猫とお風呂と夕食と

 取り留めのないものみの話を整理して行くと、人の身体を得たのは羽根のかたまりを捕まえたかららしい。


「変な物拾って食べちゃダメって、いつも言ってますでしょ!?」

「食べてないよう。くわえただけ」


 天屍てんしの欠片、エーテル体の大きい物を取り込んでしまったという事だろうか。英国庭園で異形の蛇を見たあたしには、信じられない話でもない。

 朱鷺乃ときのは首輪と鍵を目にして、ものみの話に納得したのだろうか。例え半信半疑でも、あのまま全裸の少女を放り出しておくわけにもいかない。案外、状況に流されているだけなのかもしれないが。


 埃まみれになったからと、朱鷺乃は夕食の前に先に風呂を使っている。

 執事が食事の支度を済ませてくれていたようだが、あたしも先に風呂を使いたい。リビングのソファに寝そべり、頭の中で情報を整理する。

 鍵。眼帯の女と黒狗。空の天屍とその影響。自傷した探索者。10年前、ひまわり畑で見た光景。


「いーやー!!」

「こら! お待ちなさい!!」


 けたたましい悲鳴に思考が途切れる。

 朱鷺乃に連れられて一緒に浴室へ入っていたものみが、泡まみれで飛び出してきた。また全裸だ。


「しみるの!! 痛い!」

「ちゃんと目を閉じていないからですわ!」


 タオルを巻いただけの朱鷺乃と、リビングで追いかけっこを始める。


「猫だから風呂は苦手なんじゃないか?」

「毛がないんだから、平気だと思いましたのに」

「毛、ねえ……」


 確かに生えてない。


「そこ! 私のものみを性的な目で見るのは許しませんわ!」

「そんなにたわわなんだ、見たくなるのも仕方ないだろ」


 ものみはあたしの視線に気付き、自分の胸とあたしの胸を見比べる。


「ゴスロリちゃんはなんで付いてないの?」

「よく見ろよ!! ちゃんとあるだろ!?」

「トキノみたいに詰め物すればいいのに」

「ものみ!!」


 失笑していた所にとばっちりを喰らい、顔を真っ赤にした朱鷺乃は、再びものみを追いかけ始めた。


「お嬢様、こちらを」


 執事が差し出したのは樹脂製のドーナツ状の器具。シャンプーハットというものか。


「ずいぶん手まわしがいいな?」

「お嬢様が中学に上がるまで使っておられたものです。こんな事もあろうかと保管しておきました」

「物持ちが良いな。っていうか、中学までか! なんで持ってきてる?」


 口元だけで笑って見せた執事は、朱鷺乃と二人がかりでものみを捕まえる。嬌声とも悲鳴ともとれる声は、浴室へと遠ざかっていった。



 着替えを手に浴室へ向かう。ものみは洗面台を前に、下着姿の朱鷺乃にドライヤーを掛けて貰っていた。

 目を閉じ気持ちよさそうにしている。ブラッシングは好きなのか。

 ちらりと横目で見ると、朱鷺乃はまた猫パンツだ。よほど好きなのか、これしか持っていないのか。


 シャワーだけで済ませるつもりだったが、バスタブに張られた湯を見て、気が変わった。せっかくだから少し浸かることにする。

 ライトブルーの入浴剤。日本人はほんとこういうの好きだな。ミントの香りと清涼感が、身体の疲れだけでなく、気持ちまで癒してくれる気がする。


 朱鷺乃と上手く交渉して、鍵を先に渡して貰えれば、あたしの仕事は一段落なんだけどな。


 あまりに突拍子もない展開に、最初は眼帯女の仕込んだ狂言かとも考えた。でも、やり方がまるでスマートじゃない。こんな茶番を演じるメリットは見当たらない。ものみの話通りなら、今ごろ奴は手に入れたはずの鍵を失くし、訳も分からず大慌てって所か。悪くはないが、このままで済むはずがない。じきに嗅ぎ当て再び襲撃してくるはず。


 アビゲイルに鍵を渡し、一度この話を終わらせるか。それとも、鍵を餌に眼帯女をおびき寄せ、裏を吐かせるか。あの女を圧倒することが大前提になるが、今回アビゲイルはあたしの独り立ちを匂わせたんだ。やって見せなきゃいつまで経っても半人前のまま。


「それにこれはもう、あたし自身が解決すべき問題でもあるんだろうな……」


 口元まで湯に沈み、ぶくぶくと独り言ちる。やるべきことはもう決まっている。なら、この繰り言は迷いじゃなく、ただのためらいだ。


 バスタブを出て熱いシャワーを浴びる。弱気な自分を流し落とせた気がした。



 髪を乾かしリビングに戻ると、ものみの着せ替え大会が開催されていた。


「尊い……」

「これもはかどりますわ!」


 なんでこんななってる? こいつら適応力ハンパないな!?


「ご奉仕するにゃんって言ってみてください」

「なんで?」


 メイド服にアオザイ、チャイナドレスまである。丈が余って胸元が苦しそうだから、朱鷺乃の物だろう。ものみは迷惑顔はしているが、構って貰えるのは嬉しいのか、大人しくされるがままになっている。


「いつの間にこんなに持ち込んでたんだ? ここに遊びに来たわけじゃないだろ?」

「変装に使うつもりでしたの。まさか、こんな事に役に立つとは思いませんでしたわ」

「もういーやー!」


 ものみがむずがりだしたので、大きめのニットワンピで落ち着きそうだ。締め付けるのやホックは嫌がるみたいだが、ちゃんと下はつけてるんだろうな?


「それより飯にしてくれよ。そろそろ限界だ」

「その前に、大事なお話しがありますの」

「“鍵”の話か。確かに大事だが、食べてからにしないか?」

「そうではなくて。ものみには、カリカリと私達と同じもの、どちらがいいと思います?」

「どっちでもいいだろ!?」


 真剣な顔で何を言い出すかと思えば。


「人間用の味付けは、猫には塩分が多すぎると言うでしょう?」

「今は人間なんだから、同じものでいいんだよ!」

「いつ戻って来ても良いよう、専用の皿は持ってきておりましたが……」


 ペット用の皿を持ち出す執事。


「なんか特殊なプレイに見えちゃうだろ! それに、こいつ一人だけカリカリとか可哀想だろ?」

「ものみカリカリより缶詰がいい!」

「ややこしくなるから、ちょっと黙っとこう、な?」


 らちが明かない。結局、執事がツナ缶で薄味のあんかけスープをもう一品作ることで収まった。気に入ったのか、ツナのスープばかりおかわりしていたものみは、ソファで丸くなって眠っている。


「いつまでこの姿でいるのでしょうね」


 ものみの髪を手櫛で梳きながら朱鷺乃が呟く。


「戻らなきゃ困るのか?」


 高位の魔術師の使い魔なら、人の形をとるものも存在する。それでも、単純な命令をこなすだけの、人に似たモノにしか過ぎない。まだ使い魔を持たないあたしには、少し羨ましくさえ思えるのだけれど。


「困る、というわけではありませんけど……」


 例えこのままの姿でも、宗蓮院しゅうれんいん家の力で、なんとでもごまかせそうなものだが。朱鷺乃は曖昧な微笑みを浮かべただけだった。


「それよりも、鍵の話だ。あたしに渡す気はないか?」

「それじゃあ、キリの良いところで――」


 朱鷺乃の提示した8桁の数字は、手に入れたい代物に対して決して高すぎる額ではない。だが、あたしの出せる限度を超えているのも明らかだ。アビゲイルは買い取ってこいと言った訳じゃあない。奪うつもりだったものに対し、1セントだって出す気はないだろう。


「無理ならこのまま契約続行ですわ。お父様の死の真相を探る事と、その間のボディーガード。それに、この子を元の姿にする情報を得られれば、追加でボーナスを出しますわ」


 ま、そんなところか。子供の使いじゃないんだから、あたしも鍵を持ち帰り、アビゲイルに頭を撫でて貰ってはい終わりで済ませる気もない。鍵を朱鷺乃に持たせたままなのは心配だが、今の所あたしの関心と朱鷺乃の調べ物は、同じ方向を指し示している。


「分かった。それで手を打とう。なに、心配するな。あたしは依頼人が幼児パンツ愛好家でも契約は果たすぜ?」

「黒猫ミシェールはフランスのデザイナーズブランドで、ちゃんとしたティーン向け商品ですのよ!?」

「ローティーン向けじゃないのか?」


 たまにはサービスで、もうちょっと大人なヤツも見せて欲しいものだが。

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