庭院にて
再び後宮の回廊を歩いた
彼女は、例のように案内役の女官によって、後宮のある庭院の出入口の前に立っていた。
その庭院の出入口は、きわめて質素なものであった。庭院の外と内の境となる門などもない。木戸すら見当たらず、出入口に門番がいなければ、そこが庭院への入り口だと気が付く者はいないであろう。
そんなある意味手薄な設備・警備になっているのは、
それもそのはず、庭院に立ち入ることができるのは、今上の齋王陛下から直々に許された、数少ない者のみ。
それ以前に、後宮の西のはずれ――――建物も何もない所――――にあることから、誰も近づこうとしない。故に、境など、必要ないのだ。
門番の女衛士への取次ぎを終えた案内役の女官の一人が、瑛凛の前で一礼した。
『姫さま。
庭院の中はすでに、人払いがなされているのだろう。人の気配よりも、他の生き物のそれをよく感じる。
出入口の先に続く一本道を一瞥した瑛凛は、静かな声でこう告げた。
『…………あいわかった。ここまでのどうちゅう、みな、ごくろう。…………ゆるりとやすめ』
王女からの労いの言葉に、周囲の大人たちは、みな深く礼をする。
そんな彼女たちに見送られながら、瑛凛は庭院の出入口に足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆
庭院に入った瑛凛は、一本道をゆっくりと歩いていた。
(ひさしぶりに、ひとり………………だ)
瑛凛は、心の中で小さくつぶやく。
それから、庭院に流れる静謐な空気を胸いっぱいに吸い込む。
瑛凛は、供も誰もいない束の間の一人の時間を楽しんでいた。
もともと、生粋の王女さまである瑛凛には、常に近侍する女官や女護衛がいた。この世に産まれ落ちたその瞬間から、瑛凛には王女としてのありとあらゆるすべてのことが保証されていたので、それは当然といえよう。
しかし、時にはそれが、疎ましく感じることもある。
昼夜問わず人の目にさらされ続けることは、いくら慣れていてもつらいものがあるのだ。
特に瑛凛は彼女たちの前に立つと、王族としてのふるまいをいつも試されているように感じてしまうから、余計にそう思ってしまうのだろう。
もちろん、瑛凛の傍近くで仕えることが、彼女たちの仕事であると、聡い瑛凛は十分理解している。
それでも、一人っきりになりたい時は、実際にはたくさんあった。
(…………そういえば、このていいんにはいったのは、すうねんぶり……か)
ほんの少しの自由を満喫する瑛凛は、ふと、思い出す。
王族である瑛凛でもっても、滅多に入ることを許されぬ、庭。
この庭院は、後宮の女主のためにつくられた、特別なものでった。通称、王妃の花園。正式な名はまた別にあるらしい。
事実、庭院の奥深くに入っていく先々で、歴代の王妃たちの愛した花が、その美しさを競うように咲き乱れていた。
見る人の目を楽しませる花々の香りに包まれながら、瑛凛は行く道の先で自分を待つ人のことを思う。
(ちちうえのおかげんは、よろしいのだろうか? きょうはなにをおぼしめされて、わたくしをおよびになったのだろうか?)
…………わからないことだらけだ。特に、父個人のことにおいては。
瑛凛は、そっと空を見上げる。
日の光の眩しさに目を細めた後、父のことを思った。
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