第9話 祝 ニックネーム決定
昨日と同じく、朝練を終えた夜野君に声をかけられる。元気な挨拶を聞くとすっきりと目が覚めるような気がする。
「ほ、本当にそれでいいのか?」
「いい! オッケー! むしろお願いします!」
「そ、そうか。ではピーコちゃんと呼ぼう」
ああ、ちゃんを付けると急にこども向けアニメに出てきそうな感じになるね。多分ヒヨコ。二人だけのニックネームということで必然的に声のトーンを下げ、頭を寄せ合う形で話すことになる。ち、近いな顔が。イケメン眩しい。スナコちゃんの気持ちがよくわかる。こんなイケメンが四人も同居なんて心臓がもたない。
「そして、俺の方なんだが……」
こほん、と咳払いをする夜野君を見てごくりと唾を飲み込む。少々ふざけたニックネームも書いてしまったことを今更後悔する。いや真剣に書いたもののほうが多いよ?
「……レンっちがいい」
ん? レンチ? 工具の?
やっぱりレン様は却下かー、そりゃそうだよね。どっちかというと某姫カットの御曹司タイプだよね。あくまで口調的にだけど。
「えと……本当にそれでいいの?」
「い、いや! なんかこう、工具みたいになってしまうが何というか……ほ、ほら! 何々っちとつくとたまごっちみたいでかわいいというか」
両手で赤くなっている顔を仰ぎながら少し早口で夜野君が言う。
確かにたまごっち意識してそのニックネームは考えたよ! もしかしてエスパーなの?
昨日の手まねきが可愛くて、そんな夜野君にはかわいいニックネームがいいかもしれないと思って考えたのがレンっち。ちなみに発音はまめっちと同じでお願いします。
「じゃ、じゃあレンっちって呼ばせてもらうね」
「う、うむ。俺も今後ピーコちゃんと呼ばせてもらう」
どう考えてもふざけたニックネーム同士で呼び合うことになったけれど、なぜかそれでもいいと思った。
「ではピーコちゃん! また昼休みに会おう!」
「う、うん!」
夜野君と別れ、教室に向かう。朝の会の最中、こっそりニックネーム表を取り出し、ピーコの欄に赤ペンで丸をつけた。
モジョ子以外の、新しいニックネーム。夜野君……じゃないレンっちからだけ呼ばれる特別なニックネーム。
「うはぁ! 何これドリーム小説か!? ニックネームを入力してくださいってやつ!?」
「朝倉さん、うるさいですよ!」
「あ、すいません」
うわー恥ずかしい。朝っぱらから先生に怒られるなんて。後ろの方からはクスクスと笑い声が聞こえてくる。あとドン引きしてる声も。担任はイライラを引きずったまま話を進めていく。
「再来週、球技大会がありますのでどの種目に出るかを今週水曜日までに決めておくこと。棄権は認めません」
棄権は認めないという言葉に、一部女子からブーイングが起きる。だるい、めんどい、日焼けしちゃうなど理由は様々なようだ。
逆に男子は燃えているようだけど。
「ではこれで朝の会を終わります」
結局、担任の機嫌は直らないまま朝の会は終わった。なんか、ごめんなさい。たくさん糖分とってリフレッシュしてもらえたら幸いです。
「桃子、ノリ、何出るー?」
「私、運動は苦手なのですが……はあ」
「大丈夫だよノリちゃん! あ、私はドッジかなー」
「はあー!? モジョ子がドッジとかありえないんですけどー!」
「!?」
急に後ろから声が聞こえてきたので、びくっと肩が震えた。恐る恐る振り向くとそこには……ああ、やっぱり貴方でしたか。
クラスカーストNo.1の紺谷雪乃。意志が強そうな大きな瞳に、少しブリーチされた長い髪。ほどよくグロスが塗られてぷっくりした不機嫌そうな唇。少し緩く着崩された制服。腕には可愛らしいシュシュがつけられている。
腕組みをしてこちらを見る姿は、誰が見てもカーストNo.1にふさわしい女子高生。もはや女帝。
「ありえなくない? あたしもドッジなんだけど。足ひっぱんないでよね」
「あ? てめーこそ足引っ張んなよ。見るからに運動できなさそうじゃん」
「なっ! 出たわね、男女!」
「あ、葵君」
言い返せない私に代わって、葵君はいつも言い返してくれる。それがなんだか申し訳なくて、自分で言い返せない自分が情けなくてたまらなくなる。
「何よモジョ子だって運動神経悪そうじゃない!」
紺谷さんはその大きな猫目で私をキッと睨む。今日も化粧はバッチリのようでまつ毛がくるんと上を向いていた。何時起きなのだろう、毛先も綺麗にカールされている。
まさに女子力の塊。私は煩悩の塊。
「あ?」
葵君の睨みの方が迫力があるらしく、紺谷さんが若干怯む。後ろに下がった拍子に短すぎるチェックのスカートがひらりと揺れた。パンツ見えちゃうんじゃないかな……。ほら、男子が見てますよ!
「じゃあ当日勝負しない? 先にアウトになった方が負けってことで! 一日奴隷してもらうから」
奴隷って、そんなバカな。
異議あり!と聞こえてきそうな勢いで、紺谷さんが私をびしっと指差して宣戦布告をしてくる。
「おう! 望むところだ! な、桃子!」
「お、おう!」
だからその場のノリで返事をするなとあれほど。
葵君の勢いに乗せられてつい拳を作ってまでノッてしまった。残念ながら私のスカート丈は膝丈なのでパンツは見えません。そもそも私のパンツに需要はない。
「心配すんな。あんなやつに負ける気がしねえよ」
「うん、勝負するの私なんだけどね」
「桃子さん、頑張ってくださいね!」
応援されたからには頑張らなきゃと思うんだけど負け濃厚じゃない? どうすればいいの?
どう見ても私の方が運動神経悪い気がする。足の速さは負けないけどさ。
「そうかピーコちゃんはドッジに出るのか!」
「ん? ピーコちゃんてなんだ?」
「これは俺と朝倉さんだけの呼び名だ!」
「そんな名前のファッションチェックする方がいましたよね」
うん、ノリちゃん正解。
とりあえず、夜野君は悪気があってそのニックネームで呼んでいるんじゃなく、私が頼み込んでそうしてもらったことと、私は私でレンっちと呼ぶことになったことを説明する。
「へえー、なんかかわいいな」
「うむ! ピーコちゃんはかわいい!」
「いや、あんたもだよ夜野」
「なっ! 俺もだと!?」
「ふふ、微笑ましいですね」
二人はニコニコしながら私とレンっちの顔を交互に見る。てか今レンっち、私のことかわいいって言った? 空耳かな。空耳だよね、多分。
「そういえば、夜野君はもう何に出るか決めたんですか?」
「うむ、俺はバレーボールに出ることにした。なので残念ながらドッジとは違って体育館なのだが」
レンっちががっくりと肩を下す。180センチはあろうレンっちならバレーボール似合ってると思う。強力なスパイクを決めてくれそう。当たるとすごく痛そうだ。
「いやしかし、体育館から応援してるぞ!」
「あ、ありがとう。わ、私も外から応援してるね!」
「うむ! ピーコちゃんが応援してくれるなら頑張らねば!」
よしっと意気込むレンっち。
しかし私の方はといえば、紺谷さんとの勝負がかかっているので憂鬱だ。
ほ、ほんとに勝てる気がしない……。
「ピーコちゃん、ドッジ頑張ってくれ!」
「う、うん!」
そんな爽やかな笑顔で言われたら、頑張るしかない気がしてきた。
や、やるぞー!
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