第26話
「父上! しっかりしてください!」
ピスカは必死に抉られた場所を押さえながらそう言った。出血はとまらない。堰を切ったかのように、地面を赤く染めていく。
「父上! 父上!」ピスカは呼びかけた。
こんな、こんなことをわたしは望んだわけじゃない。
「実験を……実験を、続けなければならなかったのに……」
言葉を発するたびに、血を吐き出しむせ返る。
「父上! 魔術を、傷を早く癒してください!」
「ああ、いや……そうか。私のやるべき事はここで終りなのだな」
父上の眼から生気が流れていく。
「なにを、なにを言ってるんですか!」
「もう、いいのさ。もう……」父上は天井から漏れる光を仰ぎ見ながら言った。「すでにもう、最後の手はうってある。今頃……エリツヘレムはなくなっているさ。私の……造りあげた玩具が。きっとやつらを滅ぼしている。私は……」血を吐き出した。「やり遂げたんだ」
父上の口元に笑みが浮かぶ。
「そんなこと、そんなこと言わないでください! まだ間に合います! 父上、魔術を使ってください」喉から振り絞るようにピスカは叫んだ。
肩に手が置かれた。振り返ると、ユイルが首を振った。
「いや、そんなのってやだよ」ピスカは震える頭を左右に振った。
父上は、赤く染まった口でなにかを呟いた。
「父上?」ピスカは耳を近づける。
「明るいんだ……いつから外はこんなに明るくなったんだ。こんなに光り輝く場所があったなら……私も太陽を二つ昇らせることが出来たかもしれないのに……」
力なく持ち上げられた腕。その手をピスカがしっかりと握った。嗚咽が漏れる。掌から伝わる生気は弱々しかった。唇を噛み締め、握る掌を強くした。わたしに魔術が残っていれば……もし、そうだったなら、父上のことも、治せたかもしれないのに。でも、でも。
ピスカは腕で涙を拭った。父上の顔はとても穏やかで、ピスカの思い出の中と同じだった。いま、やっと出会えた気がする。わたしの、ほんとうの父上に。
「父上、一つお訊きしたいことがあります」
父上の頭が傾き、ピスカと視線があった。
「母上は……どこに、行かれたのですか?」
柔らかな微笑。返ってきた言葉は、ピスカの予期していた中で最悪のものだった。
「エリツヘレムで会っただろう?」
握っていた父上の手が、力なく地面に落ちた。紅い水面の上に、涙で出来た波紋が広がった。ピスカは両手で顔を擦り、とまらない涙を拭う。
信じたくなかった。嘘だと思いたかった。ずっと父上と母上を待っていた。ユイルと二人帰りを待ち続けていたのだ。その事が唯一の希望で、救いだったのに。
希望が絶望へと変わった。
ピスカは泣きじゃくりながら首を巡らせる。歪んだ視界の中で、壁にある人々の顔を見た。どれも、これも知っている顔だった。涙が出る。悲しみが溢れる。
都市、エリツヘレムで失踪した人々の顔。器楽を鳴らし、ずっとずっと帰りを待っていた人たちの顔がそこにあった。苦しみに歪んだ表情が垂れ下がっている。
喉をつんざくような叫び声をあげた。
ピスカは泣き続けた。その涙と声が枯れるまで。
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