怖いですわ……魔女怖いですわ……

 天使の屍骸で天屍てんし。仮にそう名付けた。

 空にまだはっきりとその異形を晒している。もう体調を崩すようなことはないが、心理的な圧迫感は半端ない。簡単に説明はしたものの、朱鷺乃ときの達にはあたしの抱く危機感や焦燥感までは上手く伝わらなかったようだった。


「安心なさい。活動拠点として庭付き一戸建てを手配しましたわ!」

「極端だな、おい!」

「さすがです、お嬢さま」


 恐らくだが、何者かがこの街に天屍を繋ぎ止める仕掛けを施したらしい。同時に、この街は何らかの形で天屍の影響を受け続けている。そこまで計算されたシステムだとすれば、建物ごと借り切ったところで、その影響からは逃れられないだろう。万一を考えれば、この街の外に拠点を構えるべきだろうが……いや、らしくないな。どうにも弱気になっている。


 敷地全体に簡易の結界を張る。侵入感知と低位の魔除けだが、無いよりはマシという程度だ。あてがわれた一室を工房に触媒の補充と製作をすべく、器具や材料を発注する。経費で落とせるとはいえ、工房が仮設のものでは、結局簡単な物しか揃えられない。だが贅沢ばかりは言ってられない。調達を執事に任せ、あたし達は探索を開始した。



 眼帯の女は目立つなりをしていたが、立ち去るときのような魔法を使われては足取りを掴むのは難しい。鍵のほうも差出人がわからないうえ、朱鷺乃には、何に使うものだったのか見当も付かないという状況。


「親父さんのオカルト趣味の絡みだろ。筆跡に心当たりはないのか?」

「これだけ乱れていては、例え家族の筆跡でも分かりかねますわ。ましてお父様の知人では、私には……」


 連絡先を記した、紅劾の手帳を手に首を振る朱鷺乃。趣味の交流に限ればさほど人数は多くない。情報が古く、連絡が取れなかった者もいたが、確認できる範囲では該当者はいなかったという。


「あとは封筒のほうか」


 幸い現物が残っている。不審な物だから念のため保管しておいたという。

 安いボールペンで記された震える文字。極寒の中、利き手じゃない方の手で書けば、こんな風にもなるだろか……? 消印は無名都中央郵便局。貼ってあるのは切手じゃない。料金証紙とかいうものだ。


「窓口で直接出したなら、顔を見た奴が覚えてやしないか?」

「それですわ!」


 簡単な話だと思ったが、そう上手く事は運ばなかった。


「個人情報だからお教えできませんって何ですの!? うちに届いた品物ですのに!!」

「まあ、品を送り届けるまでが仕事だからな。警察相手でもなきゃ、教える筋でも無いだろうし」


 地団駄を踏んで憤る朱鷺乃を引っ張って、局の裏手へ回る。折良く外に突っ立って、煙草を吸っている中年の男性局員を見付けた。仕方ない。少し手伝ってやるか。


「あの……」


 よそ行きの声を出し、上目遣いで話し掛ける。面倒くさそうに振り向いた局員は、あたしを二度見した後、煙草を靴で揉み消し、愛想笑いを浮かべた。


「ルヒエルの生徒さんかい? なんだい、どうしたのかな?」

「この封筒を持ち込んだ人のことを、教えて欲しくって」


 あたしの声色に口を開け、唖然とした表情を浮かべていた朱鷺乃が、我に返ってまくしたてる。


「そうですの! 窓口では断られましたけど、どうしても教えて頂く必要がありますの!」


 局員の表情が渋いものになる。ややこしくなるから、お前は黙ってろ。


「あー、ごめんね。決まりごとだから」

「わたし宛に、その……いやらしいものが届いて……警察に相談しても、話を聞くだけで何もしてくれなくって」


 うつむき、顔を赤らめるために息を詰める。涙は出せないが、肩を震わせれば、泣き出しそうに見えるはずだ。


「あ、うーん、それは酷いな。それで、ど、どんな物が送られてきたの?」


 上っ面の正義感に、下卑た好奇心が隠しきれていない緩んだ表情で問い掛けてくる。もう一押し。


「……ビニール袋の中いっぱいに……ベッタリと…いやッ! 汚らわしい!!」


 顔を覆ってしゃがみ込む。


「ご、ごめんね。許せないな。分かった、お兄さんに任せて」


 朱鷺乃から封筒を受け取ると、局員は建物の中へ消えた。


「なーにがお兄さんだよ、図々しい」

「……呆れた化けっぷりですわね……」

「下半身で同情させる手だ。正義感で性欲にお墨付き与えてやりゃ、男なんざ面白いようにハマりやがる。……っと、戻って来やがった」

「分かったよ。でも、本人じゃあないのかもしれないな。中央病院の、女性看護師だったって」


 朱鷺乃と顔を見合わせる。確かに当たりじゃないかも知れないが、何も手掛かりが無いよりはマシだ。


「また何かあった時のために、君の携帯番号をーー」

「ありがとうお兄様! マリア様のお恵みがありますように!」


 ニヤけた中年男の戯言を断ち切って踵を返す。朱鷺乃は病院が見えるまで「怖いですわ……魔女怖いですわ……」と呟き続けていた。


「今度は上手くやりますわ!」


 勢い込む雇い主に、お手並み拝見と決め込むことにする。


「苦しい息の下で送って頂いたのだと思いますの。でも、残念ながら父は他界したばかりで、手にする事が出来ず。ご報告とお見舞いを兼ねまして、娘の私が参った次第ですの」

さばきさんですか? 処置だけされて、入院はされて無いんですけど」


 『病か怪我で入院し、看護師に投函を依頼した』。朱鷺乃の読みは半分ほど外れていたが、予想外に差出人の名前が判明した。


さばき……慧士郎けいしろうさんの事ですの」


 リストに名前があるだけでなく、朱鷺乃とも面識のある人物だったらしい。連絡が取れなかった者の中の一人だろう。


「探索者――冒険家のような事をされていた方ですわ。随分ご無沙汰でしたけど、以前はパートナーの、メンア・オサリバンさんと連れ立って、よくお父様に会いに来て下さっておられたのに……」

「それで、今はどこに入院してるんだ?」


 受付の反応は渋い。また伏せられるのかと思ったが、どうやらそうでも無いらしい。


「あの切腹の人? 手当て済んだら一晩で出て行っちゃったからねー」

「ちょうど良かった。院内いんないさん」


 どこか無責任そうな軽い口調。ふらふらと廊下を歩いてきた薄ピンクのナース服の看護師が、事情を聞くと受付の代わりに応えた。


「ああ、その封筒? 出したよわたしが。頼まれたから。夜勤明けだから、ちょっと遅くはなったけど」

「切腹?」

「三島リスペクト? 流行ってるのかな? 自分で刺したとかいう話だったけど、割腹までは行ってなかったね! 言いすぎた!」


 なんだこの女? 病院に必須の命に対する真摯さを、欠片も持ち合わせてなさそうだな。よくクビにならないものだ。


「それじゃあ、ご自宅で療養されてるいらっしゃるのかしら?」

「どうだろう? まだ若くて丈夫そうな人だったけど、3日は絶対安静レベルだったんだけどな。目を離したら、本当にふいっといなくなっちゃったから。動けるなら治療費くらい払いに来てくれれば良いな、みたいな!」

「みたいなじゃねぇよ……」


 また厄介な展開だ。だが院内の話が事実だとすると、誰かに命を狙われたというのでもなさそうだ。抜け出した後行き倒れたなら、また病院に担ぎ込まれるなりなんなりで、とっくに新聞沙汰になっているはず。


「もし……来院されたら、ご一報頂けますか」

「かしこまり!」


 院内に携帯端末の番号を教える朱鷺乃。安請け合いが胡散臭いが、院内はあたしたちが病院を出るまで、ずっと目を離さず、笑いながらひらひらと手を振り続けていた。


「あの女、出てくるタイミングを計ってやがったか」

「考えすぎじゃありませんの?」


 空振りに気を削がれたか、朱鷺乃の声は暗い。市内の病院に片っ端から電話を入れてみたが、裁が入院したという情報は得られなかった。

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