第27話

 地下から外に出た。穴の上に板を置き、それだけでは不十分だと考えて棚を被さるように倒した。太陽は先程より少し下に傾いていた。昼時を過ぎたのだろう。

「父上は、なんのことを言ってたの?」ユイルは訊ねた。

「太陽のこと?」

 ユイルは首肯した。

「レイビ族に伝わる儀式のことよ。太陽が二つ昇るとき、この地に平安が訪れるってね」

 いまとなれば、どうでもいいことだ。父上は儀式の解明に精力を注ぎ、村を追放された。そして生涯を捧げた研究は、ねじ曲がってしまった。初めはきっと、人々のために、平安のためにと父上も始めたはずだったのに。

「街を助けにいこう」ユイルは言った。「父上の言っていたことが本当なら、今頃街に玩具が迫っている。いや、もうすでに攻撃を受けているかもしれない。だから――」

「もういいよ」ピスカは諦めたように言った。「放っておこう」

「なにを言ってるの?」ユイルの口調が強まる。

「父上と母上をこんな目に合わせた人たちだよ? どうして助ける必要があるの?」

「僕らの生まれ育った場所でしょ?」

「もう二度と戻ることは出来ないよ。街の掟だから。それに言ってた通りになったんだよ」

 ピスカは壁にもたれかかった。

「自らの罪の責任を自ら追うのは当然の報いよ」

 ピスカは溜息をついた。

「そんなの、僕が知っている姉さんじゃないよ」

「あなたがわたしの何を知ってるのよ。だいたい――」ピスカは言葉をとめた。顔を上げてユイルを見る。少し戸惑ったような、けれど強がっているような、そんなピスカの良く知っている顔がそこにあった。

「ユイル、あなたもしかして」

 頷きが返される。

「うん。全部思い出したんだ」

 ピスカは駆け寄って、ユイルに抱きついた。胸元を握り締め、額を押し付ける。ユイルはピスカの頭をそっと撫でた。

「ごめんね独りにして」

「ほんとうに、ほんとうにユイルなの?」

「うん。そうだよ」

「遅いよ。ユイルならユイルってそう言ってよ」

「ごめん」

 ピスカは抱きしめる。全身でユイルを感じた。温もりや、匂い、温かさ。どれもピスカが知っているものだった。

「ごめんね寂しい思いをさせて、それに今まで僕を守ってくれて、ほんとうにありがとう」

 ピスカは顔を離して、千切れるほど首を振った。

 魔具をつくるつもりなんて本当はなかった。ただ、ユイルに死なないで欲しい、戻ってきて欲しいという一心で、父上が残した書物を手に取った。その時に目を開いたユイルは、わたしの知ってるユイルじゃなくて、やっぱりユイルは死んじゃったんだと思った。それが、悲しくて、切なくて――。

 ユイルがユイルじゃない動きをするから、わたし、どうすればいいか分かんなくて――。

「ほんとうに、ユイルなんだね」

 涙をユイルの胸に擦りつけた。頷きが身体の感触で伝わる。

「姉さん、街を助けに行こう」

 ピスカは見上げた。

「無理よ。いまさら行ったってわたしたちにはどうすることもできない」

「大丈夫」ユイルが言った。「僕と姉さんならできるよ。だから――」

 行こう。

 なんでそこまで言い切れるの。わたしにはもう魔力がないし、ユイルだってさっき魔具に負けている。状況は絶望的なのに、それなのにどうして――。

 けれどピスカはユイルの言葉を疑おうとは思わなかった。

 その不安の欠片もない笑顔に促されて、ピスカは、「うん」と言った。

「でも、どうするの? 今から歩いていっても間に合わないよ」

「それは僕に考えがあるんだ」

 ユイルの身体が離れた。扉を開けると眩しいほどの光が室内に流れ込んだ。刹那、視界が弾け立ち眩みが起こった。けれどその中から、ユイルが手を差し出した。

「行こう」

 ピスカは頷いて、しっかりとその手を掴んだ。

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