第10話 望月葵というイケメン女子
あっという間に球技大会の日を迎えてしまった。素晴らしいほどの晴天。これが五月晴れというものなのかな。とりあえず役に立つかもしれないということでスプリットステップは何回か練習した。瞬間移動が出来ればいいんだけどなあ。残念ながら私、普通の地球人だしね……。
「せいぜい恥晒してねー」
「お、おす!」
「いや、押忍!じゃねーよ桃子」
「頑張りましょうね!」
うちの学校のジャージは果てしなくダサい。男子は黒だからまだいい。でもね、女子はなんだか色あせた赤色だから。
「ぷっ、あの着方はないわー」
遠くでクラスメイトが私を指さし笑っている。仕方ないじゃん! 少しでも動きやすいようにチャックは全閉めしないと! 足元や胸元がヒラヒラしちゃうのはどうも苦手。足引っ張るなって言われてるし見栄えより動きやすさを重視させてもらいます。
笑っているクラスメイトたちはみんなチャックは全開で、ジャージのズボンはくるくると膝上まで折っている。てか、何人かルーズソックスっていうダボダボのやつ履いてるけどそれ流行ったのって20年くらい前って聞いたような。私達生まれてないぞ。
「おーい! ピーコちゃーん!」
「なっ!? れ、レンっち!?」
大きな声でピーコちゃーんと呼ばれ、体育館の方を見やると、窓から身を乗り出して大きく両手を振っているレンっちの姿があった。
「頑張ってくれよー!」
「うーん! レンっちもねー!」
ありったけの声を出しながら、校庭と体育館で会話する。その様子を見る周囲の目の冷たいこと冷たいこと。みんな氷属性ですか?
レンっちはうむ! と頷くと体育館の奥へと消えていった。どうやらバレーボールの試合が始まるようだ。
「俺もソフト始まるしそろそろ行くわ」
「あ、じゃあ時間あるし応援しにいくよ」
「そうですね。行きましょう」
よっこいしょ、と重い腰とお尻をあげ、砂を払う。ええい、邪魔な脂肪だ。消し去ってやりたい。
「そういや葵君のポジションは?」
「んー? ピッチャーだよ」
「流石……ですね」
葵君といえばラノベ、ラノベといえば葵君と言うほど普段は静かに本を読んでいるイメージだけれど、運動神経は抜群にいい。本人曰く、運動神経が良くないと互角に戦えないとか。もちろん相手はお兄さんたち。
いつもは私達を気持ち悪いだとか、おかしいだとか言うクラスメイトたちも葵君の運動神経の良さは認めている。だからこそピッチャーという大役を任せたのだろう。
「プレイボール!」
ホイッスルが鳴り、試合が始まる。うちのクラスは先攻だ。第一打者がバッターボックスに入る。あまりやる気がないのかだらだらと歩いていて、先生に早くと急かされていた。
「ストライーク!」
「ストライーク!」
「ストライーク! バッターアウト!」
バットはボールにかすりもしなかった。いやその前にバットを振ってすらいない。アウトになると、ホッとしたようにバッターの女の子はスタスタと退場していく。入る時より歩くのが早い。
「だるーい! 早く終わらないかなー」
そんなことを言いながらぽすんっと地面に腰を下ろしていた。
そのあともストライクが続き、あっという間にチェンジ。残念ながらここでは葵君まで打順が回ってくることはなかった。
「はあ、やる気なさすぎだろみんな」
呆れた様子でグローブをはめて駆けていく。
なんでも全力投球な葵君からしたら、先ほどのクラスメイトの態度は快いものではなかっただろう。
「そんなに早く終わらせたいならーー叶えてやるよっ!」
ビュンッ! と風を切る音がしてボールはあっという間にキャッチャーの元へ届いた。相手のクラスの子たちは口をあんぐり開けている。
「ス、ストライク……」
審判役の先生ですら、コールが遅れる。
周囲がざわついていても、葵君は冷静だ。
「でも負けるのは癪だしなー。方法は一つしかないよな」
ストレートだのカーブだのを使い分けてあっという間に三者凡退に追いやると、試合を見ていた男子たちが盛り上がり出す。
「あの女子すげーな! 名前なんていうんだ!?」
「うちのマネージャーしてくんねーかな」
そんな男子たちを、他の女子が密かに睨みつけている。どうやら葵君に好意的な態度を見せるのが気にくわないらしい。
葵君が男ウケを狙ってるわけでもないし、多分男子も葵君のかっこよさに憧れているのであって恋愛に発展という感じではないような。
「おっ! 葵君さんからか!」
「れれれれれレンっち!? し、試合は!?」
「ん? 終わったぞ。無事勝利した」
「おめでとうございますー」
「うむうむ!」
トンッ、と両肩に重みを感じ振り向くと、ジャージ姿のレンっちが立っていた。レンっちの大きな手が乗っている肩に、自然と力が入ってしまう。私の手よりもずっと大きくて、ごつごつしている。触れたらきっと骨ばっていてがっちりしてるだろうな……って何を妄想してるんだ私は。マーラよ、去れ!
「む、肩が凝ってないか?」
「え!? いや、そんなことはないよ」
「どうも、硬い気がするぞ。勉強のしすぎか?」
首をひねるレンっち。いや、あなたのせいです。
そうか、と言ってやっと手が離れる。危ない危ないもう少しで肩が完全に石化するところだった。
相手側のピッチャーは、葵君を敬遠しているらしくなかなか投げようとしない。何度も地面を右足でジャリジャリさせ、ボールを軽く上に投げては受け止めるを繰り返す。
「……」
そんなピッチャーに対して葵君は何も言わず、ただひたすら投げられるのを待っていた。やがて覚悟を決めたのか、ピッチャーもじっと目の前の葵君を見据える。
そして、大きく振りかぶると勢いよくボールが手から発射された。
「うおりゃあああああああああ!!!!」
葵君はさっと片足を上げ、タイミングを図る。夜野君いわく、一本足打法という。ブオンッという轟音を立てながら葵君がバットをフルスイングすると、カキーン! と気持ちいい音が続いた。
「葵君すごいです!」
「見事なスイングだ! すごいな葵君さんは!」
「やだ葵君イケメン……」
ボールははるか後方へと飛んでいく。外野が追いかけるも間に合わず、ボールはそのまま地面に叩きつけられてバウンドしていく。
「望月ダッシュー!」
「いいぞいいぞ!」
「望月さんすごい!!」
男子はもちろん、先ほどまで葵君に対してライバル心を燃やしていた女子もキャーキャーと黄色い声をあげる。そりゃあれだけかっこいいところ見せられたら落ちてしまうのも無理はない。
もはや宝塚スターに近い存在と化した葵君は、余裕の笑みを浮かべてホームに帰ってきた。
「まずは一点か」
帰ってきた葵君の周りには、目をハートにさせた女子が群がっていた。もう今日のMVP決定だね。
葵君は、そこらの男子よりよっぽどかっこいいと思う。
「葵君ほんとにすごいです!」
「あれで帰宅部とは勿体無いくらいだな!」
「同性ファンがぐっと増えたね」
私達三人も、葵君のかっこよさについてきゃいきゃい語り合う。自分たちの友達が活躍するのを見るのはとても嬉しい。
「えー、ドッジボール開始五分前になりました。参加生徒はただちに……」
「あら、もうそんな時間?」
「最後まで葵君の活躍を見たかったです」
名残惜しいけれど、開始五分前なら仕方ない。私たちはまたよっこいしょと立ち上がり、ドッジボールのコートに向かうことにした。
「レンっちはどうするの?」
「そうだな、ソフトを見つつピーコちゃんたちのドッジボールも応援するぞ」
「まぁ、幸いドッジボールは向かいのグラウンドですしね」
「うむ! 頑張ってくれ!」
「……うん」
小さくガッツポーズをしてみせる。
できるだけ笑顔を作ってるつもりだけど、内心気が気でなかった。
いよいよ、始まるのだ。ドッジボールが。
スクールカーストNo.1女子との対決が。
普段なら負けてもいいと思うはずなのに、今回はそうも思えない。うまく説明はできないけれど、レンっちに、みっともないところを見られたくない気持ちがフツフツ沸いた。
やっぱり、瞬間移動身につけるべきだったなー。
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