11-②【Past】




 イーリスが逃げた事によって、今夜の【戦い】は勝者なしで終わってしまった。このまま夢も覚めるだろうと思っていた読人だったが、後編はこれで終わらなかったのである。

 次のページが開かれると、夜が明けていた。蔵人たちが住むフラットに訪問者が来た場面で、次のエピソードが始まったのだ。


「Mr. クロード・クロモジは、いらっしゃいますか?」

「……あ、はい」

「私は、アルフレート・ガーベラ。主であるイーリス様の命によって、貴方がたをお迎えにあがりました」


 フラットのドアを開けた龍生によって来訪者の存在を知らされると、一般人である光孝を含めた3人は固めの英語を話す体格の良い執事服の男――ガーベラが運転するリムジンによって、イーリスが待つと言う場所へ連れて行かれたのである。

 しかも、リムジンに乗っていたのは彼らだけではなかったのだ。


「紫乃さんもイーリス嬢にご招待を受けたのですか?」

「……ええ。どうやって調べたのか、私の住むアパルトメントまで訪ねて来ましたの」

「怖っ!」


 いつものボーラーハットを被った紫乃までもが、イーリスに招待されていたのだ。

 昨夜の【戦い】の現場にいた人間を集めて、彼女は一体どうしようと言うのか?ハンドルを握るガーベラに訳を尋ねてみても、彼は頑なに口を閉ざしたままだった。


「そう言えば紫乃さん、昨日、あのめんこい女の子の名前を知っていたみたいでしたけど。知り合いですか?」

「彼女本人は存じ上げませんが、“アーベンシュタイン”の名は覚えがあります……西ドイツが名門・アーベンシュタイン家。何世代にも渡り、不老不死を求めて【戦い】に参戦し続けた【読み手】の家系です」

「【読み手】の家系?」

「アーベンシュタイン家は不老不死を求めた神聖ローマ皇帝の命を受け、50年に一度の【戦い】に参加した騎士を祖とする家系と聞いています。以来、国のトップが変わる度に参戦し続けているそうです。かつての【戦い】に参戦した琴原の先祖とも、一戦交えたとか」

「へえ、わしの家みたいだな」

「ですが、ここ二世紀ほどは姿を見かけなくなっているそうです。戦争や国内のいざこざによる疲弊もそうですが、アーベンシュタイン家の人間が【本】に選ばれなくなったとも聞いています」


 つまり彼女、久方ぶりのアーベンシュタイン家の【読み手】であるイーリスは【読み手】のサラブレットとも言える存在なのだろう。不老不死を手に入れるための【戦い】によって成立し、何世代もの【読み手】によって紡がれ【本】を伝え続けた家系なのだ。

 紫乃の話を聞いた龍生は感心したような顔をして、光孝はさっきまでの怯えた表情がどこへ行ったのか、目にはキラキラとした光が出現し始めた。

 4人を乗せたリムジンは無口な運転手によってウエストミンスター大聖堂の前を通り過ぎ、バッキンガム宮殿へと走らせる。読人の目には、ガイドマップで見るような代表的なイギリスの街並みが広がっていた。


「あれ、もしかして……ベルグレイヴィア地区へ向かっていませんか?」

「ベルグレイヴィア?」

「頭に“超”が付く高級住宅街ですよ。住宅価格は世界一とも言われています」

「まさか、あの子……相当なお嬢様だったんじゃ?」


 フロントガラスに映るガーベラが微かに頷いた気がした。しかも、なんとなくドヤ顔に見える。

 ホワイトスタッコのアパートや石造りの教会、各国の大使館が並ぶ地区へと入ると、あちらこちらにはこのリムジンに負けず劣らずの高級車が走っている。しかも、道を歩く人々はこの時代のイギリスの不況知らずと言う顔をした、身形の良い紳士淑女ばかりだ。ヒエラルキー頂点の者しか住む事のできない地区に平然と入ってしまった事に気付いたのは、龍生と光孝の顔に緊張の色が出始めた。そりゃ緊張するだろう、明らかに庶民は場違いなのだ。

 その緊張が程よく高まったタイミングで、リムジンは超高級住宅地にある屋敷へと到着した。物凄い大豪邸……と言う訳ではなく、軽井沢辺りにある別荘と言う感じの屋敷だったが門が開いた先の庭園は見事な敷地面積だった。リムジンの窓から見えるだけでも、ちょっとした公園ぐらいの広さがある。

 一行だけではなく、視ている読人までもが緊張して来た時にリムジンは屋敷の前で停車すると、出迎えてくれたのはギンガムチェックの可愛らしいワンピースを着たイーリスが出迎えたのだ。


「Guten Tag. ようこそ、いらっしゃいました」

「こんにちは、イーリス嬢。お招きありがとうございます。急なものでしたから、手土産も何も持たず申し訳ありません」

「いいえ、お気になさらず。アルフレート、お茶とトルテの準備を」

「Ja」


 丸襟の青いギンガムチェックのワンピースに、赤のベルベッド生地のリボンでブロンドを結ったイーリスの姿に呆気に取られている。昨夜とは別人のような淑女然とした彼女と、狼さえも狩ってしまいそうなハサミを片手にした姿とのギャップに戸惑っているのだろう。

 ドイツの老舗紅茶ブランド・ロンネフェルトの紅茶と、チョコレートとピスタチオのトルテが振る舞われたが、龍生と光孝は緊張と戸惑いからか勧められても手を付けられていない。紫乃も手を付けていなかったが、彼女の場合は何か薬でも盛られるかと警戒しているようだった。一方、蔵人は……戸惑いも警戒も何も感じずに、振る舞われた紅茶を楽しんでいたのだ。


「フッチェンロイターのカップですね。綺麗なアイリスです」

「それは良かった。わたくしのお気に入りのカップですの」

「……それで、私たちを招待したのは何かの目的があっての事でしょうか?」

「紫乃さん」

「昨日の今日です。それに、私の知人も彼女に敗れています。この場で【戦い】を始めるならば、お相手して差し上げてもよろしいですよ。ですが、何で私まで呼ばれたのでしょうか?」


 紫乃の手はずっと自分の横に置いたショルダーバッグに添われていた。その中には、彼女の『源氏物語』の【本】が入っているのだろう……ガーベラの迎えが来たその時から、警戒し続けていたのだ。

 凛々しい眼差しに闘志が宿る。その視線を浴びせられたイーリスだったが、何事もないようにゆっくりを紅茶を飲みトルテを一口食べてと優雅なティータイムを過ごしていたが、カップをソーサーに置くと真っ直ぐに4人に視線を向けた。


「同じ日本人だったので、お仲間かと思いました」

「違います。むしろ相容れない存在だと認識しています」

「酷いなぁ、紫乃さん」

「貴殿たちをお呼びしたのは、ただお茶会に招待した訳ではありません。クロード・クロモジ」

「はい」

「貴殿……貴方に言いたい事がありまして、今日はお呼びしました」

「はあ……」


 左手を首にそえて首を傾げる蔵人に対し、イーリスはキっと眉尻を上げて昨夜と同じ眼差しで蔵人を睨み付ける。まさか、昨夜の【戦い】で何か失礼な事でも失言でもしてしまったのか……そう言えば、結構色々隠さないで毒を吐いていたような気がする。言葉は多少のオブラートや八つ橋に包むのが日本人の美徳とは言うが、蔵人にそれは当て嵌まらないのはこの頃からのようだ。


「昨日、貴方はわたくしの事を「【本】に囚われている」と言いましたね」

「そう言えばそんな事も……」

「言ってましたよ」

「言ってたな」

「失言でしたら、謝ります」

「……わたくしたち、アーベンシュタイン家は【戦い】のために成り立った一族です」

「紫乃さんからお聞きしました。近年では、【読み手】が排出されないため【戦い】に参加できていないとか」

「ええ。アーベンシュタインの人間が【戦い】に参加できずにいた空白の期間で、貴族の称号を得て事業を成功させ、政財界や軍部でも名の知れた家系となりました。親戚筋の中には、もう【本】の事など忘れて、【戦い】などどうでも良いと思っている者たちが数多います。今回も、わたくしが【読み手】になったと知らせても、難色を示す者ばかりでした。もう、わたくしたちが仕える皇帝も指導者もいない、【本】に囚われてはいけない。【戦い】に自身の存在意義を、アイデンティティを求めるな、過去を追わずに未来を見据えなさいとも言われましたわ。もう、メルヘンの時代ではないと。しかし、わたくしたちは勝っていないのです!」


 一際大きく、凛々しく、険しい声がクリスタルのシャンデリアの下がった客間に響いた。

 主君に不老不死を捧げるために生まれた一族……それが、アーベンシュタイン家。しかし、先の大戦の復興と近代化が進む中で、二世紀ほど【戦い】から遠ざかっていた中で一族の者たちにも変化が起きてしまったのだろう。その者たちから見れば、イーリスは自身の存在意義を一族の成り立ちに同調させた、思春期の承認欲求にも見えたのかもしれない。

 選ばれた者を非日常へと誘う【本】は、最早傍迷惑な存在でしかなくなっていたのだ。

 だけど、イーリスは言った。まだ、勝っていないと。


「長い歴史のあるアーベンシュタイン家ですが、何度も【戦い】に参加しても一度として『竹取物語』を、勝利と不老不死を手にした事はないのです。主君に捧げる勝利を一度も手にせず、敗北を重ね続けたまま【戦い】から身を引くなど、できるはずがありません! 不老不死は興味がありません……わたくしは、一族の、アーベンシュタインの誇りのためにこの【戦い】に参加したのです」

「……」

「【本】に囚われていると言う発言を、撤回しなさい。クロード」


 望むのは先祖たちが得られなかった勝利。突き動かす理由は一族の誇り……敗者のまま歴史に埋没されるのを許さなかった少女は、『赤ずきん』と共に【戦い】主戦場であるイギリスへわたって来たのだ。

 イーリスの瞳に強い意志が宿っているのは夢越しで過去を視ている読人にも伝わった。同じく、強い意志が宿った瞳を持つ紫乃とは違う、若さとプライドに突き動かされた情熱的な瞳だ。その眼光は、可愛らしいギンガムチェックのワンピースが似合わない。今の彼女に似合うのは、軍服に見える仕立てがされた深緑色のジャケットとあの赤いキャスケット帽だ。

 興奮からか、ソファーから立ち上がったイーリスに対し蔵人は少しの沈黙を置いた後、彼女へ向けて深々と頭を下げたのだった。


「申し訳ありませんでした、イーリスさん」

「っ、撤回なさるのなら、それで良いです」

「お許し頂き、どうもありがとうございます」

「ですが、わたくしたちは『竹取物語』を取り合う敵同士なのです! 今日は見逃しますので、どうぞ……ランチも、食べて行きなさいな。アルフレート!」

「Ja」


 まさか、蔵人がこんな簡単に頭を下げて謝罪するとは思っていなかったようである。ちょっと呆気に取られて少し顔を赤くしたイーリスは、自分だけがヒートアップした事を恥じているようにも見えた。

 そして、どうやらこのまま優雅なティータイムと、豪華なランチにあり付けるようである。殺伐とした雰囲気が和らいで蔵人以外の面々はやっと紅茶やトルテを手に取ったのだ。


「どうも、いただきます。そうだ、昨日は色々とどうもすいません。イーリスさん、お強いですね」

「そうですよね!『赤ずきん』の【本】からあんな風に想像するなんて、凄いですよ!」

「ところで……貴女、おいくつ? まだ学生ではありませんか?」

「春に14になります」

「……14っ?!」×4


 紫乃の素朴な疑問にとんでもない答えが返って来て、思わず読人も声を揃えそうになってしまった。春で14歳、つまり今は13歳と言う事である。

 見えない……欧米人は日本人よりも大人びて見えると言うが、イーリス読人や驚いている4人の目から見ても日本の高校生ぐらいにしか見えないのだ。それがまさかの13歳。日本で言えば、中学生の年齢ではないか。


「13……歳? まさか、この子に伊調さんは」

「外国の子は大人っぽいんだな」

「まさかの、年下……」

「……スイマセン、お茶のお代わりを頂けますか?」


 驚愕の真実(?)が明らかになり、過去の記憶に新たな登場人物を加えて、前後編から成る赤いキャップの切り裂き魔の夢はこの場面で覚めてしまった。

 50年経った現在、紫乃以外の彼らは一体どうしているのかと言う疑問を、寝起きの読人に浮かばせながら。






To Be Continued……


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