13 カエルとキスと贈り物

 ヘンリックの家の執事によると、夕方になったらミアとヘンリックも祭りに行くということらしい。駅前広場で落ち合うのがいいでしょうと言われ、フェリックスとマティアスは駅前へと向かった。例のレオナルト王の石像が待ち合わせにはわかりやすいらしい。

 気合を入れたフェリックスはフロックコートにトップハットという出で立ちで出かけようとしたけれど、マティアスに目立つからやめろと阻止され、彼と同じくツイードのボウラーハットとラウンジスーツという出で立ちだ。

 広場へ向かう道は大混雑していた。放射状に延びる道はイゼア王都のキングストリートと同じくらいに広いのだが、両脇に露店が並んでいて、中央は馬車が行き交い、さらに見物客がごった返しているためなかなか前に進めない。

 しかもその露店で買い物客が立ち止まるので、さらに動けない。

 次第にイライラして来たフェリックスは、ふと露店を覗き込み瞬いた。とたん、眉間のシワが少し伸びる。


「カエルの置物ばかり……?」


 友人の少なかった彼は、よく虫やカエルたちと遊んでいた。父や兄は軟弱者だと蔑んだが、フェリックスは多分これからもそうだろう。

 それにしても精巧な作りだ。デフォルメされたものは多いが、中には今にも動き出しそうなものまである。

 思わずじっと見入っていると、


「そこのお兄さん、カエルのブローチはいかがかね」


 立ち並ぶ露店から声が飛ぶ。


「だけどそれって、女性向けだろ?」


 そう答えて足を進めたが、隣にもカエルの形をしたガラスのピアスがあるのを見て足が止まる。


「いやいや、今年の流行は髪飾りだよ!」


 客だと思われたのか、向かいの露店からも声が上がる。


「っていうかなんなの、ここまでカエルだらけにするとか。可愛いのはわかるけど」


 マティアスに話を振ると、「いや、一般的にはそれ可愛いとはいえないけど」と否定される。

 その声を拾った商人は笑った。

 なぜか肩にカエルを乗せている。置物にしては良くできていると思ったら動いた。本物だろうか。今の時期は冬眠中ではないのだろうか?

 じっと見つめていると商人は言った。


「あ、あんたよその人かい? 知らないのかい、レオナルト王とルルディア姫のおとぎばなしを。ほら――」


 正直に言うと祖先の馴れ初めなど気恥ずかしいだけだ。詳しく話される前に遮る。


「その話なら知ってる。だけどどうしてカエル?」

「レオナルト王が、カエルの形をしたノイ・エーラをルルディア姫にプレゼントしたっていう馴れ初めが元になった恋のお祭りだ」

「恋」


 フェリックスの耳がピクリと反応し、目が輝いた。


「以来、男がカエルの形をした贈り物を贈って、男を気に入ったらお返しに女がキスをくれるっていう慣しが残ってる」

「キス!?」


 フェリックスが目を剥いて身を乗り出すと、商人が顔を引きつらせて後ずさった。



 *



 数分後。フェリックスの腕の中には、カエルのブローチ、耳飾りに首飾り、髪飾り……と様々なカエルの形の宝飾品があった。

 ぽろぽろと溢れるので、マティアスが拾い上げては文句を言う。


「まじで買いすぎだ。必死すぎて引く! っていうか笑われてるぞ!」


 少女たちがたしかにフェリックスを見てひそひそと囁き合っては「せっかくかっこいいのに残念すぎる~」と笑っている。だがフェリックスは、誰にどう思われようと構わない。――ミア以外には、だが。


「仕方がないだろ。ミアがどれなら気に入ってくれるかわからないし」

「あのな。普通はカエルの形の宝飾品なんか身に付けないからな! どう考えても形式だけで、プレゼントをした男が気にいるか気に入らないかがメインのお祭りだろ。なのにこんなに張り切ってどうするんだ。まんまといいカモになっちまって……」


 それはちょっとだけ反省した。商人の懐を温める年末商戦に乗っかってしまったという後悔はあった。みんな寄ってたかってあれもこれもと勧めてきたのだ。そして言われるがままに全て買ってしまった。


「だいたい、いくら頑張ってもミアは受け取らないだろ」

「わかってる」

「いや、わかってないな。ミアはカエルは受け取っても、あんたの気持ちは受け取らない」


 たしかにミアはカエルの意味を知らなかったら受け取ってくれるように思えた。フェリックスの気持ちのこもらない、単なるカエルのおもちゃとして。

 だが、カエルの意味を知っていたら――。

 フェリックスは想像してみる。すると眼裏にはミアのすごく困った顔が浮かんだ。


『ごめんなさい』


 耳に彼女の声が蘇る。答えはきっと同じだろう。フェリックスが彼女の望みを叶えない限り。


「それでも、気持ちは伝えておかないとまずい気がするんだ」


 気持ちというのはうつろう。今でも君が好きだと、フェリックスは何度でも伝えたかった。いくらでも待っていると。だから、おれのことを忘れないでくれと。

 時折、ひどい焦燥感が彼を急き立てるのだ。ずっとこのままではいられないという焦りだろうか。


(それとも――)


 脳裏にヘンリックの顔がよぎる。今、ミアはヘンリックと一緒にいる。そしてヘンリックはこの土地の人間だ。祭りのことはよく知っているはず。

 ヘンリックがカエルを渡したなら、ミアは受け取るのだろうか。たとえ彼の気持ちがこもっていたとしても。もしかしたら自分の気持ちだから受け取ってくれないのだろうか。

 そんなことを考えると焦燥感がさらにひどくなる。

 利己的な自分が頭をもたげる。


(早く彼女を手に入れてしまいたい。おれだけのミアにしてしまいたい)


 だけどそうすれば、きっと彼女を壊してしまう。そんなことになったら、フェリックスは自分を許せないだろう。

 折り合いのつかない二つの想いの間でフェリックスは苦しむ。


(もっと力が、欲しい。だけど力と引き換えにおれは何を失う?)


 立ち止まり拳を握りしめたとき、馬車が隣を通り過ぎた。フェリックスは奇妙な既視感を覚え、頭の中の悲観を隅へと追いやる。

 後ろを振り向く。すると馬車は駅とは反対側――街の西へと緩やかな速度で向かっていく。そちらにある建物に覚えがあった。

 フェリックスは思わずあとをつける。だが途中子どもたちが群がっている店があり、道を塞がれた。

 仕方なく露店の裏へと回り込み、来た道を逆行し始める。


「どうした?」


 マティアスがフェリックスが落とすプレゼントを拾いつつ、不思議そうについてくる。フェリックスは小さくささやいた。


「今乗ってたの、マクドネルとランキンだ」


 確か、なにかのパレードでフェリックスの護衛をしていたので覚えている。フェリックスは一度見た顔はあまり忘れない。


「一瞬でよく見えたな! ……って、マクドネル? 魔軍大将の?」


 イゼアには陸海軍の他に魔術師だけで構成される魔術師軍――魔軍という軍隊が存在する。

 その大将であるマクドネルと少将のランキンが一緒だった。


(幹部となると――きっと、おれたちが知りたいことを知っている)


 マティアスの顔が引き締まる。

 なんとなく嫌な予感がした。それが何かわからないが、直感に従い尾行していく。しばらく行くと、男は街の西側に広がる一等地の大きな屋敷――というには立派すぎる――の敷地に入っていく。


「やっぱりライジェル城か」


 ラディウス王家が所有していた城だ。元ラディウス城は王家のものだが、別荘など他の財産は褒賞として分配されたのだ。

 フェリックスはその持ち主に覚えがあった。


「ランス党のリプセット卿の邸宅だ」


 ランス党というのは、王の大権を徐々に減らしていくべきだと主張している政党だ。

 そしてリプセット卿はその党首。彼が軍部と馴れ合っているのは、政治にはいまいち疎いフェリックスでさえなんともいえない気持ち悪さがあった。


「……気持ち悪いな」


 つぶやくと、マティアスが顔をしかめた。


「あんた、よからぬことを企んでるだろ」

「ははは」

「笑って誤魔化すな!」

「ま、とにかく、ミアを探さないと! ヘンリックに先を越されてたまるか!」


 今のことを忘れたかのうよに明るく言うと、フェリックスは屋敷に背を向ける。そして言った通りに広場へとミアを探しに戻った。

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