選択肢について


 晏如あんじょが、齋王さいおうとの初めての謁見をした日の夜。

 彼は瑛明えいめいにさそわれて、いつかの日のように、露台ろだいで月を眺めていた。



◆◇◆◇◆



「殿下」

 晏如は、自分の向かい側の席に座って琵琶をつま弾く瑛明に、声をかけた。

「うん? 何だ、寿晏じゅあん

 瑛明は、静かに問いかける。

「お昼にお会いしたあなたさまのお父君は、とてもお優しいお方でしたね」

 晏如は、瑛明の父である齋王のことを話題にした。

 実際、晏如が昼間会った齋王は、息子のことを気にかける、良き父に見えたからだ。

「ああ…………陛下のことか。そうだの…………。確かに、お優しいお方ではあるが、それだけではないぞ」

「えっ…………。それは、どういうことですか?」

 晏如は驚いたように、瑛明の顔を見つめた。

 そんな彼を見て、瑛明は少々あきれたように言う。

「陛下も、所詮は為政者だからの。龍国の政治の頂点に立つお方だ。だから、優しいだけではないし、それだけではやっていけぬ」

「それってどういう意味ですか…………?」

 晏如は、思わず身を乗り出して、聞いていた。

 それに、瑛明はあくまでも淡々と答える。

「つまり、時には非情にならねばならぬということだ。もし、一を犠牲にして、百を、千を救えるのなら、迷わずそれを行うように命ぜねばならぬ。その一が、たとえわたしだったとしても」

「そ、そんなぁ……………………」

 それはあまりにも重い話で、晏如は絶句するしかなかった。

「当たり前だ。何か大きなものを得ようとする時に、何かを犠牲にしなくてはならないのは。すべてを得て、すべてを救いたいというは、もしもの時には何の役にも立たぬ。このことは、たとえ政治でなくても、当てはまることだの」

 いつのまにか、琵琶の音が途絶えていた。

 瑛明は琵琶を抱えたまま、少しも動かない。

 二人の間に、重い沈黙が流れた。

 瑛明が、その沈黙をやぶるように、おもむろに話し出した。

「…………人生は、選択だ。人間はみな、人生という旅をしておる」

「旅……ですか?」

 いきなり変わった話に、晏如は首をかしげる。

「ああ。旅だ。旅をして道を歩いていると、たまに分かれ道に出会ったりするだろう? その時、旅人はいずれかの道を選ぶ。それから、旅人が選んだ道を行くと、今度は別の道も見えてきた。そうしたら、また旅人は選ぶ…………という風にの」

 晏如は考えた。

 分かれ道を選ぶという行いは、自分の人生を選択をするという

ことと同じだ。

 それは裏を返せば、一つの道を選んだら、別の道は(少なくともその時点では)あきらめなくてはならないということ。

 つまり、欲しいものを、すべてを得ることはできない、ということか。 

「…………わかりました。確かに、殿下のおっしゃる通りかもしれませんね」

 晏如は、よく考えたうえで、そう言った。

 瑛明は、手に持っていた湯のみを、机の上に置く。

「まあ…………そういうことだ。とは言っても、今のわたしには、それほど選択肢があるわけではないがの。わたしもまだ子どもだから、大人の言うことはある程度は聞かなくてはなるまい」

 そう言うと、また別のことを瑛明は、語りだした。


 

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