第8話 朝倉家の食卓!

「ピーチ姫!? ピチコ!? ピーコとか何事!?」


ネックネーム候補表を持ち帰って家で眺めていると、あることに気づく。

夜野君、どうも本名である桃子の、桃に着目して更に英語でピーチに置き換えたニックネームにしたいらしい。その中には毎回攫われる姫や双子のファッショッンチェックしてる方の人の名前まで書かれてる。

え、もしやふざけてる?

いや、私も結構ふざけてるかもしれない。レン様とか書いてるし。ドキドキが数千パーセント単位で上がって遂にはレジェンドスターになりそうだけども!少なくとも夜野君は女子に向かってレディとは言わない。


「何ニヤニヤしてんだよ、モジョ子」

「うっひゃああい!!」


突然声をかけられてヘンテコな声が出てしまった。その声に驚いたのか、弟の裕太もうわっ!と短い悲鳴をあげる。


「部屋入る時はノックしてよね!」

「いや、開けっぱなしだったし」


そうなの? ごめんね、お姉ちゃんドジっ子だから。てへっ☆


「そのポーズやめろ。きついし可愛くないキモいぞ」

「そこまで言わなくてもいいじゃん!」


全く……と言うようにとうとう裕太が頭を抱え出したので、さっと右手を下ろす。野球少年らしい坊主頭をガリガリ掻きながら、ふぅっとため息をつく。


「今日、母さんたち遅くなるってさ」

「そうなの? じゃあ何か適当に作ろうか。裕太、何か食べたいものある?」

「肉ならなんでもいい」

「大雑把だなー」


肉ねえ。冷蔵庫にピーマンと筍があったから青椒肉絲でも作ろうかな? クッ◯ドゥーないからタレは自分で作ることになるけど。


「じゃあ用意しちゃうから先にお風呂入っちゃえば?」

「ん、わかった」


裕太はくるっと踵を返して下に降りていく。それを追うように私も下に降りてキッチンに入った。冷蔵庫から野菜を取り出して軽く水洗いし、まな板にのせて切っていく。


「うーん、ピーチピーチ言ってたら食べたくなってきたぞ、ピーチ」


切っているのはピーマンなのに、桃のこと考えているとかなかなかカオス。そうだ、明日コンビニでヨーグルトピーチでも買おう。

材料を切り終え、タレ作りに入る。料理好きなお母さんのおかげで我が家の調味料はかなり充実していると思う。それこそ調味料だけならMOCO's キ◯チン並みのラインナップ。

野菜を炒め、タレを投入し絡めていると裕太がバスタオルで頭をガシガシしながらリビングにやってきた。『2組こそ至高』と書かれたTシャツは、去年の文化祭の記念にとクラスで作ったものらしい。下は黒のジャージをはいている。


「美味そうなにおい!」

「青椒肉絲にしたよ」

「おお! ほんと、昔から料理だけは上手いんだよなー」


だけとはなんだ! お姉ちゃん、乙女ゲーもパターン読み取って攻略本なしでほぼ完璧にクリアできるよ?

まぁでも裕太なりに褒めてくれているようなので少し嬉しい。


「いっただきまーす!」

「いただきます」


そんな慌てなくても……と言いたくなるほどの勢いでお茶碗片手に裕太が青椒肉絲をさらっていく。厳しい部活練習でよほどお腹が空いていたのだろう。

ふと、裕太の食べる姿を見て昼休みの夜野君を思い出した。


「そういやさあ」

「ん? ソイヤサー?」


何をいきなりお祭りモードなの?


「いや、ソイヤサーじゃなくて。そういやさあ、モジョ子は何で部活入ってねえの?」

「なにを突然……だって強制でもないし、あまり惹かれる部活もないというか」


そりゃ運動神経が良ければテニス部で破滅への輪舞曲打ったり、ソフトボール部でギロチンしてみたりしたいし、絵の才能があれば漫画研究部で二次創作してコミケに応募してみたりしたかったけどね。


「料理部とかは? モジョ子の高校あるんだろ?」

「あるけど別に趣味なわけじゃないしなぁ……」

「はー!? もったいねー!」

「ちょっと、ご飯飛ばさないで!」


んもう、しょうがない子ね! 裕太はそのまま一気にご飯をかっ込み、箸を置いてごちそうさまのポーズをする。あ、もう肉だけほとんどないじゃん!


「料理できるアピールすりゃいいのに。そしたらモジョ子からモショ子くらいにはなるんじゃないの?」

「え? 何その進化系的なやつ」


で、何段階まで進化は続くのかな?


「そういうの大事だよ。んじゃ、俺部屋に戻るから」

「大事ってなに……ってお皿くらい洗ってよね!」

「ちっちゃいことは気にすんな!」


腕を曲げてワクワクと言った動作をし始める。懐かしいね、そのネタ……。

呆れている隙に裕太はリビングを出て二階に上がってしまったので、仕方なく後片付けをする。うん、我ながら今日の青椒肉絲はなかなかの出来だった。自分流のタレだったから不安だったけど、裕太がたくさん食べてくれたので成功と言っていいはず。


「さて……」


お皿を洗い終え、私も自室に戻り再びニックネーム表と対峙する。ほんと、どうしようどれがいいのかな。夜野君のオススメはなんなんだろう。

じーっと穴が開くほど紙を見つめていると、ふと消しゴムで消された文字列が目に入った。

更に目を凝らして、薄くなってしまっている文字を読み取る。


ーーいつかは桃子って呼びたい!


「ふぁ!?」


またしてもヘンテコな声が出る。

消されているのは夜野君が自分で考えて、自分でボツにしたニックネームだと思っていたのに。

まさか、そんな願い事みたいなことを……きっと慌てて消したんだろうな。


「もうピーコでいいよ!うん、ピーコって呼んでもらおう!」


二次元彼氏に名前を呼ばれるのは慣れている。ごく稀にふざけてその当時流行ってる女優の名前とかでやる時もあるけど。

でも、弟を除いて三次元の男の子に名前で呼んでもらったことは一度もない。

だから、うん。多分呼ばれたら恥ずかしくて死にます。

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