セイクリッドガーデン

 白い羽根が雪のように降り続いている。


 青い空の下、どこまでも続く草原に、少女が一人立っていた。歳はあたしと同じくらい。成熟し切る前の少女特有の、儚さと艶やかさを危ういバランスで併せ持つ姿。優美な白いドレスに輝く銀色の髪。けぶるような睫毛に縁どられた紫の瞳が、黒いドレスで着飾ったあたしを、優しく見詰めてくれている。


「よく辿り着いたわね。わたしが選んだ相手だもの。必ず来てくれると思ってたわ」

「銀貨!」


 歩を進めるのももどかしく、飛び付くように抱きついた。支えきれずに倒れる少女を抱きしめる。甘く軽やかな百合の香りを、胸いっぱいに吸い込む。いつまでこうしていられるだろう。母親を見付けた子供のように、胸に顔を擦りつけ続ける。銀貨は困ったような表情を浮かべながらも、優しく背中を叩いてくれた。


 銀貨の膝枕で、空を眺めている。降り続く白い羽根は、草原に落ちると積もることなく、淡雪のように消える。


「すごく綺麗だ」

「ありがとう」


 手を伸ばし細い銀の髪を弄ぶ。銀貨は柔らかくほほ笑み返してくれる。


「どうしてあの時、あたしを助けてくれたの?」

「一目ぼれ、かな」

「ほんとは始末を付けに来たんでしょ?」

「ばれてた? 始まる前に終わらせちゃった、可哀想な巫女の顔だけでも、見ておこうかなと思って」


 悪びれる様子もなく、くすくすと笑い声を漏らす。


「でも、一目ぼれは本当よ。あのとき必死に手を伸ばしてたあなたを見て、ああ、この子なんだなって」

「何が?」

「運命の人」


 ストレートな物言いに、急に恥ずかしくなる。赤くなった顔を見られないよう、寝返りを打つ。


 銀貨は人間としては規格外だが、全能ではない。偽りの巫女として名付けざられしものを召喚する下地として、巫女候補のあたしの存在が不可欠だった訳だ。


「孤児院から連れ出した理由は? アビゲイルが気付かないほど念入りに、作り直した心臓の痕跡を消したのも、銀貨でしょ?」

「ここでこうしてもう一度出会うため」


 あたしの顔を捕まえ覗き込む。


「わたしだって何でも分かってたわけじゃないから、アドリブもあるけどね。この世界は、面白いほうにサイコロが転がるようになってるの。ちゃんとこうしてもう一度会えた。でしょ?」


 そのまま顔を近づけると、こつりと額を合わせた。


「わたしは人間にしてはちょっと出来が良すぎたから。自分の終わり方も、いやって程見えてた。人の形を保っていられるのも、せいぜい二十歳になるまでだろうって。人が人として存在を続けられるよう、人間を代表して神智研しんちけんに肩入れしたぶん、わたし自身のわがままも通しておこう。そう思ったの」


 なんだか泣き出しそうな声をしている。近すぎて顔が見えない。


「……銀貨?」

「すごく素敵に仕上がったよ、アスキス」


 額に柔らかい口づけの感触。顔を上げた銀貨の目には、やはり涙が滲んでいた。


「お別れみたいな言い方しないでよ。銀貨と一緒なら、あたしはどこへだって行ける」

「それでもこんな狭い檻の中は、私たちにはふさわしくないでしょ?」


 ゆるゆると首を振る銀貨。徐々に世界が色あせてゆく。


「もう少しだけ強くなって見せて。まずは、この名付けざられしものくらい、ねじ伏せてごらんなさい」

「無理だよ! せっかく会えたのに。このままずっと一緒にいてよ! ねえ、ねえってば!!」


 困り顔の銀貨は応えない。買い被りすぎだ。あたしは銀貨とは違う。それでも、銀貨はいつも正しくて。彼女が信じたってことは、あたしはやり遂げられるって事だ。出来ないのなら、それはあたしが手を抜いてるってこと。


「嫌だ! 銀貨があたしをあたしにしたんでしょ! 一人で逃げんな! 責任とってよ!」

「大丈夫。ちゃんと見ててあげるから」


 ぐずるあたしを口づけで黙らせる。離れないよう、強く抱いた身体は、白い羽根になって舞い散った。


「銀貨!? う……あ……ああああああっ!!!」


 白い羽根が降り続ける、何もない真っ白な空間。取り残されたあたしの慟哭だけが響き続けた。

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