6「Deadpan daughter」
いつものお部屋。
お父様が立つ。
男が微笑む。
知らない人。
覚えていない。
いつも、何も知らない。
知らないから、お人形。
知らなくて良いの。
可愛い、可愛いお人形。
交渉がどうだとか。
知らない。
条件がどうだとか。
知らない。
お人形だから。
皆のお人形。
お父様にも。
知らない人にも。
私は皆のお人形。
会話をしている。
私は頷かない。
私に向けられていない。
男が体に触れる。
知らない。
お人形は怒らない。
何か言った。
お人形は喜ばない。
知らない。
お人形は笑わない。
男が丁寧に撫でる。
お人形は泣かない。
知らない。
父親と男と車に乗る。
彼女は助手席。
男は後部座席。
父親は運転席。
発進。
行き先は決定済み。
昨日の繰り返し。
機能の焼き増し。
いつもと同じ。
希望は求めず。
絶望は知らず。
渇望は見えず。
失望は聞こえず。
過去はなく。
現在はなく。
未来はなく。
何もない。
いつもと同じ。
繰り返し繰り返し。
ぐるぐる回る。
スタートはゴールに。
ゴールはスタートに。
リピート。
コーダ。
ダルセーニョ。
無音の音楽が続く。
心は凍結。
体は氷結。
だから、大丈夫。
私はお人形。
ネジは巻かれるだけ。
ずっとずっと、ネジをぐるぐる。
『君は、生きている』
少年の声が響いた。
私は、お人形。
『生きているよ』
アラームが鳴り響き、目を覚ます時間。
私は、お人形?
夢から醒める時間。
長い、長い夢から。
私のネジを回しているのは誰?
あれ、おかしい。
おかしい。
可笑しい。
後部座席から、男の手が伸びる。
気持ち悪い。
男の手が首筋に触れる。
気持ち悪い。
何か囁く。
気持ち悪い。
男の手がするり。
気持ち悪い。
胸元で動く指。
気持ち悪い。
どうして?
質問は唐突で。
運転席の男を見る。
どうして?
疑問は必然で。
お父様。
どうして?
回答は無言で。
私は。
どうして?
解答は欠落で。
お父様の。
どうして?
人形ですか?
男は答えない。
ぐるぐる。
声は出ない。
荒い息が聞こえる。
吐き気がする。
声なんて出ない。
吐きそうだから。
『ネジの巻き方を知らないだけ』
少年の言葉。
急いで。
ネジを巻かなくちゃ。
ネジはどこ?
探す。
私のネジ。
背中?
手が、届かない?
諦める?
ダメ。
ネジを探さなくちゃ。
もっと。
ネジを見つけなくちゃ。
きっと。
ネジを巻かなくちゃ。
あ。
視線を固定させる。
こんなところにネジが。
ネジみっけ。
嬉しい。
やっと。
巻ける。
巻かなくちゃ。
いっぱい、いっぱい、巻かなくちゃ。
彼女は、突然に、極々当たり前に、運転席に体を傾け、ハンドルを掴んで左に回した。
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