第5話

 丸太を立てて造られた塀を抜けると、そこには牧草地と畑が広がっていた。先程の騒ぎも収まったのだろう。辺りには大麦を収穫する人や、牛や羊を放牧している人がいた。

 時折顔をあげてピスカたちに不思議そうな視線を送る人もいた。

 ピスカは前方に目をやる。土を掘って出来た水が流れていない堀、その際に出た土で築いたであろう塁壁。塁壁の頂に築かれた城壁に向かってせり上がる斜面。堀の幅は非常に大きく、雨が振った時には水が貯められることだろう。

 ピスカたちは堀にかかっている石橋の上に足を載せた。見上げると城壁より高い塔が見えた。その頂には狭間が設けられている。そこにいる見張りの者らしき影の視線がピスカたちに張りついている。しかし注目はされているが警戒はされていないのだろう。木で造られた城門は開放されていた。

 門の下にさしかかると脇に建っている小屋から兵士らしき人物が出てきた。

「そこの者、少々お訊ねしてもよろしいか?」

 足が止まる。首を横に向けピスカは言った。

「なにか?」

 兵士が近寄る。

「申し訳ない。先程賊による食料の略奪があったのでな。少し警戒を厳しくしているのだ。それでその外套、どこかの祭司とお見受けするが、いったい何用でこちらに参られた?」

「探し人がいます」

「ここにですか?」

 ピスカは首の動きでそれを肯定する。兵士の視線が傍らで立っているユイルに移る。

「そちらの方は?」

「わたしの付き人です」ピスカがその質問にこたえた。

 兵士は頭の先からつま先まで撫でるように視線を動かし、確認するように頷いた。

「それは遠いところから御足労をかけたものだ。王都カエサリウム。明日には豊穣の祭りも行われるであろう。しばしの間かと思うが、存分に楽しんでいかれるとよい」

 兵士は微笑みながらそう言うと、一礼をして小屋に戻っていった。ピスカは顔を前に向け、王都の中に足を踏み入れた。

 人々の声。馬車がはしる音。喧騒に支配された市の立つ広場。そこでは様々な商人が多種多様な商品を売っていた。染色された衣。沢山の香辛料。着飾られた女が宝石を手に取って眺めている。色鮮やかな果物は台の上に所狭しに並べられ、鉄板の上で焼かれている肉からは香ばしい匂いが周囲に撒き散らされていた。ピスカはおなかに手をあてながらその前を通り過ぎた。

 大工らしき人物が造っているのは祭りのやしろだろうか。都市エリツヘレムのものと特徴が似ているが、その大きさは比べ物にならなかった。雄大さと壮大さ、まさに王都を象徴するかのような風貌だった。

 どの顔も活気に満ち溢れている。売り手は少しでも多くの品物を売りつくそうと、買い手は少しでも質のいいものを安く買おうと声を張り上げ、交渉し、見定めている。

 ピスカは一つの店の前で足を止めた。そこにはぶどうを干して押し固めた菓子が壺の中に入っていた。店主が声を掛ける。

「お嬢さん。お目が高い! うちのぶどうはこの辺りじゃ一番美味しいよ! 乾燥してても口の中に入れた瞬間甘みが広がるよ!」

 前に乗り出し壺をピスカに傾ける。ピスカは生唾を呑んだ。そして下唇をわずかに噛んだあと、腰帯から金銭の入った小袋を取り出した。その中から銀一シェケルを取り出した。

「これで買えますか?」

 店主が銀貨を受け取り、目を細めて観察した。ピスカは背筋をピンと伸ばし自分の服を強く握った。

「ああ、これなら干しぶどう五つ持っていっていいよ」

 店主が微笑んだ。ピスカは息を吐き出し、張っていた肩の力を抜いた。

「ほら、好きなの取りな」

 差し出された壺の中を覗き込むと、自然と頬が緩んだ。下を覗こうと顔の向きを色々と変えてみるが、隙間なく詰め込まれているので奥にまで視線が届かない。

「一番大きいのは――」

 ピスカはそう呟いて五つの干しぶどうを手に取った。

 店主はそれじゃあ、と言ってぶどうの若草をちぎりピスカに差し出した。

「そのままだと手汚れちまうだろ。これで包んで持ってきな」

 ピスカの表情がみるみる明るくなり、「はい」と大きな声で返事をしてそれを受け取った。干しぶどうを若草でくるみ、それを両手で胸の辺りに抱えた。

「ありがとうございました」

 と、ピスカは深くお辞儀をし、その場を離れた。少し歩いたところで振り返り、もう一度頭を深く下げる。

 ピスカはその後、皮袋に入れられていた乳を買い、広場で腰を下ろしてそれを食べた。隣で座るユイルに干しぶどうを一つ渡す。と、顔につけられた傷にピスカの視線は固まった。そっと細い腕を伸ばし、それに触れ、指で線をなぞった。

「やっぱり、なくなってる――」

 ピスカはそう嘆息した。自分の掌を眺め、もう一度深い吐息をはいた。自分の魔力を感じられなくなったのはいつからだっただろうか。

「それにしても」ピスカは辺りを見回した。「こんなに賑やかで人が多いなんて、聞いてはいたけど、わたしたちの街とは全然違うわね」溜息混じりにそう言った。

 その時、一人の老婆と視線があった。老婆はすぐに顔を背けたが、歩みはピスカの方に向かっている。そしてやや距離を置いて老婆は立ち止まった。独り言のように言葉を吐く。

「もしかしてあなたは都市エリツヘレムの祭司様ですか?」

 強張った口調。ピスカは視線を向けずにこたえた。

「はい、そうです」

 ああ、と言って老婆は両手で顔を覆った。肩が震え、押し殺したような声を漏らしている。

「なにかわたしに御用ですか?」

 老婆は手を離して言った。

「祭司様にこのような場所でお会いになれるとは、やはり神のお導きなのかもしれません」

「何があったのですか?」

 ピスカはわずかに視線をずらしてそう訊ねた。

「娘が疫病にかかったのです。全身に水ぶくれを伴った腫れ物ができました。医術をつかう者のところに行っても治らず、様々な薬も使いましたが一向によくなる気配がありません。いえ、それどころか」老婆は頭を左右に振って話を続けた。「娘の体力はなくなっています。もう水を飲むことも出来ず、喋ることも出来ません。ああ、でも本当に良かった。祭司様のお力を借りればきっと娘は助かります」

 老婆は手の指を組み合わせ、瞼を閉じた。ピスカはわずかに俯いて唇を噛み締めた。干しぶどうを包み、立ち上がった。

「申し訳ありませんが、わたしにはどうすることも出来ません」

 かるく頭を下げ、そこから立ち去ろうとした。が、外套の裾を老婆が掴んだ。

「お待ちください!」

 老婆は平伏して、頭を地面に擦りつけた。

「どうか、どうかお願いいたします。王都カエサリウムとは今でこそ土地を離れて暮らしていますが、元は一つの民族だったではございませんか。どうか、私たちを見捨てないで下さい。幾許か前から王都に住み着いた祭司にも求めました。しかしあの人は私たちに微塵も興味を持って下さらなかった。もう他に頼れる者はいないのです」

 すすり泣くような声。周囲にいた人々の視線が集まる。ピスカの瞳が儚げに揺れた。そして顔を伏せ、「ごめんなさい」と言った。

 老婆は頭を上げ、しわくちゃに歪んだ顔でなおも懇願する。

「なぜですか? 私たちを恨んでいるのですか? それでも、他者に憐れみを示すのがレイビ族の教えではなかったのですか?」

 ピスカは手を握り締め、振り絞るような声で言った。

「そうではありません……そうではないのです……ただ――」悲愴な表情を向ける。「わたしにはもう……その力がないのです。失われてしまった」

 そう言うとピスカは踵を返し、早足で歩いた。背後から老婆の声が追いかけるが、振り返ることはなかった。自分の無力さを痛感し、心の中を罪悪感が支配した。

 老婆の声が完全に聞こえなくなったとき、ピスカはあることに気づいて足を止めた。身を翻し、急いで戻ろうとした――が、

「ユイル、あなたどうして?」

 目的のものが隣にいることに気づき、体の動きを止めた。

「だってわたし……さっきなにも命令せずに……」

 ピスカは目を見開いて、一歩後ろに下がった。

「自分で、付いてきたの?」

 ユイルは首肯する。

「そんな、まさか――」

 石畳に躓き尻餅をついた。と、ピスカが腰帯に挟んでいた木材が地面を転がった。回転を繰り返し、それが誰かの足にあたる。腕が伸びそれを拾い上げた。

 黒っぽい皮の靴。ゆったりとした灰色の股引き。同じく灰色の襯衣。適当な結び目の腰帯。少し日焼けした肌。黒色の髪。それを掻き上げるように額にまかれた布。頬に汚れのついた青年は木材を拾って眺めた。少し眉をひそめてピスカに訊ねる。

「これはあんたのかい?」

 ピスカはへたり込んだまま小さな顎を頷かせた。青年は怪訝そうな顔で見下ろす。

「どっから来たんだ?」

 と、青年は木材を手で弄びながら訊ねた。

「都市エルエリツヘレム」

「なるほどね。そいつはわざわざご苦労なこったな」

 青年はそう言うと手を差し出した。ピスカは一瞥すると、その手を掴まずに起き上がった。衣服についた砂を払い、青年に言った。

「それ、返してくれる?」

 青年は鼻先で笑って木材をピスカに投げた。

「あんたそんなもん持ってどうしたんだ? もしかしてそれ作ったやつ探してんのか?」

 青年は嫌らしい口調でそう訊いた。

「べつにあなたには関係ないでしょ?」

 と、その時遠くから声がした。

「おい、さっさと造っちまうぞ!」

 青年は、おう、と肩越しに返事をした。

 声のした方を見ると、そこには祭りのものと思われる木々で造られたやしろが組み立てられていた。

 ピスカは外套の裾を翻し、体の向きを変える。その後にユイルが続く。足音をたてながらピスカは木材を見た。手掛かりとなるであろう数字の列。おそらく製造の際につけられたものだろう。

「工場とか、製造者を意味してるのかしら? それとも場所を示してる?」

 ピスカは小首をかしげた。隣にいるユイルに顔を向ける。

「ねえ、もしかしてユイル、わたしの言ってること理解してるの?」

 ピスカは少し身を屈めながら遠慮がちにそう言った。ユイルはピスカの瞳を見据え、頷いた。

「そうなの? ほんとなの?」早口で言葉を吐き出す。「ならわたしのこともわかる? もしかして、わたしが感じなくなった魔力はあなたの中に――?」ピスカはユイルの肩を掴み、揺すった。

 ユイルは首を傾けた。

「そう」ピスカの吐息が漏れる。肩から手を離し、空にかざして眺める。「ユイルをつくった時から、何でか分からないけどなくなっちゃったんだ……力が」

 先程の老婆の姿が頭を過ぎり。胸に痛みがはしる。

「とにかく、今は早くこいつを造ったやつを探さなきゃ」

 ピスカは視線をめぐらせた。

 王都カエサリウム。丘の上につくられた都市なので、なだらかな斜面の上に邸宅が建ち並んでいる。石ではない他の材を塗ってつくられた壁。その壁には大きな開口部があり、木の格子の間からは人影が見える。屋上には欄干。それにもたれるように談笑している人の姿。また家の前には水源の確保のためだろう、水溜めが造られている。家ごとに独自の貯水池を持ったため、水溜めで蜂の巣状になった地形が出来ていた。

 丘の下部にいくにつれて徐々に建物の形状も変わってくる。

「大型玩具は家の広さでは造れない……なら――」

 ピスカは首をよじって大通りから伸びる路地に目を向けた。くすんだ色をした小さな箱のような造りで、家々は狭い路地に軒を連ねている。

 ピスカは足を向けた。狭い通路だが、人の多さは市とほとんど変わらなかった。いろいろな音や匂いが立ち篭める。しかしそれは先程とは違う活気、他人ではなく家族に対する料理の音や笑い声だった。

 ピスカは木材片手に製造者、大工と思われる人を探す。時には密集する質素な建物群の中庭から視線をめぐらし、時には家の窓から中をのぞき込んだ。

 怪訝そうな眼差しや、「なにしてんだ?」という質問には一切答えず、ピスカは探索を続けた。

 けれど、食卓や腰掛けなどをつくっている大工や、建物に梁や扉などをつけている大工はいても、玩具をつくっている者は見つけることが出来ない。

 ピスカの視線は忙しなく動いた。とその時、ある場所で瞳の動きが止まった。

「あれは――」

 小走りで駆け出し、その前に立った。

「これって、大祭司様のと同じ――」

 目の前の家には、大祭司の家である証の象牙や金をはめ込まれた飾りと良く似たものが戸口に掛けられていた。懐かしさで胸に込み上げてくるものがある。ピスカは扉に手を伸ばした。が、途中で止め、かぶりを振った。

「なに喜んでるのよ、わたしは……」

 自分の心を咎め、頬を両手で叩き、体の向きを変えてピスカはその場から離れた。

 木材の表皮が汗で滲んでも、空が紅くなり日没が近いことを告げても、ピスカは手掛かり一つ見つけることが出来無かった。足が鈍り、体に疲れが溜まっていく。喧騒も今は落ち着き、皆それぞれの家へと戻ったようだ。家々から漏れる明かり、笑い声はさらにピスカの足取りを重くした。

「今日は、ここまでね」

 吐息を漏らし、視線を広場に向ける。依り集まっていた人々、遊技に興じる子どもたち、食を探し働きたいと文字を書いた木材を持って立っていた人、そのすべてが既にそこにはなく、残されたのは静けさと石畳を照らす赤い太陽の光だけだった。

 路地から広場へ続く道。つと立ち止まった。視線の先には古ぼけた建物。壁は劣化し、所々レンガの間に隙間ができている。規模もそこまで大きくはない。どう考えても玩具を製造するのには適していない環境。

「一応、調べようかしら」

 ピスカは足を向けた。壁に寄り、隙間から瞳を覗かせる。外観から想像出来る通り内装もみすぼらしかった。机は脚の長さがばらばら。棚も木が腐っているのか傾いていた。調度品は少なく、そして見る限り、なんとか形を保っているといった感じのものばかりだ。

「王都の人間の住居とは思えないわね」

 もしかしたら空き家だろうか。ピスカは戸口に周り扉を叩いた。反応を待つが人の気配はない。取っ手に手を掛ける。一度離し、掌を確認した。

「埃はついてないみたいね」

 周りに視線を巡らせる。誰もピスカたちに注目はしていない。

 少しでも情報が欲しい。中に人がいないなら王都のことを調べられるかもしれない。

 ピスカは息を飲み、そっと扉を開けた。中から埃くさい空気が流れてくる。思わず手で口許を覆い、足を踏み入れた。地面に敷き詰められた石。戸口付近には埃も少なかった。

「生活……しているのかしら」

 ピスカはいくつか書物が並んでいる棚に向かった。と足元から埃が舞う。思わずむせて、咳き込んだ。塵が浮遊して視界を曇らせる。埃を手で掻き分けながらピスカは冊子を手に取った。表紙についた埃を払う。そこにはディヴレーという文字が書かれていた。

「歴史書か」

 最初の紙をめくった。

「巻物じゃなくて、こうやって書をつくっているのね」

 ピスカは感心した。確かにこうすれば両面使えるし場所も取らない。やはり王都カエサリウムでは文明の進みが違うのだろう。文字を目で追った。

「『我々の歴史は征服により進んでゆく。剣を取り立ち上がれ。進む先にこそ栄光は存在する』」

 紙を捲る。

「『征服と共に発展してきた玩具。王都カエサリウムが生まれた時からともにあった存在。それはいまや画期的に進歩し、軍事的、また建築的、商業的、それに祭りにも欠かせない存在となった』か、肝心のどこで造ってるかとかは書いてないのかしら」

 視線を次々に違う用紙へと移すが、ピスカが欲しい情報はどこにも載っていなかった。溜息をついて書物を戻す。残された書物にも目を通すが、どこにも有力な情報はなさそうだった。

「書籍に載ってたら苦労しないわね」

 自嘲気味にそう言ってピスカは踵を返した。ユイルは黙ってあとに続く。

 とその時踏みしめる感触に違和感を覚えた。足をとめ、下を向く。

「なにかしら、これ」

 靴の下にあるのは木の板だった。足踏みをしてみる。なにやら空洞が続く音がした。

「穴でも埋めているのかしら」

 そう呟いて、ピスカはたいして気にせずに足を進めた。出口から外に出る。

 赤く染まっていく街。眩しさはなかったが、ピスカは顔をしかめた。視線の先には一人の男。継ぎ接ぎだらけの衣服。汚れが染み付いた髪と皮膚。男は広場を歩き回り物乞いをしていた。不快な顔をしながらも僅かな銅貨を落としていく人々。

 男がピスカに近寄った。

「少しでいいから恵んでくだせぇ」

 差し出された器。それを一瞥してピスカは言った。

「他人なんかに頼ってないで、自分の力でなんとかしなさいよ!」

 怒鳴り声に歩いていた人が何人か振り返った。

 神経を掻き毟るような苛立がピスカの心を支配した。

 広場まで歩き、周りにある公共の建物の中から宿屋を見つけ、その門をピスカとユイルはくぐった。

 四方を壁に囲まれた空間。壁に沿って一段高くなった所には部屋がいくつかあり、内側の中庭から入れるようになっている。中心には井戸、そして旅行者のものと思われる馬が地に固定されている木材に繋がれていた。

 ピスカは宿屋の主人の元に行き、一泊することを告げた。幾らかの金銭と毛布、それに菓子パンを交換する。そして主人が指差した部屋にピスカは向かった。

 木材の扉を開けて中に入る。

 大きな溜息。それに伴って乱れた感情も吐き出された。力が抜ける。

 家具もなく、必要最低限のものしか置かれていない部屋。寝具は二組。その間に小ぶりの台。ピスカは体を寝台の上に投げ出した。

「疲れたぁ……」

 思わず漏れる言葉。久しぶりのちゃんとした寝床。目を閉じるとすぐにでも眠ってしまいそうだ。俯せた体をよじってユイルを見据えた。

「ねえユイル、疲れた?」

 ユイルはかぶりを振った。白い髪が頬を撫でる。

「そっか……そうよね」

 ピスカは靴を脱ぎ、華奢な体を上掛けの下に潜りこませた。体をもぞもぞと動かし、外套を脱ぎながら丁度いい位置に体をおさめる。寝台が軋む音をたてた。毛布を一枚取り、それを上に掛ける。

「これユイルのだからね」

 残りの一枚を視線で示した。ユイルは頷くとそれを持って空いている方の寝床に体を向けた。そこにゆっくりと腰掛け、靴を脱ぎ、上掛けを捲り、体を倒し、仰向けになって寝れる状態になった。

 ピスカは毛布からわずかに顔を覗かせて、口許を隠しながらユイルに言った。

「明日こそ見つけるからね。わたし頑張るからね? 絶対に探し当てて、それで必ず――」

 殺してやるんだ。

 狭い空間の中にピスカの声だけが振動した。

 太陽に代わって月が光を注ぐ。それは穏やかで、優しく、体躯を包みこむような輝き。開口部から差し込む光が伸び、ピスカの口許を照らす。

 風が通る音にピスカの寝息が重なった。

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