第2話 決闘戦《 デュエルウォー》

 艦が被弾したのを感じたのと同時に、彼女の身体は生命活動を停止した。


 ――三分前

「ラシャカン少尉、本艦はまだ超光速航行ハイパージャンプしないんですか?」

 新米の重機兵は意気込みよりも不安が勝っている。

 その重機兵にとっては初の任務。小隊長のラシャカン少尉にとっても正式な『戦争』ははじめてだ。

 重機兵は小隊の中ではただ一人武器を手に持っている。自分の身長ほどある重キャノン砲を右肩に装着して、右手で支えている。敵艦のエンジンの外壁を破って足をとめる大事な役目を負った兵士。

 ほかの兵は体内に内臓されたチップで可動する格闘武器で戦うため、手にはなにも持っていない。身につけた防具もないから、まるでこれから海に泳ぎにいくようなハイレグのワンピース水着風の格好をしている。

しかし、彼女たちはそのままで宇宙空間で戦える『斬り込みショックコープス』の兵士だ。

「あわてるな、そのまま待機」

 ラシャカン少尉の声も上ずっている。

 いままでに治安維持任務や救出任務で、数多くの戦闘を経験しているラシャカン少尉も、今回は平常心ではいられない。この戦いは、彼女が生まれて初めての――ビレキア星軍にとって17年ぶりとなる――『決闘戦デュエルウォー』なのだから。

 ただし、彼女の場合は重機兵の娘と違って意気込みが勝っているのだと自分を分析できていた。早く戦いたくてウズウズしている自分がいることを彼女は認識していた。

 直径40メートル長さ150メートルのトンネル状の待機デッキには、丸みがある壁と平行に張られた47本のワイヤーに各中隊が一列になって腰の待機用フックを引っ掛けて並んでぶら下がっている。

「船に乗ったまま落とされるのは御免ですよ」

 列の最後尾にいる軍曹が最前列のラシャカン少尉に向けて言った言葉に、小隊の面々が仕方なく笑う。軍曹彼女は少尉とずっといっしょに戦ってきたベテラン兵士だ。小隊の面々は、ここで笑っておかないと『意気地なし』と怒鳴られると思ったのだろう。笑えない冗談だと思いながらも口の端を上げていた。

 軍曹も、そして小隊の誰もが知っている。『決闘戦デュエルウォー』において彼女たち『斬り込みショックコープス』の兵士の7割は、艦に乗ったまま命を落とす運命だということを。


 艦が大きく横に揺れた。右隣の強襲巡洋艦が爆発した衝撃波だ。

 この艦がまともに被弾すれば、この待機デッキにいる三千人の斬り込み隊員は一瞬で命を落とすだろう。しかし、この艦が敵艦隊の目前まで生き延びて、ひとたびこの三千人が出撃すれば、敵艦を十数隻撃破するだけの戦力を持つ。


 ラシャカンたちが待ちに待った艦内放送が響いた。

『先発の第七突撃艦隊が敵第二防衛ラインを突破!』

 兵士たちの歓声があがる。艦内放送は続く。

『本艦所属の第十一突撃艦隊はまもなく敵最終防衛ラインまでジャンプする。兵員および乗組員は仮死モードに備えよ! 繰り返す・・・・・・』

 艦内放送のリフレインに重なって、各小隊の下士官たちの声が上がる。ラシャカンの小隊の軍曹も隊員たちに怒鳴っている。

「仮死モード準備! 点検して仮死に備えろ! いいか、新兵ども! 小ジャンプも遠距離ジャンプと同じだ! ジャンプ中の艦内の景色を見たいなんていう変な興味は持つなよ。ジャンプ前に仮死になってなきゃ、ジャンプで死んじまって二度と目が覚めないぞ!」

 超光速航法――ジャンプ航法は、”必死”航法モータルドライブと呼ばれている。

 有機体は生きたままジャンプを完結することができないからだ。

 乗組員も兵士も、ジャンプ中は仮死状態で過ごす。科学が見つけ出した超光速で移動する方法は、冥界の入り口をかすめて通るオカルトと科学の狭間に存在する手段だったのだ。

 ジャンプ中の船を運航するのは、高度な人工知能AIの役目。

 ジャンプ航法中に”死神”のような存在と禅問答めいた対話を行なう。その問答の果てに待っているのは確実な死。奪われる命を持たない”彼女AIたち”が運行するからこそジャンプが可能なのだ。

 単なる自動操縦では切り抜けられない、人格を持つほど高度な人工知能だけが通れる道。そこを通るのが超光速航法。

 艦内放送がオペレータの低い声から戦隊指令の甲高い声に代わる。

『最終ジャンプ後の作戦目標を再確認する。本艦の戦闘隊に課せられた使命は、後続の突入部隊の露払いだ。敵旗艦に突入する部隊の障害となる最終防衛ラインの艦船を排除することを最優先に行動せよ。ビレキア魂を見せてやれ! 最後の一兵になっても戦い抜くのだ!』

「オー!」

 艦内で歓声が沸き起こる。

 ラシャカンの頬も紅潮している。

 彼女が小隊の部下たちを見回すと、新米の重機兵も含めて士気が上がっている様子だ。

 いよいよジャンプとなり、心臓に埋め込まれたチップにコマンドを送って、正常かどうか最後のチェックをする。艦のオペレータからのジャンプ後の信号で蘇生できるかどうかは、このチップにかかっている。

 ジャンプのカウントダウンがはじまった。

 そして、死に至るジャンプ5秒前。

 艦が被弾したのを感じたのと同時に、彼女の身体は生命活動を停止した。


 蘇生した瞬間、地獄についたのではないかという疑いがラシャカンの頭をよぎる。

 艦内は炎に包まれている。

 ここは艦の待機デッキだ。部下たちもいる。まだ地獄ではない。

 艦内放送は異常事態を伝えていた。

『本艦はジャンプ寸前に被弾し、予定のジャンプ地点を超過して、敵の最終防衛ラインにつかまっている! 総員緊急脱出! 本艦は艦隊から突出して孤立している。脱出後各人の判断で主戦場へ向かえ! 幸運を祈る!』

 今回の決闘戦の敵は旗艦を守るために三重の防御ラインを敷いていた。前衛艦隊を展開させてジャンプを妨害する空間断裂スクリーンを張っていたのだ。そのうちの二つを突破する戦いには参加していないラシャカンが所属する第十一突撃艦隊の任務は、最終防衛ラインを構成する敵艦隊の目前にジャンプしてこれを破ることにあった。ところがジャンプ前の被弾で跳びすぎたこの艦は、最終防衛ラインの空間断裂スクリーンに突き刺さってジャンプアウトしてしまったということらしい。

 ここは敵艦隊の真っ只中で、第十一突撃艦隊の他の艦は、まだ後方ということになる。

 通常なら前方のハッチが開いて、ワイヤーに沿って各中隊一列で出撃するはずだったのだが、周囲の隔壁もすべて開放され、ワイヤーに掛けたフックは緊急解除された。

 兵士たちは背中に埋め込まれたチップでフィールドを展開させ、身体を包み真空から身を守る。ラシャカンは力場を左下方へ向けて、隔壁の隙間から艦外へ向かう。

『小隊各員は小隊長に続け!』

 軍曹の声はもう空気を伝わってくるのではなく、小隊の近距離通信帯を使用して直接小隊兵士たちの頭の中に響いていた。

 ラシャカンが艦外に出ると、青白く光る幕に突き刺さった船体が、上下左右から集中する砲撃を受けて崩壊していくのが見えた。

 早く離れないと爆発に巻き込まれる。

 前か後ろか、とりあえず脱出するには、その他の方向は敵が多すぎる。本隊は後方。しかし、待機デッキは艦首にあったから、後方へ向かうと今にも爆発しそうな艦の近くを通っていくことになる。巻き添えになる可能性が高い。

 当面は前方へ行くしかない。

 空間断裂スクリーンはジャンプ航法のみを妨害するから、通常の移動方法でなら通り抜けられる。

 青白い光の幕を抜けたとき、衝撃波が後ろから襲ってきた。

 艦が爆発したのだと感覚で理解できたが、振り返って艦の最後を見とどける余裕はない。

 艦を狙っていた敵の砲撃が止んだ。

 斬り込み隊にはあんな大掛かりなものは当たるはずがない。かわりに、小艦艇が向かってきているはずだ。

 敵にはビレキアの斬り込み隊のような身体ひとつで宇宙空間で戦う戦士はいない。今向かってきている全長30メートルほどの戦闘艦艇が最小の戦力単位だ。艦数制限に引っかからないギリギリサイズの小艇だ。それは、ビレキアの斬り込み隊を迎撃するための兵器だけを積んだ防空艦艇だ。

 センサーが捉えてラシャカンの脳に伝えた敵の数は半端なものではなかった。

 本隊から突出してしまって、敵防衛ラインの真っ只中にいるのだから数的不利は仕方ない。

 各方向から雨のように降り注ぐ光束。

 ラシャカンの後方から急接近する一機。

 後ろにいた軍曹が、手のひらのチップでレーザーソードを起動させ、そいつに切りつける。長さ1メートルほどの光の剣がほとんど敵艦艇の装甲に埋まった時点で、軍曹が剣をスパークさせると、敵艦艇の内部で爆発が起こって、はじけるように艦艇の進路が変わった。

 少し離れたところで、その艦艇が爆発する。

 爆発の閃光を潜り抜けて、新たな敵艦艇が接近してくる。

 ハリネズミのようにあらゆる方向に対空砲を乱射している。狙って撃っていないヤツはやっかいだ。まぐれ当たりがある。

 回避しようとしたとき、ラシャカンはその艦の後ろに艦首のデザインが異なる敵艦艇が続いているのをみつけた。敵の指揮艦艇だ。

『軍曹! 前のやつを頼む! わたしは後続を!』

 軍曹は狙いを察したようだ。あの指揮艦艇をやれば、いまこのあたりに殺到している敵艦艇のうち指揮下にある百艇ばかりは一時混乱に陥るだろう。

 軍曹がハリネズミに取り付く、その脇を抜けて、ラシャカンが指揮艦艇に近づく。

「でぇい!」

 両手のレーザーソードを起動し、敵の横っ腹に突き刺した。

 装甲が厚い。

 貫通した手ごたえがない。これでは誘爆させられない。

 どこかもっと致命的な箇所を攻撃しなければ。

 右手のソードを突き刺したまま、両足を外壁について、弱点を見定めようとしたとき、敵指揮艦艇は大きくコースを変えた。しかも猛スピードで加速している。

 ラシャカンは身を低くして、左手で外壁につかまった。

 小隊の部下たちとみるみる離れてしまう。

 ――小隊長が隊とはぐれてしまうなんて!

 この艦艇は、敵本隊の方へ向かっている。彼女が行くべき主戦場とはまったく逆方向。

 まさか、敵指揮艦艇が、指揮すべき戦場を放棄して一目散に逃げ出すとは、ラシャカンは考えもしなかった。


 ――どうすべきか?


 彼女は迷った。

 指揮艦艇から一刻も早く離脱して、小隊がいる戦場へ向かうべきか、それとも戦場を離れることになっても指揮艦艇を倒すべきか。

 悩んだのは一瞬だった。

 敵の頭を倒せるのなら、倒しておくべきだ。それが主戦場へ向かえという命令にそむくことになっても。この決闘戦全体の目的に照らせば、どちらが正しいかは明白。そして将校には、その判断をする権限が与えられている。

 外壁を見回し、ミサイルポッドの射出ハッチらしきものを見つけた。あそこなら……。

 両手のレーザーソードを構え直す。瞼のチップにコマンドを送る。閃光から目を守る対閃光シールドを張るためだ。濃い青紫の内瞼が眼球の表面を覆う。

 手のひらから延ばした二本のソードを同時にハッチに刺し込み、交差させて最大出力でスパークさせる。

 今度は手ごたえが充分あった。

 彼女が全速で敵艦艇から離れると、艦艇は内部で誘爆を繰り返しながら捩じれるようにもだえ、大きな爆発を起こして塵となって四散した。

 ラシャカンの身体は、やつにつかまっていたために慣性がついていて、まだどんどん小隊から離れていく。指揮艦艇は倒した。早く小隊のところへ戻らなくては。

 閃光防御を解いた彼女の目が、そのとき、あるものの姿を捉えた。


 敵旗艦!


 今回の決闘戦デュエルウォーに参加する敵軍全体を指揮する艦。最終攻撃目標だ。

 目視できるほど近づいている。

 あの艦にいるはずの敵総司令官を降参させれば、この決闘戦を勝利することができるのだ!

 決闘戦デュエルウォーは、いずれかの軍が降伏か全滅すれば終わる。軍を降伏させられる権限は、軍の総司令官だけが持っている。総司令官を倒しても次席が任を継ぐだけだが、殺さずに屈服させて降伏させられれば、この戦いは終わる。

 もちろん、それができなくても、敵旗艦にダメージを与えて敵艦隊を混乱に陥れることができれば、勝利を大きく引き寄せることができる。

 彼女の隊の本来の任務は、敵最終防衛ラインの突破であり、あの敵旗艦を倒す任務は別の部隊が担っている。しかし、彼女ひとりでも、旗艦内部に突入できれば決闘戦を終わらせることが可能かもしれない。

 こうしてる間にも、この決闘戦では次々と味方が死んでいっている。すこしでも早く勝利できる可能性が目の前にあるのなら・・・・・・。

 さっきの指揮艦艇を倒すべきか否かを迷ったときと、同じ種類の迷いだが、今度は迷う時間が長かった。指揮艦艇は、倒そうと思えばほぼ確実に倒せる相手だったが、敵旗艦はそうではないからだ。

 単なる犬死にに終わるかもしれない。

 それでも、自分一人の損失で終わるなら、賭けてみる価値はある。

 しかし、それは本当に彼女に認められた権限で判断して良いことなんだろうかという疑問が残る。

 彼女は、後方の戦場の遠ざかる閃光を振り返り、近づいてくる敵旗艦とそのまわりの数隻の護衛艦の方へ視線を戻す。

 決断するしかない。自分ひとりで。


『そこの少尉!』

 突然、近距離通信が頭の中で響いた。

 反射的に声の主を求めてあたりを素早く見回すと、斜め後方に同じくらいの慣性で進む味方を見つけた。同じ敵指揮艦艇に取り付いていたのだろう。

 ラシャカン少尉よりも小柄な、少女のような身体つきの将校だ。

 ビレキア人女性は、いったん成人すると、年齢を重ねるにつれて身体は退行して徐々に幼くなっていく。おそらく彼女はラシャカンよりも数歳年上。そして、スーツの階級証は大尉。

 同じ艦に乗り込んでいた特務独立強襲歩兵中隊の中隊長だ。

『おまえの決断は正しい』

 大尉は、ラシャカンが何を迷っていたか知っているようだった。

『・・・・・・おまえの迷いもナ』

 それはラシャカンにとって救いの言葉だった。

『少尉、名前は?』

「ラシャカン少尉であります!」

『よ~し、ラシャカン少尉。今から貴官をわたしの副官に任命する。わたしとともに、敵旗艦に突入して、この決闘戦を終わらせるんだナ!』

 彼女は敵旗艦に向かって加速した。遅れないようにラシャカンも加速する。

「了解!」


 敵旗艦がふたりの接近に気付いたのは、ふたりが艦に取り付くために減速を始めたときだった。

 そのときになって、やっと旗艦やまわりの護衛艦から、防空艦艇が射出され始めたが、これは遅すぎる。それどころか、その射出口は、ふたりにとって格好の侵入口となった。

 ラシャカンが射出されたばかりの艦艇を、背面跳びで巻き込むように避けて回り込み、閉じる前の射出口に進入すると、そこはもう、有人の整備区域だった。

 斬り込みショックコープス兵士の身体に備わっっている武器のうち最強威力を持つレーザーソードは、フルパワーで使用すると不要な破壊を巻き起こして、近くにいる味方の戦闘を邪魔してしまう恐れがあるため、眼前の敵の防御力に合わせて調節して使うことが良いとされている。ラシャカンが出力を7%に調節したとき、振り返りもせずにそれを察知したのか、大尉が言った。

「少尉! 多勢に無勢だ! こういうときは常に全開で行くんだナ!」

「はい!」

 大尉はあきらかにこういう修羅場に『慣れて』いる。ラシャカンはすぐさま命令に従った。

 格納庫内からブリッジへ向かう通路へ跳躍する。

 通路に立ちふさがる敵兵たち。ここにいるのは、一般の乗組員だけらしい。脅威となり得る宇宙海兵は見当たらない。

 この兵士たちの武器では、斬り込みショックコープスの防御システムを貫通できない。

 大尉が前を進み、ふたりで数十人の敵兵をなぎ払う。

 オーバーキル気味の火力なので、彼女たちの周囲では再三爆発が巻き起こる。

 前方に残っていた兵士たちがひるんだ瞬間、回転しながらそのうえを飛び越えてその先のホールへ飛びこむ。

 ワラワラと左右からなだれ込んでくる宇宙海兵たち。彼らが手にしている兵器は、ラシャカンたちに対抗できる火力を持っている。

 大尉が右に急に転進した。ビレキア軍の体術による戦闘の訓練を受けたラシャカンでさえ追い切れない動きだ。待ちかまえる宇宙海兵たちは大尉を見失い、その後ろにいたラシャカンに視線が集中してる。

 訓練されたラシャカンの身体が、大尉の意図を瞬時に理解した。彼女は左に転進する。わざと宇宙海兵たちが、ぎりぎり目で追えるくらいの早さで。

 海兵たちは、見失った大尉のかわりに、ラシャカンを目で追い、銃口を向ける。数十丁の銃が火を噴く瞬間、彼らが見失ってしまった大尉が、彼らの死角から突っ込んでくる。

 最初の二、三人を大尉がなぎ払ったときに、太刀筋で過剰にエネルギーが放出されて爆発が起こる。

 爆発によって混乱した海兵たちのところへ、今度はラシャカンも彼らが目で追えない早さで転進して斬り込む。

 その場の海兵をすべて倒すのに、大尉が転進してから二秒とかからなかった。

「こっちだ!」

 大尉がエレベータのドアに両手のソードを突き刺すとドアがはじけ飛ぶ。すかさず、その穴に飛び込んで、上へ向かう。

 艦の中央あたりの高さのドアを内側から突き破って、シャフトから飛び出すと、そこは宮殿のように装飾された、軍司令の司令部だった。


 ガードの親衛隊二人に付き添われて、奥の通路へ逃げ込む太った男が敵の総司令だ!

 その三人とラシャカンたちの間に立ちふさがるのは、親衛隊長らしい女性将校。右手にリボルバーキャノン、左手に剣を構えている。

「大尉は奥へ! 親衛隊長ヤツはわたしが!」

 先に、親衛隊長にラシャカンが突っ込む。

「まかせた! 気をつけろ! 手ごわそうだぞ!」

 大尉の言葉どおり、親衛隊長はビレキア斬り込み隊員に勝るとも劣らない個人戦闘の達人だった。

 彼女の剣はレーザーソードを受け止め、ラシャカンがさらに攻撃しようとすると、リボルバーキャノンを至近距離で撃ってくるので、そのたびにラシャカンは飛び退かなくてはならなかった。

 そのやりとりが何度か続く。ラシャカンが、敵司令を追っていった大尉のことを気にし始めたとき、親衛隊長がバランスを崩して後ろに倒れた。

 チャンス!

 上から覆いかぶさるように彼女の額めがけて右手のソードを突き立てようという体勢になったとき、ラシャカンのこめかみが震えた。

 こめかみにあるビレキア人特有の、危険の気配を感じ取る虹色の器官が、最大限の反応を示していた。


 罠だ!


 親衛隊長はラシャカンを誘って、確実な相討ちに持ち込むつもりなのだ。

 彼女が守るべきは自分の命ではなく、後方の総司令官の命。そして、ビレキア兵は大尉とラシャカンの二人だけだが、彼女の味方はもうすぐこの部屋になだれ込んでくる。

 そのとき、ラシャカンがまだここにいれば、その援軍はすぐには奥へ向かえない。しかし、親衛隊長がラシャカンと刺し違えれば、援軍はすぐに奥へ行ける。

 親衛隊長は自分の命を捨てて相打ちになることが最善策だと判断したのだ。

 それがわかっても、いまさらソードの勢いは止まらない。


 親衛隊長の額にめがけて、ソードを突き立てた瞬間、親衛隊長がリボルバーキャノンの引き金を引いた。

 タイミングは相討ちだったが、なにも起きなかった。

 ラシャカンのソードは消え、親衛隊長の銃もなにも発射しなかった。


 敵総司令官が降伏したのだ。大尉が屈服させたのだ。


 決闘戦では、どちらかが降伏した場合、その後の被害拡大を防ぐため、瞬時に兵器が無効化されるルールになっている。

 ラシャカンは立ち上がって、さっきまで命のやり取りをしていた親衛隊長に手を差し伸べて引き起こした。

「ちっ、味方ながら、根性のない男だ」

 親衛隊長はあっさり降伏した自軍の総司令を罵った。彼女が命がけで守ろうとしていたのは『総司令』というポストにある人物であって、その人物自体はポストに見合った尊敬に値する人物ではないようだった。

「あなたは、よくやったわ」

 ラシャカンの言葉に親衛隊長が笑みで応えたので、ラシャカンも笑みを返す。

 奥から大尉が歩いて出てきた。

「終わったナ」

 自分が終わらせたくせに、他人事のように言っている。


 こうして、ラシャカン少尉人生初の『決闘戦』は終わった。


 『決闘戦』の大勝利のあと、大尉とラシャカンは昇進や受勲するでもなければ、命令違反で軍法会議にかけられるでもなく、新しい任務についた。

 編成は戦時のまま。

 つまり、大尉の臨時副官となったラシャカンは、そのまま自分の小隊を取り上げられ、直属の部下がいない将校として大尉の部下となった。大尉も特務中隊を取り上げられ、部下はラシャカンひとりだけとなった。

 ふたりだけで、新たな任地である地球へ向かうこととなったのだ。

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