14 思いがけない告白

 広場中央のレオナルト王の石像は、近くで見ると顔立ちは秀麗で、思いやりに満ちている。彼はローブを纏い、その右腕には杖が握られていた。

 威風堂々とした姿は歴代のどんな王にもない威厳があった。愛された王なのだなと思いながら像を見上げていると人がぶつかってきた。


「ひゃっ」


 ミアはよろけたが、ヘンリックが腕を掴んで支えてくれたので転ばずに済んだ。ぶつかった男は舌打ちをして「ぼうっとしてんじゃねえよ」と吐き捨てるようにして去っていく。


(あー、やっぱり人混みは苦手……)


 ごめんなさい、と謝ろうとしたら、ヘンリックが手おまえに差し出して遮った。

 そのまま凶悪なまなざしで男を睨みつけたかと思うと、男を追いかけようとしたのでおどろく。喧嘩など彼らしくないと思ったのだ。


(な、なに!?)


「だ、大丈夫だから!」


 ヘンリックのコートの裾を引っ張ったそのとき、彼の肩越しに見慣れた人影を見つけたミアは飛び上がりそうになる。


(うわああ! まずい!)


 フェリックスがいたのだ。

 彼の周りには人があまりいない、と思ったら、腕いっぱいに物を抱えているせいで悪目立ちしているのだと気づく。

 後ろには迷惑そうな顔のマティアス。大きいせいで人混みから頭一つ突き出している。さらに、


(え、頭から耳が生えている!?)


 ギョッとしてよく見ると、例のウサギが頭に乗っている。だがマティアスが大きすぎて近くからだと気づかないらしく、周囲の注意はフェリックスに集中している。


(ま、まさかあの腕の中のものって……)


 遠目に緑色のものに見えて思わずミアは顔を引きつらせた。

 思わず顔を伏せてしまうと、ヘンリックがぐるりと辺りを見回して「もう来たのか」と呟いた。

 そして急にミアの手を引っ張った。


(今はフェリックスから逃げないと!)


 ただならぬフェリックスの様子に焦るミアは、ヘンリックに従った。

 彼は駅を突っ切ると裏に広がる庭園へと入っていく。

 入り組んだ小道が迷路のように広がっている。道の脇にはハーブが植えられていたり、花が植えられている。それらにはうっすらと雪が積もっていたが、どこか学院の薬草園に似た雰囲気だった。

 そして露店などがないため広場ほどの混雑は見えなかった。

 ヘンリックは足早に小道を行く。そうしながら説明をくれた。


「ここは、レオナルト王が作った庭園だ。ルルディア姫のために」

「……」


 フェリックスを気にしながらも、何度目だろう、レオナルト王の名を聞くのは、とミアは驚く。王都にいてもあまりその名前は聞かないのに、この土地に来てからというもの、何度も耳にした。


「彼の王は愛する妻のために在位中ずっとノイ・エーラの平和利用を訴え続けたと言う。だがその想いは彼が亡くなると踏みにじられた。その踏みにじられた想いが、この地には染み付いているんだろうな」


 ヘンリックは話しながら歩き続ける。小道の両脇には背の低い植木の垣根が続いている。この道はどこに続いているのだろうか。


「おとぎばなしだって冬至の祭りだってそうだ。きっとレオナルト王の想いを消さないように作られた。力の使い方を問いかけるために。彼が愛のために知恵を絞ったことを思い出せ、二度と使い方を間違うなって」


 饒舌なヘンリックを不思議に思いながらミアはついていく。熱い言葉に耳を傾けないといけないと思うのに、フェリックスは気づいただろうか? と、うしろが気になってしまって話が半分くらい耳から溢れていく。

 庭園の奥に辿り着くと、やがてヘンリックは足を止めた。そこにはひっそりと石像が立っていた。それは広場の堂々としたレオナルト王とは違い、妻の前に跪き愛を乞うレオナルト王の像があった。


「きっと、僕たちが、レオナルト王の想いを引き継がないといけないんだ」


 王の手の上にはカエルがある。これは例の初期型ノイ・エーラなのだろうか。

 だとすると、ずいぶんとおとぎばなしに忠実な石像だが、ミアはメアリーの話を思い出して気まずくなる。


(い、いないよね?)


 キョロキョロと見回すがフェリックスの姿はない。庭園は広い。逃げ切れたのかもしれないとホッとしたときだった。ヘンリックがポケットから何かを取り出した。


「ミア。これを」


 それはガラス細工のブローチだった。だが、それが緑色の動物の形をしているのに気付いたミアは目を見開いた。


「え」

「僕たちは同じ視点から同じものを見ることができる。だから、ずっと互いに支え合えると思う」


 ヘンリックはいつも通りの顔で淡々と言った。

 だからミアは勘違いしそうになる。これからも一緒に研究を続けていこう、とそんな提案だと。

 だがヘンリックは今、ずっとと言ったし、なにより手の上のカエルがそれを否定している。


「え、うそ」


 一歩後ずさるとヘンリックは笑った。


「君って本当、鈍いよね。去年の冬至祭の時だって、フェリックスがせっかくデートに誘ったのに僕たちも誘っちゃうし」

「きょ、去年?」


 言われて思い返す。去年の冬至祭にはたしか、ミアたち四人はサナトリウムまで調査に行ったのだ。


(え、あれってもしかしてデートの誘いだったの!?)


 そういえばフェリックスが妙にガッカリしていたような……。一年越しで理解して愕然とする。全く気がつかなかった。


「だ、だけど、あれは計画書グランドプランのことで頭がいっぱいだっただけで! それどころじゃなかったし!」


 必死で言い訳するが、


「僕の家にもあっさりついてくるし、ね。警戒心が皆無」


 顔に急に血が集まるのがわかる。


「え、え、でも警戒もなにも……」


 混乱したミアは、思わずさらに後退ったが、後ろにはなぜか壁があった。垣根だろうか? と不思議に思ったとたん足元に何かが落ち、ミアの前に転がった。それはカエルの形をしたピアスだった。

 そして背中にあたるものは垣根にしては、ふんわりと温かい。


(え……?)


 恐る恐る後ろを振り向くと、息を上げたフェリックスがミアの目の前のヘンリックを睨み付けていた。


「抜け駆けする気か?」

「抜け駆けも何も、こういうのって早い者勝ちじゃないし、君に遠慮をする理由はどこにもない」


 ヘンリックは真っ直ぐにフェリックスを見つめている。フェリックスはぎり、と奥歯を噛み締めると、一歩足を踏み出してヘンリックの隣に立つ。そして、


「ミア。受け取るなら、これを」


 フェリックスは腕いっぱいのカエルを差し出した。

 ブローチにピアスにぬいぐるみまである。

 特に目に入ったのは一番上に乗ったカエルの置物。それは誰が作ったのか、サイズはもとより、肌の質感や金色の目はあまりにも精巧でリアル。今にも飛びついて来そうで、ぞわぞわと鳥肌が立つ。そしてミアは思い出す。


(そもそも、私、カエル、って……得意じゃない……)


 だけど、フェリックスの目は真剣そのもので、ミアの心臓は凄まじい勢いではねた。

 どくどくと身体中が脈打ちはじめる。

 手がミアの意思を無視してピクリと動く。


(だめ――だめ!)


 はっとしたミアが手を後ろに引っ込めた直後。

 一番上にあったカエルが飛び跳ね――ミアの頭の上に乗った。そしてゲコ、と鳴き声がしたあと、おでこにペトリ、とその小さな手が貼りつく。


「……え?」


 全員が目を丸くする中、ミアは声にならない悲鳴をあげる。そしてふ、と意識が遠くなるのがわかった。



 *



 屋敷に戻りながらフェリックスはぼやく。


「……ミアがカエルが嫌いとか、思いもしなかった」


 けが人の治療にもびくともしなかったし、肝も据わっているから、なぜか平気だと思い込んでいた。

 意外に女の子らしいところがある――などと言ったらきっと怒ってしまうだろうけれど。

 皆、だいたい同じ感想を抱いていたらしく、フェリックスをはじめ、ヘンリックまで拍子抜けしてしまっている。

 ちなみに倒れたミアはマティアスが丁重に運んでいる。フェリックスとヘンリックが自分が運ぶとどちらも譲らなかったため、間を取ることになったのだが、風の魔法を使ってミアに直接触れないようにしている。いざこざに巻き込まれたくないそうだ。

 交代しろ、と何度か目に念を込めたが無視された。


(……というか、ヘンリックには無理だろ)


 彼は非力なのだ。体格と力では負けない自信がある。……他の部分でかなり負けているが。


「ほんと君ってやつは……」


 やがてヘンリックが呆れた声を出した。それが自分に対する非難だとすぐにわかる。

 だがフェリックスだってさきほど起こったことが信じられなかった。


「なんで本物混ぜて持ってくるわけ」

「露店にカエル釣りがあったかも。逃げたのを間違って拾ってたのかも……」


 マティアスが申し訳なさそうに言った。


「カエル釣り!?」

「ほら、人だかりができてたところ」


 渋い顔をしたマティアスが今頃になって重要な情報を漏らす。だとするとマティアスにも責任がある。自覚があるのか、マティアスも気まずそうにしていた。


「今は冬だぞ!? 普通寝てるだろ!」

「冬眠セットと一緒に渡すようになってるけど、たまに間違って起きてくるやつもいる」


 ヘンリックがぼそっと言った。

 フェリックスは商人の肩に乗っていたカエルを思い出した。あれもそうなのだろうか。

 家の門扉をくぐったところでヘンリックがため息をついた。


「あーあ。まぁ、予想通りだけど。ミアはたいがい研究バカだし」


 おそらくはフェリックスと同じ気持ちなのだろう。きっと、伝えたかっただけ。想いを受け取ってもらうことは重要ではなかったのだ。

 だとしても。


「ほんと、おまえ、抜け駆けはやめろよ」


 親近感からか、喉の奥に引っかかっていた言葉が溢れる。ここで一言言わないと拗れるような予感があった。

 ミアのためには、チームの崩壊は避けなければならない。フェリックスだけでは目的の達成は程遠いのだ。

 ヘンリックはムッとした顔をする。


「なんで? 自分は好き勝手してるのに。僕だけ我慢するのって変だろ?」

「おまえだってミアの邪魔はしたくないだろ。……ミアにとってそういうのは重荷でしかない」


 困惑した顔を思い出す。予想通りの顔には前と同じ返事が書いてあった。


「君が言うなっていう感じだけど」


 ヘンリックがフェリックスの腕の中のカエルグッズを見て、あきれ返っている。

 自覚はあったのでフェリックスは反論を飲み込んだ。最初はプレゼントを渡すだけで我慢するつもりだったのに、ヘンリックに張り合ってついカッとなってしまった。

 しゅんと落ち込んでいると、ヘンリックは肩を竦めた後、渋々と言った様子で手を差し出した。

 フェリックスは黙ってその手を握る。

 それは一時休戦の約束だった。

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