女は一歩身を引いてしまっている。わたしたちふたりの共通の親しいお友達、くらいに記憶の中で自分の立ち位置を修正したらしいの。

「あら、また分厚い本ねぇ。今度はなぁに?」

「超ひも理論の解説書」

「ナニナニ? お裁縫の本?」

「物理だよ。結構おもしろいよ、貸そうか?」

「だって、英語じゃん」

「訳を付けてやるよ」

 ちょっと待ってよ! この扱いの差はなに?

 あっけにとられてるわたしと目が合うと、隆は露骨に無表情になって、また本に没頭しはじめた。

 いやいや、本物の幼なじみじゃあるまいし嫉妬こいている場合じゃないわ。問題は彼が集団催眠にかかってないという事実。こっちが何者かはわかってないって言っていたけど、そのまえのやりとりからすると、超ひも理論が理解できるような高度な文明を持った存在と思われているらしい。

 つまり、未来人とか宇宙人とかってことになり、ご明察ってことになるわ。

 たとえば、自分が異次元に飛ばされただけで、わたしはその異次元にもともといた普通の人……ってケースは考えてくれなかったのかな? そういうお話ってよくあるじゃん、フィクションなら。……う~ん、無理だよねー、わたしのこの容姿じゃ。

 まわりの記憶が変わっているのも、わたしたちの仕業だって思ってるわけね……合ってるんだけど。

「どうしたの? グミ。やけに静かね」

 考え込んでいたら、由梨香が、わたしに呼びかけてきた。

「えっ? い、いえ、わたしは昔からこんなものよ」

と、つくろう。すると由梨香はほんの二分の一秒ほど固まったかと思うと、頭の中で記憶を修正したよう。

「そうよね。あなた、ちっちゃいころから無口だもんね」

 由梨香はまったく違和感を感じていないようだけど、由梨香の様子に気がついた隆が、怖い目でわたしをにらんだ。わたしが由梨香になにかしたと思ってるよう……合ってるんだけど。


「じゃあね、おふたりさん」

「じゃあね」

 校門をくぐると、由梨香とはお別れ。由梨香は普通科、わたしと隆は学年にひとクラスづつしかない理数科。理数科はクラス替えもなく三年間いっしょってことになる。彼をマークするには都合がいい。

 だまって歩くふたり。だって、なんて言えばいいのよ。認めちゃって打ち明け話するの? わたしはあなたたち地球人を食べちゃおうとしてる宇宙人です、って? それともなにか下手な嘘をつく? しらを切る? ごまかす? ……やっぱり黙っているのが最善に思えてくるわ。

 教室の座席も、ちょっと記憶に手を加えて隣同士にしてあるのだけど……今日はそれがつらい。座席についても本を読み続けている隆を、チラ見することもできず、そわそわしてると、わたしのまわりに群がってきてるクラスの男子が入れ替わり立ち代わりわたしに話しかけてくる。

 それでなくても理数科のこのクラスには女子は六人っきり。その中でも、アイドル顔なんだから人気があるのは仕方ない。無愛想な幼なじみはいても、彼氏は居ないっていう設定だし。

 いつもは鬱陶しい時間なんだけど、今日は助かる。男子たちの相手をして適当な返事をしていれば、この気まずい時間が過ぎていってくれるから。

「さ、さ、催馬楽さん! 今度の日曜、ゆ、遊園地などいかがでしょうか?!」

 有名レジャーランドのプラチナチケットを差し出して、腰を九十度に曲げてわたしにお辞儀してるクラス委員さん。こんな高価なチケット、無理しちゃって。

「ごめんなさい。わたし、乗り物酔いしちゃうし、日曜は由梨香と美術館へ行く約束しているの」

 ちょっとかわいそう。

「写真部のモデルになってくれませんか? 部長が連れて来いってうるさくって。ちょっとでいいんです。放課後、校庭でパシャパシャっていう程度で」

 写真部一年クラスメイトのカメラ小僧くん。この二週間でわたしのことさんざん隠し撮りしたくせに、まだ足りないのかしら。

「放課後は物理部にいかなくちゃいけないから。それに、あなた、先週わたしの写真を売ってなかった? 商売にするのは失礼でしょ?」

 彼はがっくりとうなだれてショックを受けていたようだけど、自分の席にもどって勉強の準備するふりをして、デジカメでわたしのことをパシャパシャ撮っているみたい。懲りない人。

 いきなり教室に飛び込んできたがっしりした体つきの男子は、名札の色からすると三年生。わたしの席の横にいた人や机を突き飛ばして、わたしの足元にひれ伏した。まるで宗教のお祈りみたいに両手を伸ばして顔を床にすりつけるように。そして野太い声で、教室じゅうに響く声で言ったの。

「お、おれの彼女になってください! し、しあわせにしてみせますっ!」

 この人は柔道部の主将じゃなかったっけ。たしかインターハイの個人チャンピオンだったと想う。

「あなたとはお話ししたこともないし、とりあえず、お友達になってからってことにしませんか?」

 彼は涙を流しながら、差し伸べたわたしの手を大きな両手でがっしりと握り締めたの。

「はいっ! はいっ! そのお言葉、生涯忘れません!! そのお言葉だけで、おれは百万の敵と戦えます!!」

 わたしも兵士だから、そのノリは嫌いじゃないんだけど、男探しに地球に来てるわけじゃないのよね。ちょっと困ったふうに微笑みかけたのだけれど、彼には違う表情に映ったらしい。

「うおおおおぉぉぉ!」

 彼は大声で雄たけびをあげながら廊下へ駆け出していってしまった。本当に百万人と戦ったりしなきゃいいけど。

 すぐ横でこんな騒ぎが起こっているのに、隆は平然と本を読み続けている。

 なんだか癪なのよね。

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