最終話

 街を修復する作業がはじまった。人々は木々を切り、レンガを積み上げて元の生活を取り戻そうとしていた。

 ピスカはエリツヘレムの小さな丘の上にある場所で、膝を抱えて座っていた。心地よい風が髪の毛を揺らす。

「手伝わないの?」

 背中から声がした。見るとユイルが歩いてきて隣に座った。

「わたしはやっぱり、どうしても許すことが出来ないよ」

 膝に顎をのせてピスカはそう言った。

「いいと思うよ」ユイルは言った。「僕だって、もしほんの少しでも父上と母上の思い出が残っていたなら、きっと許せなかった」

「これで、ほんとうに良かったのかな?」

 空を仰いだ。小鳥がさえずる。真上にいる太陽が木の葉の間から陽光を覗かせた。

「街の人々のせいで父上は憎しみを心に宿して悪に染まってしまった。そのせいで母上は命を落として、ユイルも――」

 沢山の『もし』があれから心の中を満たしている。もし、街の人が父上を認めていたら。もし、わたしが父上に付いて行くことが出来たなら。もし、母上が死んでいなかったなら。その度に心が暗いところに落ちていく。

「僕にも分からないよ」

 ユイルは遠くの方に視線を向けた。

「僕も選んでしまった。こうなることを、こうすることを。だからその結果がどうなろうと受け入れる義務があると思うんだ」

 ピスカはその横顔を見続けた。

「そう、かもね」

 風が吹く。ピスカは一度目を伏せ、躊躇を見せたあと口を開いた。

「あのね」

 ユイルと顔をあわせる。

「いや、やっぱりいいや」ピスカはまた膝の上に顔をのせた。

「どうしたの?」

「――なんでもない」

 訊けなかった。一つピスカには気になることがあったのだ。それはユイルがわたしの魔力が消えていないことをいつから気づいていたのか。もしそれが父上が死ぬ前なのだとしたら、なぜ言わなかったのだろうか。

「やっぱり訊きたくないことだった」

 ピスカがそう言うと、ユイルは腰を上げて伸びをした。

「でも、きっと大丈夫だよ」

 声はしっかりしていた。

「僕らは家族なんだから」

 ユイルは笑った。

 木が揺れる。その足元で小さな玩具が肢体を動かした。ピスカは駆け寄って、それを抱き上げた。ユイルはその背中に言葉を投げる。

「母上も、きっと喜んでくれるよ」

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メオネニムの玩具 山橋和弥 @ASABANMAKURU

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