ubel ungen

@soseji

階段

 ある暑い日の朝、少年は階段を下りていた。アパートの一階と二階を繋ぐ階段。昨夜の内に無数の蛾が群がり、短い命を終えていった階段を。その少年はものともせずに過ぎ去った。やがて影から身を現した少年は、いつも通りの朝であることに落胆する。空の太陽を直視することはできなかったが、変わりないのだと。


少年は独り身だった。両親が共に他界した、というわけではなく、彼の中では存在していた。放任主義の気が強い親ではあったが、彼は感謝している。それがある夏の日、彼の周りからすべてが消え去ってしまった。

目が覚めると見知らぬ部屋にいた。両親と共に暮らしていた彼は、一度も友人の部屋に泊まったことなどなく、その見慣れぬ朝に驚くばかりであった。

 能登涼介。それが新たに持ちえた彼の名だった。持ち物は愚か、人間関係や戸籍まで、自らの身体を除いてすべてが別人のものに変わっていた。元より持っていた名前、電話番号、住所どれを当たっても存在せず、彼は絶望した。

 それは、彼にとっての異世界だったのだ。

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