美少女鈴の設定


 裏通りの一角で、月餅を食べている晏如あんじょ瑛明えいめい

 少女姿をしている瑛明は、月餅を片手に持ちながら、何やらブツブツとつぶいていた。

「いいか………ではなく、いい? じゅあ……これも違う。…………そうか。こうね」

 一人でブツクサ言っていた瑛明が、月餅をすべて食べ終わると。

 美少女“りん”の笑みを、晏如に向けた。

「いい、寿晏? わたしはね、お金持ちの商人のお嬢さま。名は、りん。あなたは父に仕える見習いさんで、名は寿嘉じゅかよ。いつも、家を抜け出すおてんばお嬢さまのわたしのお目付役。今日もおもしろいことを探しに、わたしは家を抜け出した。それを連れ戻しに来たけれど、なぜかそのままわたしのお供をしている。………これでいい?」

「……………………………………………………すごいですね。ここまで化けの皮が厚ければ、誰も、気が付かないでしょうね」

 いっそ感心するくらい、瑛明の演技はすごかった。

 声の出し方も、話しぶりも、首の角度まで、。本物の女の子そのものだ。

 ちなみに、今の瑛明は商家の良いところのお嬢さま、という格好をしている。 

 それに対し、晏如は珍しく元の性別の格好、つまり男装をしているのだ。さらに言うと、瑛明の変装・“美少女鈴”の設定に合わせるように、商家の下働きの少年がよく着ているような装いをしている。

 だから、瑛明の設定は、十分に通用しそうだった。 

 まあこれも、瑛明も晏如も、まだ声変わりがまったく来ていないから、できる演技だが。

「たぬきの七変化もなんとやらってこのことを言うのですね。おそらく」

 調子に乗った晏如は、言わなくてもいいほめ言葉を言う。

 それに、両目をつり上げた瑛明が、

「う、うるさいわ、寿嘉じゅか。お父様に言って、あなたのお給金、下げていただくわ」

 両手を腰に当て、かわいらしくおこる。

 この際だから、晏如も瑛明のおしばいに、とことん付き合ってあげることにした。

「ひどいですね。こんなに熱心に、お嬢さまと旦那さまにお仕えしているというのに。こんな孝行者のお給金を、下げるのですか?」

 ああ、なげかわしい…………。といった風に、月餅の入ったふくろ(あの後結局、瑛明に持たされた)と着替える前の衣が入った風呂敷包みを持っていない方の手で、出ていない涙をぬぐうフリをする。

 それを見た瑛明が、しばらくの間、晏如に背を向けた。壁に手を当てて、こみ上げてくる笑いを必死にこらえている。

 やがて、にどうにか戻れた瑛明が、晏如の方に向き直った。

「…………ふふふ。寿嘉、あなたおもしろいわね」

「…………おもしろい?」

「ええ。こんなにすぐ、私の調子についてくる人はいないわ」

 晏如は、思わず首をかしげた。

 おもしろ? 僕が? 君、お笑いの才能ないネ、と故郷で言われ続けたこの僕が? 

(というか、今までどんだけいろんな人に、無茶ぶりを要求してきたんですか…………)

 晏如は、何も言えなくなってしまった。

 しかし、すぐに我に返ると。

「それよりもいいんですか、いつまでもこんなところにいて」

 そう瑛明に問いかける。

 瑛明も、思い出したように、うなずいた。

「あっ、そうね。そろそろ行きましょう」


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