いきなりの無理難題


 さすがはこの国の国主こくしゅ(君主のこと)一族の邸宅ていたく

 湯殿も、すごかった。

 湯殿の壁や柱には、龍国では高級資材の一つであるりょく郡産と思われる最高級のひのきが、惜しげも無く使われている。そこには、これもまた見事な彫刻がほどこされていた。

 それに。

(広い………。ひ、広すぎる…………)

 そう。とにかく広すぎるのだ。

 湯殿だけで、晏如の家半分はあるように思える。間違いなく。

 実は晏如は、ここに来る前、茶郡さぐんの郡都にある本家に数日ほど泊まらせてもらった(晏如の実兄・澪駿れいしゅんは、茶本家に養子入りしたからだ)。

 もちろんそこで、貴族邸宅の湯殿がどのようなものか知ったのだが、その認識はあっけなく崩れた。

 それは、一度しっかり考えたらすぐわかることかもしれない。

 つまり、一方(茶本家)は地方の一貴族だが、もう一方(齋王家)は国一番の一族だ。…………比べるほうが、間違いだった。

 通常なら湯殿には似合わない(と思われる)豪華さに、だんだん慣れてきた晏如は、きぬを脱いで浴室に入った。(………………。なんとなく、みそぎをする場のような感じだな…………)

 そんな、静かで厳かな雰囲気がそこには流れていた。

 だから、と言ってもあれだが。

 晏如の気分は、まったく落ち着くことを知らない。とりあえず、身体と髪を洗って、湯船に浸かってみる。

(…………なるほどね)

 確かに、瑛明殿下がおっしゃったように、良い湯であることは、間違いなかった。

 しばらく、ゆっくりお湯に浸かり、筋肉をもみほぐしていく。

 何とかだが、やっと一息、つくことができた。



◆◇◆◇◆



「はぁ~、すっきりした、すっきりした」

 湯から上がった晏如は、そう言いながら手拭いで身体を拭く。

 それから、着替えを入れておいた葛籠つづら(かごのこと)の中をのぞいた後。

 ふと首を傾げた。

「ん? なんだ……………コレ?」

 おかしいな、ちゃんと着替えは持ってきたはずなのに。のぼせて頭でもおかしくなったかな?

 思わず晏如は自分の目を疑った。数拍ほど思考が停止する。

 それから、何かを見てしまった人のように、葛籠にふたをした。

(ええっと……、これはなんだろう?)

 もう一度、自分自身に問いかける。自分は正気であるのか、と。

 この時の晏如には、湯上がりの気持ち良さなど、とっくになくなっていた。

 意を決して深呼吸した後、再び葛籠のふたを開ける。

 しかし、現実は変わらずにそこにあった。

「嘘だろ…………」

 思わず晏如は、ヒキガエルがつぶれたようなうめき声を上げた。

 それから、がっくりと大きく肩を下ろす。

 そこには――――なんと、女官のお仕着しぎせ(制服のこと)が入っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る