たべちゃうゾ!

荒城 醍醐

第1話 プロローグは『いつもの』登校風景


「あら、おはようめぐみちゃん。たかしちゃんと登校の時間?」

 ななめ向かいの園田の奥様が、玄関前の掃除の手を休めて、いつものように声をかけてくる。

「おはようございます。毎朝ご精が出ますね」

 わたしは学生かばんを両手で持って、やや右斜めにお辞儀し、精一杯優等生っぽく微笑む。

 自宅である洋館の庭を囲う青銅の柵からあふれそうな薔薇の前を、園田の奥様の視線を意識しながら通り過ぎ、おとなりの家のインターホンを押す。

「おばさま、おはようございます。隆は起きてますか?」

 インターホンからは返事はなく、そのかわりにドアの向こうで隆を呼ぶおばさまの声がする。

『隆、恵ちゃん来たわよ。早くしなさ~い』

 ドアが開いてエプロン姿のおばさまが顔を出す。

「恵ちゃんオハヨ~。隆、すぐ降りてくるからネ」

 隆はメガネを掛けた細身の男子高校生。階段をゆっくり下りてきて、靴を履くと、わたしを無視して歩き出す。左手にかばん、右手に分厚い洋書を持って読みながら歩いていく。

「それじゃあ、おばさま、いってまいります」

 わたしはにこやかにお辞儀をして、隆のあとを追う。

 幼なじみのわたしたちの、いつもの登校風景。もうずっと、これを繰り返してきている・・・・・・ことになっている。

 実際には、二週間前の水曜日から。今日は二度目の火曜日。まだ十度目の通学の朝。


 ただしそれは誰も知らない。


 わたしは生まれたときから、あの洋館に住んでいることになっている高校一年生の催馬楽恵さいばらめぐみ

 顔は、今をときめく美少女系アイドルの柴田カナちゃんに生き写し。

 目はパッチリとして、やや垂れ目。小顔で、イヤミがない程度にほっそりしたあごと、すっと通った鼻筋。大人になったら美人になりそう、と言われつつ、大きくなっても童顔のまんまなのが柴田カナちゃんのウリ。

 カナちゃんは二十歳だけど、わたしは十五歳の設定。五年前のカナちゃんではなく、今のカナちゃんにそっくりなのがわたし。

 でも、カナちゃんと間違えられたことはない。なぜならカナちゃんは妹キャラで身長145センチの幼児体型だけど、わたしは身長172センチ九頭身のグラマラスなモデル体型だから。

 いくら同じ顔でも、ひと目で別人と判るわけ。

 わたしのボディは、どうやらモデルでバラエティタレントのジェリカ佐藤さんのコピーらしい。テレビでボディコンシャスな衣装姿を見かけたとき、胸の隆起や腰のラインがあまりにそっくりなので、ビックリしてしまった。

 丘陵地の斜面の住宅地には、一区画百五十平方メートルくらいの築二十年未満の家が立ち並んでいる。その中に四区画分の薔薇園に囲まれた古い洋館が建っている。そこがわたしの家。

 実は二週間前までは滑り台とブランコがある小さな公園だったところ。

 でも、誰もその公園のことは覚えていない。みんな、このあたりが住宅地になる前から洋館が建っていたと思っている。その公園での思い出はすべて、百メートルほど離れた別の公園で起きたことになっているはず。


 わたしは地球人じゃない。


 二週間前から潜入しているビレキア星政府の尖兵ラシャカン少尉、それがわたし。

 地球人はまだ知らないけれど、地球のまわりには実は宇宙人がいっぱいいて、地球は現在、保護地域となっている。

 地球人類が超光速航法を発見して外宇宙に進出すれば、そのときはじめて連盟の一員として迎え入れられることとなっていて、万が一、それより先に自分の惑星を粉々に破壊する兵器を所持してしまった場合は、危険分子としていずれかの宇宙人の政府によって占領統治されることになる。

 保護地域に指定されている間、どの宇宙人の政府も公式には地球に降りてはいけない・・・・・・のが建て前。だけど、あと百年もしないうちに超光速航法か惑星破壊兵器を手に入れそうなところまできている地球を、ただ黙って見ているところなどありはしない。密かに潜入し、どちらになりそうか調査したり、不当に誘導したりしている宇宙人はわがビレキア星人だけではないはず。

 過去にも例があることだけれど、連盟加盟後に有利な通商条約を結ぶための布石だったり、自分の陣営に加わらせるための政治的駆け引きだったり。それぞれの目的でエージェントを送り込んでいる。おたがい存在がバレないようにね。

 まだ、下っ端のわたしには目的は知らされていないけれど、ビレキア星人は、地球を占領統治することを目論んでわたしを派遣したのだと理解している。


 ほんの数週間前は、わたしは銀河の彼方で宇宙戦闘の最中にいた。

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