ネコなのか?

「遅いですわ!」


 待ち合わせの場所に着くと、待たされた朱鷺乃ときのは少々おかんむりだった。腹でも空いているのかもしれない。

 購買で手に入れた携帯食を分けてやると、


「買い食いなんてはしたない……」


 とこぼしていたが、口にすると少しは機嫌が良くなった様子。思えば昼飯を食べそこなっている。


「食堂は開いてなかったからな」


 金は持っていても、朱鷺乃には自分で買ったものを、そこらで座って食べるという選択肢自体が、思い浮かばなかったのだろう。


 朱鷺乃が聞き込みで集めてきた話は、学校の七不思議めいたものが主だった。曰く、プールで足を掴む幽霊。英国庭園を這いずる化け物。図書館で消える生徒。人を食べる呪いの本。空に浮かぶ異形の影。聞いたような話が幾つか混じっている。


「英国庭園の化け物は退治してきたぜ」

「まあ。私も一つ、本物を見つけましたの」


 得意顔でポケットからハンカチを取り出す。包まれていたのは、一枚の羽根だった。


「幸運の羽根だそうですわ。見付けると、いいことがあるとか」


 10cmほどの白い羽根。羽軸と羽弁が一体化し、鳥の物に似ているが明らかに違う。よく見ると色も厳密には白ではなく、半透明で虹色に輝いている。天屍が降らせている羽根。アレの現物だろうか。


「とんでもなく密度の高いエーテル体か? ほとんど物質化してるようなものだな……」


 願いが叶う、か。


「あの護符のペンダントは持ってるか?」

「ここにありますけど。何に使いますの?」


 鮮やかな青い石。2つに割れたラピスラズリに羽根を重ねて持ち、加護を願う呪文を唱える。思った通り、白い羽根は手の中から消えていた。


「これでまた御守りの役に立つはずだ。元に戻すとまでは行かなかったが」


 朱鷺乃は返されたペンダントを見つめていたが、台から外れた方の欠片をあたしの手のひらに戻した。


「御守りなら、貴女も持っておきなさいな」

「……ありがとな」


 何だか調子が狂う。朱鷺乃にとっては形見の品のような物のはずだが、ここは素直に受け取っておくことにする。


「ところで、礼拝堂は無かったか? 外から見えてた鐘楼が気になってたんだが」

「ここの礼拝堂には鐘楼はありませんわ。それも不思議な話として伝わっている様でしたけど」


 話によると、旧校舎の時には学園のシンボルの様に扱われていたが、今は取り壊されてしまったのだという。


「なんでも、悩み事を抱えている生徒の前に現れる事があるんだとか。あるはずの無いものだから、迷い込むと帰れなくなるそうですけど、鐘楼には天使が住んでいて、ちゃんと外へ導いてくれるそうですわ」

「それじゃ、あたしは悩み事があるって事か?」


 外から見えた方向に見当を付け探してみたが、煉瓦造りの古い建物は、どこにも見当たらなかった。



 夕暮れの帰り道、鐘楼が見えないかと後ろに気を取られていたあたしは、不意に路地から飛び出してきた影に対し、まるで反応が遅れた。


「トキノー!!」

「えっ? あ……何?!」


 驚きの余りキャラ作りを忘れている朱鷺乃。押し倒しじゃれ付いているのは、一糸まとわぬ姿の少女――いや、チョーカーとネックレスの様なものは付けているか。小柄だが、ずいぶんとたわわだな。危険はなさそうなので、混乱する朱鷺乃に抱きつき頬ずりする様を、しばらく堪能させて貰うことにする。


「痴女か? ストリーキングか? 思ったより治安が良く無いなこの街も」

「良いから見てないで助けなさい! ちょ、どこ触って……放しなさい、はーなーしーて!」

「知り合いじゃなかったのか? 名前呼んでたろ?」

「うん?」


 もがいていた朱鷺乃が動きを止める。少女の肩を掴み、まじまじと顔を観察する。

 不思議そうな表情の少女の首には、鈴の付いたチョーカー……いや、これは首輪か。皮紐の先に下がっているのは、錆の浮いた古い鍵――鍵?


「ものみ?」

「うん! トキノー!!」


 再びじゃれ付き始めた少女を、二人がかりで裏路地に引き摺り込む。何やら犯罪めいた絵面だが、これ以上人目に付くわけにも行かない。


「なんだ、あんたの言ってた猫ってのはこれの事か? いくら金持ちだからって、若いうちからこういう趣味は感心しないな」

「違いますわ!! ものみは可愛い仔猫ですわ!!」

「ネコなのか?」

「そう、ネコ……って、違う!! 貴女絶対誤解してますわ!!」

「いいから落ち着けよ」


 物陰でも騒いでいたら人が来るとも限らない。とりあえず、朱鷺乃がなにか着る物を調達してくる間、身体で人目を遮りながら、話を聞き出してみる事にする。


「ゴスロリちゃんが来たよるにね、もうひとりお客さんがいて――」


 ゴスロリちゃん? あたしの普段のなりを知っているのか? そういえば、執事に見付かって屋敷の中を追い回されている最中、物陰から騒ぎを覗いている仔猫を見たかもしれない。


 要領を得ず、すぐに脇道にそれるものみの話を根気強く聞いていると、部屋の角から逃げた眼帯女を追いかけ、行き掛けの駄賃に鍵を取り返してきたのだという。


 鍵。アビゲイルの言っていた“鍵”とは、これなのか?


 身体の割に豊かな二つのふくらみと、桜色に色付く先端に気を取られながらも、谷間に下げられた鍵を観察する。

 古い南京錠にでも使いそうな簡単なものだ。これで開ける錠なら、あたしのピッキング技術でもなんとかなるはず。ならば、封印の魔法でも掛かっていて、この一本でしか開けられない特別な代物か。


 うん? ここでこれを頂いてしまえば、あたしの仕事はもう終わりじゃないか。


「お待たせですわ。さあ、早くこれを着なさい!」


 暴れるものみに服を着せるのは、また一苦労だった。

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