表通りにて


 また表通りに戻り、そこを歩いていた晏如あんじょ瑛明えいめい

 彼らは、西の市から出ようと、市の門に向かっていたのだが。

 門の近くで、人だかりができていたのだ。

寿嘉じゅか。あれは、何かしら?」

 美少女“りん”こと瑛明が、人だかりを指さす。

 いつも呼ばれている寿晏じゅあんではない、別の偽名で呼ばれた晏如は、さあ、と首を横にふった。

「僕にも、わかりません」

「そう。なら行ってみましょう!」

 ほら、行くわよ、寿嘉じゅか

 そんな風に号令をかけた瑛明が、人だかりの方へ一気に駆けだして行く。

「ああっ! ダメですよ、お嬢さま! ちょっと待ってください!」

 晏如は、あわてておてんばお嬢さま(瑛明)の後を追いかけた。

 人だかりの後ろの方まで来た瑛明は、

「ちょっとごめんなさい。ごめんなさいな」

 何かを見ている人と人の間をかき分けて、前のほうまで行ってしまう。

 晏如も、必死で瑛明の後を追う。

 人だかりの先で、晏如と瑛明が見たのは、とてもひどいものだった。

 何と、三人の身なりだけは良い男たち(おそらく貴族か、かなり裕福な商家の者だと思われる)が寄ってたかって、一人の男の子をいじめていたのだ。

 晏如は、急いで近くにいたおばあさんに事情をきいた。

「あのう…………。何があったのですか?」

「何があったもないよ。あの男の子が、お貴族さまの一人にぶつかってしまったのさ。それで、あんな風なことになってしまっているんだよ。そりゃあ……わたしだって、あの子を助けてやりたいのはやまやまだけど、相手が相手だからねぇ…………」

 そう、おばあさんが言った時だった。

「やめなさい!」

 突然、お嬢さまの格好をした瑛明が、男の子の前に飛び出したのだ。

「今すぐやめてちょうだい! なぜあなたたちは、この子にこのような真似をするの!」

「子どもは引っこんでいろ!」

 すかさず男の一人が怒鳴る。

「いいえ。そうはいかないわ」

 かわいい少女の格好をした瑛明が、少しもひるむことなく、彼らの方を見たからだろう。

 男の一人が、偉そうにこう言った。

「じゃあ特別に教えてやるよ。こいつが俺たちの上等なきぬを、よごしたのさ。泥だらけのきたない身体でな」

 そこまで言うと、三人の男は下司ゲスびた笑い声を上げた。

 そのどこまでもいやらしい笑い声に、晏如も目をひそめる。

 彼らの笑い声を止めたのは、瑛明の静かな声だった。

「――――やめなさい。あなたたちは、良いところの家の者でしょう? なら、おそらく身分も地位も、それなりにあるのでしょうね。しかし、そんな者こそ下々しもじもの者を護らねばならないというのに、なぜ、それをしないのです? 護ることのできる力を持っているのに、なぜ、それを他者をしたげるために使うのです?」

 飛び出した時とは打って変わって、瑛明はさとすように言う。

 そんな少女から感じる、いくら変装をしていても隠し切れない王者の風格に、男たちはたじろいだ。

 しばらく、男たちと瑛明のにらみ合いが続く。

 それを終わらせたのは、瑛明であった。

 彼は、深いため息をつくと、こう言った。

「…………いくらです?」

「はぁ?」

「だから、その衣の値段はいくらかと聞いているのです」

 瑛明は、あくまでも冷静だった。

「この子がよごした衣の値段と同じ額を、わたしが払いましょう。それで、ここは引き下がりなさい」

 どうやら瑛明は、取引をするようだ。

 ふところに入れていた財布を取り出し、中を開ける。

 ここで、気まずくなったのは、男たちの方だった。

 自分たちの周りを囲っている人だかり――――正確には、多くの野次馬たちは、少女の味方をするだろう。それは、どう見てもあきらかなことであった。

 このいまいましいガキ(男の子のこと)にぶつかられたのは事実だが、実際に衣がよごれるほどのものではなかった。

 周りの人々のけわしい視線に耐え切れなくなったのだろう。

 彼らは、「覚えていろよ!」という、いかにも悪役じみた言葉をはき捨てると、西の市の門の外へと行ってしまった。

 一人、また一人と、人だかりをつくっていた人々が、四方八方に散っていく。

 それを、何も言わずに見送った瑛明に、晏如は近づいた。

「申し訳ございません。お嬢さま。大丈夫ですか?」

 晏如は素直に、瑛明に頭を下げる。

「…………ええ。わたしは大丈夫よ。でも、この子の手当てをしてあげなくては」

 その言葉に、晏如はうなずいた。

「はい。ひとまず、道のすみの方へ移動しましょう」


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