蒼天を仰ぐ



 あれは…………確か、七つのとき。

 わたくしが、後宮の父の部屋に呼ばれたのは。


◆◇◆◇◆


 その日は、瑛凛えいりんにとって久方ぶりの外出だった。

 瑛凛が乗るのは、まるで貴人のお忍びのように目立たなくした軒車けんしゃ。それは、彼女の向かう先が王宮の――――それも最奥の後宮にもかかわらず、ずいぶんと地味にあつらわれていた。

 ふと、軒車の外を見たくなった瑛凛は、窓を覆っている布をそっと開けた。

 見上げた先に広がるのは、あおい、あおい空。

 梅雨である今の時季には滅多に見られぬ蒼天を仰いだ後、瑛凛はしばし瞳を閉じた。

 (…………おそらをこんなふうにみあげたのは、いつぶりかしら?)

 そう、自問してみても、ぼんやりとしか思い出せなかった。

 それが、とてもやるせなくって…………。

 瑛凛は、歳に似合わぬ笑みを――――自らを嘲るような笑みを口元に浮かべた。 

 当然か。

 あれから自分自身、生きている、と感じたことはないのだから…………、と。

 彼女はもう一度、窓の外の景色に目を戻した。

 流れゆくように、次から次へと移ろいゆく車窓の風景。

 そこにあるのは、王祖神さま(またの名を二龍大祖神にりゅうだいそしんさまという)が一柱、紅龍神こうりゅうしんの象徴であるお日様が輝く、澄み渡った大空。

 それは、この時季なら王都・彩明さいめいに住む誰もが見慣れた曇天や雨空と違っていて…………。感傷に浸っている瑛凛の心には、ひどく眩しかった。

 再び目を閉じた瑛凛は、軒車に揺られながら、一人、物思いにふけっていた。

 

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