第13話 イケメンと運動神経は繋がらない

結局、ドッジボールは一回戦敗退ということで私とノリちゃんはコートを去っていく。途中で紺谷さんに「勝負は」と聞くと「あー、ナシね、ナシ」という事だった。

よ、良かった……助かった……。奴隷になるのは怖いし、人を奴隷にするのも怖いしね!

まぁレオン様の奴隷にならなってもいいよ!


「あれ? そういやレンっちは?」

「ああ、夜野なら二回戦があるからって体育館に戻ったよ」

「そうでしたか。残念でしたね桃子さん」

「え!? なんで!?」

「あら? 少し残念そうに見えたのですけど……」


頬に手を当てて、ノリちゃんははて? というように首を傾げた。

まぁ確かにドッジの応援してもらってたし、お礼は言いたかったけれど。


「俺、試合まで時間あるし夜野の方、見に行ってみるか?」

「いいですわね、行きましょう!」

「うん!」

「だから桃子さん早いですー!!」


試合が始まってしまうと思うと、私はもう駆け出していた。

どうしてだろう、一秒でも早くレンっちを見たいと思ってしまった。

ま、まぁ私も最初から応援してもらってたし!

こっちも最初から応援するのが礼儀だよね? うん、きっとそう。


「はじめ!」


体育館に入るとまさに試合が始まろうとしていた。レンっちの姿を探すと、コート内の向かって右側、最前列に立っていた。周囲の男子と比べると明らかに背が高い。ジャージの袖をまくりあげて膝を少し曲げ、いつボールが飛んできてもいいように体制を整えている。


「レン君頑張ってー!」

「夜野くん!」


コートの周囲を、おそらくレンっちのファンの子たちが囲むように立っている。

流石イケメン四天王の頂点。チャームポイントは泣きボクロの国王もびっくりだね!

そんな輪の中に入る勇気もない私は、仕方なく後ろの方で観戦することにした。

試合は接戦を繰り広げる。ボールをはじく音、シューズが床を擦る音、湧き上がる声援。すべてが混じりあい、体育館は熱気が籠っていた。


「うおりゃああ!!」

「させるかぁっ!」


 球技大会では、所属する部活の種目には出場できないため、秀でた選手はいない。言ってしまえば実力差がほとんど出ないはずなのだ。誰か一人が大活躍するといったようなことも起きない。


「うむ、止めてみせるぞ!」


 聞き慣れた声が耳に入ったと思ったら、レンっちはぐぐっと体を沈ませて思い切り飛び跳ねた。すらりと長い手を上に突き上げ、ブロックに入る。

 これは、絶対にブロックできる! 誰もがそう思っていた。


「ぐあっ!」

「へ?」


 一体何が起きたというのか。レンっちの手のひらでブロックされるべきボールが急にコース変更したのか? はたまたレンっちが飛びすぎたのか……。

 ボールはものすごい勢いで、レンっちの顔面に突っ込んできた。しゃがみこみ、レンっちは顔を抑える。

 一瞬、体育館の気温が少し下がったように感じる。

 もしや、さっきの紺谷さんのようなことが?!


「うわ、わりぃ夜野!!」

「夜野大丈夫か!?」


 レンっちの顔面にボールを当ててしまった相手クラスの男子は、ネットをくぐり抜けて駆け寄ってくる。慌てた様子からして、わざとではないことは十分わかる。


「ちょっと! 大事な顔に何すんのよ!」

「サイッテー!!」

「レン君なら受け止められると思ったのになー」

「なんか夜野君、あんま活躍しないねー」


 うん。わざとじゃないんだけどね! レンっちのファンは怖いです。男の子に敵意むき出しでぎゃあぎゃあ騒ぐ。まぁ、分からなくもない。あの綺麗な顔に傷がつくのは確かにファンからしたらとんでもないことだと思う。同時に、上手く避けきれなかったレンっちの姿に少しがっかりした子もいるようだった。いやいやあれは避けられないと思う……。レンっち瞬間移動できると思われてるのかな?

 肝心なレンっちはというと、しばらくうずくまっていかけれどすぐに立ち上がった。


「うむ! 強烈なスパイクだった! 負けていられないな!」


 ……どうやら平気みたいだ。少し顔が赤いものの、いつものように笑顔を浮かべており、何なら勝負精神にも火が付いたようで。


「やだー、顔赤くなっちゃってるう」

「大丈夫かな!? 終わったら冷やすもの持っていこうかな!?」


 これが、気遣いという名の女子力!!

 ファンの子たちは、次顔に当てたら許さないと相手クラスに目で訴えながら、赤くなっているレンっちの顔の心配をしている。

 その後、ファンの願いが通じたのか顔に当たることなく、試合が続く。

 あと一点。一点取ればレンっちのクラスの勝利。


「頑張ってー!」


 黄色い声がやむことはない。レンっちの人気を目の当たりにしつつ、壁に寄りかかり、どうか勝てますようにと心の中で願う。


「桃子も、声に出して応援してあげたら?」

「え?」

「そうですよ! 夜野君、喜ぶと思いますよ!」


 二人がそう言うので、頑張れと言おうとするも声が出ない。

 昔のことを、また思い出してしまった。運動会のリレーでで、好きな男の子を応援しようと思って声を出した瞬間、男の子が転んだこと。そのあと、転んだのはお前のせいだと責められたこと。

 あの日から、恋をしても思いを伝えられなくなったこと。


「桃子さん?」


 ノリちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。よっぽど悲壮感漂う顔をしていたのか、ノリちゃんは優しく私の手を握りしめてくれた。


「大丈夫だって。一番大きな声出してやれ。夜野は絶対嬉しいって思うからさ」


 続いて葵君が、私の頭をポンポンと優しく叩く。

 本当に、応援しても大丈夫なのかな。

 あの時みたいに、また……。


「あ、ほらチャンスボールだぞ!」

「桃子さん、声かけてあげてください!」


 前を向くと、相手チームが大きく返したボールがゆるやかにレンっちたちのコートに入ってきていた。一人が打って高く上げて前の方へ押しやる。そして、もう一人がさ同じように受けてさらにコート際までボールを押しやる。


「夜野、行け!」

「これで俺らの勝ちだ!」


 言葉に押され、レンっちは再び体を沈めて高く飛び跳ねる。先ほどよりも明らかに高く飛んでいる。

 自然と、ノリちゃんの手に力が入って来たのを感じた。

 葵君の手が、少し震えているのを感じた。

 今だ、今しかない。


「れ、レンっち頑張ってー!!」


 どもってしまったけれど、出来るだけ大きな声で、レンっちの耳に届くように声を張り上げた。突然後ろから聞こえた声に、ぎょっとした顔で振り向く女子たちを見て、しまったと思った。

 けれど。


「うむ! 決めてやるぞ!」


 ボールは今度こそレンっちの手のひらに当たり、そして激しい音とともに相手コートに叩きつけられた。


「試合終了!」


 ドンっと着地したレンっちに、クラスメイト達が笑顔で駆け寄る。そして肩を抱き合って喜んでいるのが見えた。


「桃子のお陰だな」

「ですね」

「え? いやいやそんなこと!」

「さっき聞いたんだけどさ、夜野のやつ……ぷぷっ」


 一人で思い出し笑いする葵君。私とノリちゃんがどうしたのと急かすと、肩を震わせながらも葵君はつづけた。


「一回戦の時、ほっとんどスパイク決められなかったらしいぞ」

「え……」


 絶句していると、不意に視線を感じた。

 振り向くと、こちらに手を振っているレンっちの姿が見えた。


「勝ったぞ! ピーコちゃん!」


 その先には、笑顔で手を振るレンっちの姿があった。

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