ひと狩り行こうぜ!

 さばきの消息については、問い合わせを入れた病院からの連絡を待つしかない。正直望み薄だ。

 相棒だったというオサリバンのほうも連絡が取れない。こちらも関係しているのか。

 胡乱な商売をしていた人物だ。非合法の医療機関の世話になっているのだとしたら、居場所を突き止めるのは困難だろう。

 むしろ、それならなぜ無名都市中央病院で治療を受けたのかが分からなくなってくる。


 病院まわりは一度切り上げ、アスキス達は聖ルヒエル女学園へと向かった。

 無名都の街並みはまだ新しく、学園のある区画には欧風の建物が並んでいる。

 学園に併設された礼拝施設のものだろうか。向かう先、建物の合い間から鐘楼が見えた。


 夏季休暇期間中なので学生の姿は少ない。

 正門から中に入るには、学生証を兼ねたIDカードを要求される。


「本物のIDカードを用意しましたわ。学園内に限れば、泥棒の真似事をせずとも調査できますわ」

「まさか、このために転校までしたのか?」

「見学用の仮のものですけれど。宗蓮院しゅうれんいんの名を出せば、簡単に発行して頂けました」


 忍び込むのは難しくなかったが、女子校ゆえにセキュリティはやや高めに設定されている。

 何かトラブルがあった際、正式な手続きを踏んでおいたほうが、後々面倒にならなくて済む。


「ブルジョワめ。確かに行動はしやすいが、一戸建てを借りた件といい、目立ちすぎて足元をすくわれなきゃいいがな」

「心配のしすぎですわ。非合法な手段を取らない限り、宗蓮院の名を使わない手はありませんことよ」


 学園内ではまず朱鷺乃に危険は無いと判断し、アスキスは手分けしての聞き込みを提案した。

 寮生や、部活で出てきている学生は朱鷺乃に任せればいい。

 アスキスが「非合法な手段」を使いたくなった場合、一緒に居られてはかえって面倒なことになる。


 眼帯の女が、仮に前の鍵の持ち主である裁を狙っていたのなら、無名都市むめいとしで姿を見た者もいるかもしれない。

 特殊な移動手段の持ち主ゆえ望み薄だが、特徴的な風貌は、一目でも見れば記憶に残っているはず。


 もっとも、アスキスはそれらの情報にはさほど期待していなかった。

 アスキスの興味は空に浮かぶ天屍てんしにある。朱鷺乃と別れたのもそれが理由の一つだ。

 常人には見えていないにせよ、何らかの影響が出ていないはずがない。


 空を見上げると、今も真昼の月のように薄っすらとその姿が見える。

 時折風に吹かれたかのように羽根を撒き散らしているが、あれが舞い落ちる場所に居合わせたらどうなるのだろう。


 学園の敷地には初等部から高等部までの校舎が存在し、かなりの広さだ。

 違和感を探り当てるため、アスキスが薄く広く意識の網を広げながら歩いていると、英国庭園で二人連れの少女に注意を惹かれた。

 姉妹だろうか。どこか顔付きが似ている。


 姉の方は中等部くらいの年頃か。ブルマ姿にジャージの上着。

 ヘルメットを被り金属バットを手にしたその姿は、試合中のグランドを抜け出してきたもののように見える。

 初等部の制服を着たおさげ髪の妹の方は、目ざとくアスキスを見付けると、ジト目で睨み付けてきた。

 妹にジャージの裾を引っ張られた姉は、アスキスに気付くなり素っ頓狂な歓声を上げた。


「凄い、金髪パツキンだ! 高等部からは染めていいんだな!」

「染めてねえよ。お前こそ何だ、その格好。こんなところで自主練か?」

「あー、違う違う。モンスター退治」

「あぁ? モンスター?」


 ブルマ姿の姉の、あきらの話によると、園芸部の妹が管理を手伝っている庭園に出る、化物を追い払いに来たという。


 英国庭園の奥には木立が見える。その向こうにはすぐ山が続いている。

 学園の敷地は塀で囲われてはいるが、餌を求めた動物が入り込んで来てもおかしくはない。


「猿とかイタチのたぐいか?」

「!!」


 アスキスの言葉に激しく首を振った妹――その――が胸に抱いていた自由帳を開いた。

 本来は観察日記らしいそこには、拙い筆致で片羽の生えた蛇のようなものが描かれていた。


「マジでバケモンだな。お前らだけで大丈夫か?」

「……しんじるの?」

「ああ、あたしは魔女だからな」


 アスキスの言葉にそのが目を見開く。


「あたしは嘘を吐いてないし、おまえも同じだろう?」


 微笑みかけると、そのは真っ赤になってうつむいた。


「姉ちゃんもウチのパーティーに参加するか? 魔女なら後衛な!」

「魔女ちがう……お姫さま」


 普段は美少女を自認してはばからないアスキスも、お世辞や下心込みではない褒め言葉には慣れていない。


「……ありがとな」

「そんじゃあ、出発! リーダーに続け!」


 そのは顔を赤くしてアスキスの制服の腰のあたりを掴んでくる。

 自分まで赤くなってはいないか少し心配だ。

 アスキスはそのの頭をぽんぽんと叩くと、勇ましくバットを振り上げた晶に続き歩き始めた。


 せっかくの薔薇の植え込みだが、残念ながら盛りを過ぎてしまっている。

 植え込みと煉瓦積みが続く様は、背の低い初等部の生徒には迷路のようで楽しいだろう。

 実際、そのは友だちとのかくれんぼの最中に、化け物に追いかけられたという。


「出るのはこの蛇みたいのだけか?」

「学園の外でだけど、犬とか鳥のモンスターも見たやついるんだって。空にもっと大きいのが飛んでるのを見たとかいう噂もあるけど、さすがに怪獣映画じゃないんだしな!」

「モンスターはいて怪獣はいないのかよ」


 晶の線引きでは、そのの見た蛇は未確認動物・UMAの類。今まで発見されていない、新種の生物かもしれないが、存在してもおかしくない。対して天屍は見たこともないし、信じるには荒唐無稽に過ぎるホラ話でしかないということらしい。


 やっぱりアレが見えるやつもいるのか。

 歩きながらそのが見せてくれたページには、耳から鳥の羽根を生やした犬や、翼を複数枚持つ鳥の絵が描かれている。


「モンスターの写真は、ネットにアップしてもいまいちバズんないんだ。捕まえて役所に持って行ったほうが、いいお金になるって話もあったかな?」

「明治時代かよ!」


 晶たちの言うモンスターは、何らかの形で天屍の影響を受けた生物のように思える。

 役所はともかく、情報を統制している組織が存在してもおかしくはないのか。


「いた!」


 何かのゲームのマップBGMらしきものをハミングしていた晶が、立ち止まり声を上げた。

 前方に、植え込みの間の小道を横切る形で蛇が這っているのが見える。

 身体の赤と黒の斑紋からすると、ヤマカガシか。1.5mを越えるほどの長さだが、この程度なら異常なサイズとはいえない。


「普通の蛇と違って、逃げないで向かってくるから気をつけて!」


 なら手を出すなとアスキスが制止する前に、走り出した晶はバットを振り下していた。

 尾を打たれた蛇は、潜り込みかけていた植え込みから跳ねるように頭を引き戻し、鎌首をもたげる。

 首周りに羽毛を生やし、小鳥くらいの大きさの翼を一枚だけ持っている。確かに異形だ。

 蛇はバットを構える晶を威嚇するように首を揺らしていたが、身を屈めたかと思うと、大きく口を開け飛びかかってきた。


「葬らん!」


 晶のフルスイング。

 頭部を打ち返された異形の蛇は、再び鎌首をもたげ攻撃の姿勢を見せる。


「硬い!」

「いや、違う。バットが当たる前に、自分から後ろに飛びやがった」

「おねえちゃん!!」


 怯えるそのはぎゅっと目をつむり、アスキスの腰に抱き付いている。


「も一回!」


 悲鳴を上げる妹にちらりと目をやると、晶はへこたれず目をつぶり、バットを大きく振り抜いた。

 空振りのバットにタイミングを合わせ、アスキスが圧縮した風を撃ち込む。

 異形の蛇は頭を弾けさせ地に落ち、暫くの痙攣のあと動かなくなった。


「や、やった! クリティカル!」

「……おねえちゃん……」


 勝利に興奮していた晶も、そののしょんぼりした呟きで我にかえる。

 バットにこびり付いた血と、頭を無くした蛇の死骸に目を落とし、言葉を失う。


「墓でも作ってやるか」


 異形化していた頭部を無くしては、サンプルにもならない。

 しゃがみ込み、蛇の尾を摘んで持ち上げたアスキスの提案に、姉妹は黙ってこくこくとうなづいた。


「それじゃあな。今回は勝てたからよかったろうけど、危ないから、次からは大人に知らせるだけにしとけよ」


 そのが持ってきたに園芸部の移植ごてを使い、庭園の隅に穴を掘り蛇の死骸を埋めた。

 それぞれのやり方で祈りを捧げ、アスキスが別れを告げたあとも、そのは制服をつかんで放そうとしなかった。


「姉ちゃん高等部? また遊べる?」

「休みが終わったらな」

「ほらその、姉ちゃんまた今度遊んでくれるって言ってるだろ」


 うつむき、頑なに制服を握りしめるそのに、晶が言い聞かせる。


 気休めの嘘だ。

 この件に片が付けば、アスキスがこの学園を訪れる理由はない。


「やくそく」

「ああ、またな」


 いつまでも手を振り見送る少女の姿に、少しだけアスキスは胸を痛めた。

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