12 みにくいアヒルの子
12-①
残されたカードの内、どちらを選ぶかが運命の分かれ目だ。
格子模様の背に隠された数字は幸運の証、それを手に入れた者が勝者となる……迷う掌が左右に動き、それに合わせて敵対する者の顔が歪んだ。悪魔は彼の手中にある。悪魔をこちら側に送り込まれてしまったら、相手に反撃のチャンスを与えてしまう。
あまりにも長く感じた短い攻防戦を経て、伸びた手が一枚のカードを選ぶと敵の表情が強張った。開いたカードはダイヤの7……そして、彼の手元にあるカードはスペードの7だった。
「勝った!」
「負けたあぁぁぁ!!」
「読人ババ抜き弱すぎだろ!」
「この間から負けっ放しじゃねぇか」
「だから言っただろ、ババ抜きの時だけでも前髪を下ろせって」
「う~~!」
読人の手には、悪魔を模したジョーカーが残ってしまい見事にババ抜き連敗記録を更新してしまったのだった。
期末テストを終えた2月下旬、都立暦野北高等学校1年C組――読人のクラスでは、何故かババ抜きが流行っていた。他のクラスでは、昼休みに人が集まってアプリゲームの協力プレイ等をしている中で、何故ポピュラーなトランプゲームが流行ってしまったのか。その理由は、ジョーカーを片手に机へと突っ伏した読人にある。
今まで短く切っても直ぐに伸びて来る前髪を放置していた彼は、所謂メカクレキャラとしてクラスで定着していた。それが1か月ほど前からヘアピンで前髪を上げるようになり、今まで隠れていた顔がはっきり見えるようになると、読人が随分と表情豊かな人間であることがクラスメイトに知れ渡ったのだ。
と言うより、読人は顔に出やすい。
良いことや嬉しいことがあれば明るく綻び、その反対のことが起きると焦り慄き、目が泳ぐetc……と、素直に顔が変化しているのだ。
特にババ抜きをすれば非常に面白かった。トランプを見ずに読人の顔を観察していれば、掴んだカードがジョーカーかどうか直ぐ解るので必然的に連敗が重なっていったのである。
そろそろこのクラスも終わってしまう2月の下旬に来て、クラス内の読人の総評が決定した。こいつとババ抜きするとスッゲー面白い、である。小学校からの仲である正美にしてみれば、凄く今更感があるけれど。
「まだ時間あるし、もう一回やろーぜ」
「次は前髪下ろす!」
「よーし、今度は勝てよ!」
「おーい、順位が貼り出されてるぞ~!」
「マジか? 見に行こう」
昼休み終了15分前と言うところで、教員の手により学年ごとの掲示板に先日の期末試験の順位が貼り出されていた。
暦野北高校は地域に根付く伝統校と言うポジションだったが、今年から進学校へとジョブチェンジをし始めた。
どうやら、読人たちが入学して来る前の複数名の生徒が有名国立大の医学部に合格してしまい、それに味を占めてこれからは高偏差値の大学への進学を目標にするとか何とかと指標を出してしまったのである。この学校、一度調子に乗ると際限なく乗り続けるため強力なブレーキがないと極端に突っ走ってしまう。
具体的な例で言うと、正美の所属する柔道部だ。3年前に何の弾みかインターハイに初出場してしまい、そのまま勝ち進んでベスト16にまで上り詰めてしまったのが当時の部員たちだった。それからと言うもの、外部から有段者のコーチを呼んで設備を整えて、遠方からのスポーツ推薦枠まで作ってしまい常勝の強豪校化へまっしぐら。柔道部ばかり贔屓しすぎだと、他の部活や保護者からクレームが来るほどだったと言う。
そして、学業面では調子に乗っている最中だ。今までは期末・中間試験の順位を貼り出すなんて行為はしなかったのに、現在では学年上位20名の順位と名前、点数を貼り出している。生徒のモチベーションの向上と言う理由らしい。公開されてしまった方は、人によっては酷く迷惑に感じる行為である。
そんな学年上位20名が貼り出されたと聞いて、読人や正美を始めとしたC組の男子何名かが掲示板に向かった。
別に彼らの中の誰かが上位に食い込んでいるという訳ではない、学年1位の名前を確かめに行ったのだ。
実は、今年度の1年生において学年1位及び2位に変動が起きていない。3位以下は毎回入れ替わるのに、1位と2位は2人の生徒が不動の地位としているのだ。
先日の期末試験で1学年における試験は全て終了し、最後まで彼らの順位は入れ替わることがないのかどうかを確かめに、読人たちだけではなく他の生徒たちも掲示板を除きにやって来ていた。
A3サイズの用紙に印刷された一覧の、1位の隣には見覚えのある名前があった。そこには、冬休み明けに行われたテスト(読人は忌引きで受けていない)の時と同じ、「浜名洸輔」の名前があったのだ。
「スゲーな浜名、1年間ずっと1位じゃん!」
「うわー……部活の奴らと賭けてたのに。たい焼き奢らないと」
「十五科目の合計点が1,462点、って……」
「本当にスゲーな。此処まで来ると、どこを減点されたのか気になるレベルだ」
「絶対に何教科か100点取っているよな。あいつマジ超人だよ」
高校入学直後に行われた確認テスト以降、読人たちの学年では1年A組の男子生徒がトップを爆走し続けていた。
年間1位の地位を保っただけではなく、入試の点数も1位だったらしい。しかもサッカー部に所属し、1年生ながらスタメンに選ばれてグラウンドを駆け回っている。ついでに、とても背が高いという訳ではない細身であるが、顔は男前という部類に入るイケメンだ……女子生徒の注目を集め、試験期間中だったと言うのにバレンタインデーで相当な数をもらっていたと言う噂が立っている。
これで性格に難があったなら嫌味の一つでも飛んで来るだろうが、浜名は物静かで職人気質に近い性格のため、男子に僻みの視線を飛ばされることはないのである。
「凄いな浜名君。漫画とか小説の主人公みたい」
「こんなに勉強できるのに、あいつ大学受験しないんだろ? 実家の洋食屋を継ぐために、専門学校に行きたいって」
「聞いた聞いた。小杉がなんとかして受験させようとしているって」
「『ハマナス』だよな、あいつの家って」
「そうだよ。あそこのオニオングラタンスープ、美味いよな」
「あ、戸田さん18位だって」
「本当だ。頭良いんだな~」
一覧の下の方に、先日一緒にパンケーキを食べに行った夏月の友人・戸田茜の名前を見付けた。合計点を見ると読人や正美よりもずっと高く、素直に感心する。
ちなみに今回の期末試験において、読人は167人中77位と言うめでたい順位を取った。少し上がった。文系はかなりの点数が採れる読人だったが、理数系が壊滅的のために成績は中の上である。心配要素であった物理は、何とか平均点は採れたがそもそも平均点が著しく低かった。
そして、正美は88位だった。これまためでたいが、親に色々と小言を言われたらしい。
上位20名の名前を見に来た生徒たちは、大体が「浜名スゲー」と言う感想を抱いて掲示板を離れて、読人たちもクラスに戻ろうとしたのだが、その時に1人の男子生徒をすれ違った。レンズの大きな黒縁眼鏡に、所謂マッシュルームカットをした色白の生徒には見覚えがある。あの上位20名の中にも名前があった。
「朝霞じゃん、今回も浜名に勝てなかったな」
「それに、今回は3位とそんなに差がなかったよな。2年になったら3位に転落するんじゃね?」
「やめろよ、本人がいるところで」
正美に諌められて軽く謝ったクラスメイトだったが、掲示板前にいた彼には聞こえてしまったらしい。黒縁眼鏡と切り揃えられた前髪に隠れて表情は見えなかったが、拳を握りしめて悔しそうに口を歪め……早足にその場からいなくなってしまう。
彼は1年A組の
一学期の段階では浜名とあまり差がなかったはずなのに。1年最後の試験でその差が決定的になってしまっただけではなく、他の生徒たちにもこう感じただろう。朝霞が浜名に勝つことはない、と。
「朝霞って、23区の進学校に落ちたからうちに来たって話だろ。国立大付属とか狙ってたって」
「浜名に勝とうと躍起になって、何時間も勉強しているみたいだけど、結局1年勝てなかったか」
「2位でも十分凄いのに」
読人のその呟きは、昼休みの終了を告げる鐘の音によってかき消されてしまった。
***
朝霞賢哉は浜名洸輔に勝つことはできない。
一学年最後に試験の上位20名が公開されたことにより、殆どの生徒がそう思っただろう……否、きっとそうだ。
みんな、朝霞は永遠に1位にはなれないと認識してしまったはずだ。朝霞本人の頭の中では、浜名洸輔>朝霞賢哉と言う式が出来上がってしまった。
「何でまた2位なの!? 何であんな都立高校で学年1位が取れないのよ! 勉強しなかったの?! 頑張らなかったの」
「し、したよ。予備校にもあんなに、通って夜遅くまで……」
「いくら時間をかけても身になっていないんでしょ! こんな成績で大学受験はどうするつもり……? ただでさえ高校受験に失敗して、遅れを取っているのよ!! もっと頑張りなさい!」
学校を終えた後に予備校に行き、夜の10時に帰って来た朝霞を出迎えたのはキンキンと甲高い金切り声を上げた母親だった。手には学校から送付された期末試験の結果表がある。朝霞賢哉、2位と言う結果が母親にも知られてしまったのだ。
「良いわね、たくさん頑張って絶対に帝国大に入るのよ! お母さんの家もお父さんの家も、みんな帝国大を出ているの。お兄ちゃんだってそうでしょう、帝国大を優秀な成績で卒業できたからフィリックス・フランネルみたいな世界的企業に就職できたの。分かっている?」
「分かっている、よ」
「なら、もっともっと頑張って勉強しなさい! あんたは呑み込みが悪いんだから、もっと努力して頑張らなきゃ駄目なのよ。ママは、賢哉に期待しているの……ママもパパも応援しているから、頑張りなさい。たくさん頑張れば選択肢がたくさん広がるのよ。賢哉が進みたい進路への近道は、勉強を頑張って帝国大へ入学することなのよ」
「……はい」
七回……今夜、母が彼に向かって「頑張れ」と言った回数だ。
朝霞は自室に戻ると、着替えをする暇もなく机に向かって予備校でやった内容の復習を始めた。が、全く頭に入っては来ない。
母がヒステリックに喚き散らして、何度も何度も「頑張れ」と言われた後はいつもこうだ。やらなければならないと頭の中では理解しているはずなのに、意識は全然集中できずにもやもやしてしまう。
こんなに頑張っているのに、これ以上どうやって頑張れば良いのだろうか。
朝霞賢哉――彼の家庭は、財閥銀行に勤める父親に教育ママの母親。そして、有名な国立大学を卒業し世界的な有名企業の日本支社に就職した兄がいる。
常に世界の技術の最前線に立つフィリックス・フランネルの名前ならば、誰しも一度は聞いたことがある。全世界のSOソフトの70%以上をシェアする会社だ。そんな大企業に就職した兄のことを、父も母も褒めちぎって誇りだと讃えた。そして、特に偏差値も高くない都立高校で学年1位を取れない弟には、もっと頑張りなさいと叱咤し続けた。
学校で流れている噂通り、朝霞は23区内にある国立大付属の進学校の受験に失敗した。暦野北高校は本番の予行練習にと受けたはずだったが、結局そちらに進学したのだ。母にとって、志望校の受験に失敗するよりも高校浪人になる方が恥に映ったらしい。
一応、徐々にではあるが進学校へのカリキュラムへシフトチェンジしている高校だ、国立大医学部への進学者も出したと言うことでギリギリ母の許容範囲に入ったのである。
暦野北高校で年間学年1位を獲り続けていれば、母はこんなにも荒れることはなかったかもしれない……浜名と言う超人が同学年であったために、朝霞は万年2位の地位から動けず母の「頑張れ」口撃は一年間止むことはなかった。
朝霞は机に齧り付いたまま頭を掻き毟る。美容室に行く時間が勿体ない、下品が髪型にされたら困ると言う母が切った髪型が学校で嘲笑されているのは知っている。昔からそうだった、髪型一つでさえ母の決定に従い、母の顔色を窺っていた。
昔はまだ良かった。出来の良い兄を可愛がる母に振り向いてもらいたくて、母に「頑張れ」と言われたら素直に頑張れたし、自分を見てくれた母が与えてくれるものが堅苦しく自由のないものであるとは考えもしなかった。
今はどうだ……母の「頑張れ」が、苦痛とプレッシャーとなって朝霞の胸に重く突き刺さる。
これで、兄や浜名を恨み憎み嫉み僻むことができたのなら少しは楽になっただろう。しかし、兄も浜名も人間として出来ている人だったから、負の感情なんてぶつけられなかった。兄はただ1人の弟であった自分に優しく接してくれて勉強を教えてくれた、母との間に仲裁にも入ってくれた。浜名はクラスメイトとして、普通に仲良くしてくれるし嫌味のない人間だった。
それ以前に、朝霞は誰それ構わず僻み続けるような荒々しい性格をしていなかった。内に溜め込み続けてしまう人間だったから、1人で素直に頷いて机の上に展開される教科書とノートの世界にログインするしかできなかったのである。
だが、今の彼はその世界で集中することなんてできなかった。
だけど、やらなければならない。もっと頑張らなければ、母は側にあるティッシュ箱を投げて来るだろう……あれは、当たると痛いから嫌だ。
集中なんてできないまま時間だけが過ぎて行く。別の参考書を出して気分転換でもしよう、兄が置いて行ってくれた奴が良い。あれは、兄の丁寧な書き込みが分かりやすいのだ。
兄の参考書を取り出そうと本棚を調べた朝霞だったが、目当ての一冊が見付らない。しばらく本棚の整理をしていなかったので、たくさんの参考書がぎゅうぎゅう詰めになっていたのだ。
折り重なる表紙の中でやっと目当ての一冊を見付けたが、その使い込んだ一冊を本棚から取り出せなかった。本棚に参考書を詰めすぎていた。
何とか取り出そうと力任せに引っ張り続け、ようやく半分ほど出て来たと思ったその時……朝霞の頭上に、悲劇が起きた。力任せに参考書を引っ張ったために本棚が揺れてしまい、上に積んでいたダンボール箱がその振動で落ちて来てしまったのである。
加湿器の音だけが響く室内に、何冊もの本が落下する大きな音がやって来た。これだけ大きな音がしても、リビングにいる母は気にしていないのか一声かけても来なかった。もしかしたら、入浴しているかもしれない。
朝霞は大きく溜息を吐いた。踏んだり蹴ったりとは正にこのこと。床に散らばった本を片付けようと足元にあった白い本を手に取ったら、それは懐かしい一冊であった。
「『みにくいアヒルの子』……」
ダンボール箱の中身は、朝霞が幼い頃に読んだ児童書だった。
幼い頃からたくさんの本を買い与えられていたが、両親に読み聞かせをしてもらったことはほとんどないと思う。朝霞があらかた文字を覚えてからは、学習のために自分で読みないと言われていたから。
この本だって、真っ白な『みにくいアヒルの子』だってそうだ。挿絵が1ページもない、近年の絵本のマイルドな描写もないこの本を読み聞かせてくれたのは、兄だけだった。
「……良いよな、お前は。どんなに虐められても、辛い目に遭っても、最後は綺麗な白鳥になれるんだから」
幼い頃は、みにくいアヒルの子が可哀想だと思った。兄弟に虐められて攻撃され、自分の親であるはずの母アヒルにも見捨てられた。彼が白鳥の子供だと言うことが分かってからは、実の親と生き別れてアヒルの卵の中に紛れ込んでいたこと実を可愛そうだと思った。
それでも、みにくいアヒルの子は美しい白鳥に成長した。同じ白鳥に仲間ができた。
自分は、白鳥になれるのだろうか……?
そう思った朝霞であったが、それは一瞬だけ。直ぐに馬鹿馬鹿しくなったが、『みにくいアヒルの子』の本は他の絵本と共にダンボールへ片付けるのではなく、ベッドの上に放り投げた。少し懐かしくなっただけ、息抜きに読むだけ。現実逃避なんてしていないと自分に言い聞かせて、参考書を手に再び机に向き合った。
素晴らしい才能が突如開花して誰もが羨む姿へと変身できるなんて、そんな、存在すると言い切れない不確定な幻想に願い続けるよりも、1分でも1秒でも多く知識を詰め込んだ方がきっと自身の役に立つはずだ。
だから、気付かなかった。
ベッドに放り投げて引っ繰り返った本の裏表紙に、昔は真っ白だったはずのそこに絵が浮かんでいたことを。下を俯いて涙を流すみにくいアヒルの子と、翼を広げて優雅に空を及ぶ白鳥の紋章が光と共に【本】に現れたことに……それが朝霞の前に出て来たのは、丑三つ時も過ぎた深夜であった。
『全く、何でお前みたいなデキの悪い子が産まれて来たのかしら。お兄ちゃんはあんなに良い子なのに、それに比べて……』
「っ!?」
結局、兄の参考書を使っても勉強が捗らず、軽くシャワーを浴びてからベッドに潜り込んだ。
うつらうつらと睡魔がやって来て、そのまま眠ってしまうかと思った矢先に、耳元に母の声が聞こえたのである。
『もしかしたら賢哉はうちの子じゃないかもしれないわ。病院で取り違えられたに決まっているわ』
「……お母、さん?」
薄暗い部屋を見回してみたが、母の姿はない。でも、声はしっかりと聞こえるのだ。朝霞が一番聞きたくない言葉をベラベラと吐き出す、あの甲高い声が。
『次は頑張るからって、いつも口先ばかり。結局いつも頑張らないで、2位しか取れないじゃない』
「嘘だろ、何でアヒルが喋っているんだ? 何で、アヒルがお母さんの姿をしているんだ?!」
母の声は向こうからその姿を現してくれたベッドをよじ登って朝霞の腹の上に着地したのは、母が好きな色のワンピースを着て彼女と同じくきっちりヘアセットをしたウィッグを被り、銀縁の三角眼鏡をかけたアヒルだったのだ。
アヒルが母の真似をしていると言うよりは、母がアヒルになってしまったかのようなその存在の黄色い嘴から、甲高い金切り声が聞こえて来た。
アヒルが喋っている……母の声で、母に言われたくない言葉で朝霞の胸を突き刺して来る。
これは夢だ、悪い夢なのだ。『みにくいアヒルの子』の本を見付けてしまったから、母に怒鳴られてしまって嫌な気分になったからこんな夢を視てしまったのだ。
そう言い聞かせようとした朝霞は両手で耳を塞ぐが、アヒルの口撃は隙間をすり抜けて耳に入り脳に届いてしまう。しかも、アヒルは1羽だけではない。もう2羽のアヒルがベッドをよじ登って、母アヒルを中心に並ぶと朝霞は小さく悲鳴を上げた。
兄と同じ四角い眼鏡をかけて、朝霞が就職祝いにプレゼントしたネクタイを締めた兄アヒル。嘴の上に灰色のヒゲを蓄えて、皺一つないスーツを着た父アヒルが増えたのだ。
『本当に嫌になるよ、こんな奴が俺の弟なんて。そろそろ尻拭いにも飽きて来たな。頭が悪くてかわいそうだから構ってやっているだけなのに、あいつはベタベタ付いて来るし』
「っ、お兄さん……?」
『私がお前に対して口出しをしないのは、最初から何も期待していないからだ。お前が何を頑張ったかなんて、興味はない』
「お父さん……? 何で、どうして?」
兄はいつも自分の味方でいてくれた。父は寡黙な仕こと人間で、勉学に対して口は出さなかったけれども母のやり方に同意する素振りも見せなかったので、隠れた味方だと思っていた……なのに、兄と父の姿をしたアヒルまで、朝霞に対する非難と否定を垂れ流し始めたのである。
聞きたくない、聞きたくない!
家族の声で、朝霞が最も恐れていた言葉を聞きたくない。頭まで布団を被って目を閉じて、夢だ夢だ夢だ夢だ早く覚めろ、これは悪い夢なんだと必死に念じてもアヒルたちは消えることなく朝霞を取り囲んで口撃を続ける。
結局一睡もできなかった。アヒルたちの声も、降り続けていた。
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完璧超人浜名君のモデル:実弟
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