第6話 一歩踏み出す

 今日もあの公園に来ていた。いつもは僕が着く頃には既にベンチに座っている彼女がその日は居なかった。寝坊だろうかなどと考えながらベンチで彼女を待っていると、軽やかな足音が近づいてくる。走っているのだろうかその音はいつもより早かった。

「ねえ!見てほしいものがあるの!」

走ってきたかと思うと今度は何かを僕につきだしてくる。

「何かあったの?」

よく見るとそれは写真だった。二人の女の子が楽しそうに笑っている。一人は目の前に居る彼女、もう一人はショートヘアの知らない女の子だった。

「これを見つけたの。棚の隙間に挟まってて・・・。」

「君の隣の女の子の事はわからない?」

「ええ。ずっと眺めていたのだけれど思い出せなかったわ。」

「でも、きっとこれ大きな手がかりになると思うよ。」

「え?」

「この制服・・・僕の母校だから。もしかしたらこの子に話が聞けるかもしれない。」

「本当!?・・・・・・でも、なんだか私がそこに行ってはいけない気がするの。理由は分からないけれど。」

「そっか。」

何も分からなくてもきっと大事な理由がある事はなんとなくわかった。

「じゃあ、僕が話聞いてくるよ。」

「いいの?」

「だって、きっと君はこのままじゃ駄目だって思ってるんでしょ?知りたいって思ってるんだよね?」

「ええ。思い出さないといけない・・・気がするわ。」

「大丈夫。先生に会いに来たとか言えば入れてもらえるよ。」

「本当にいいの?」

「ああ。任せて!」

大見得を切ってしまった。本当はあの学校に行くのをずっと避けていたから。でもきっとこれは彼女のための一歩でもあり、僕が変わるための一歩でもあったんだと思う。


 それから少し話をして彼女と別れた。僕は写真を預かりいったん家に帰る。

「はあ。」

思わずため息が漏れた。実のところあの学校に良い思い出はあまりない。それでも彼女の真実を知るためにはあの場所へ行かなくてはならない。何故自分がこんなにも彼女のために動こうと思えるのか自分でも分からなかった。その後身支度を調えて家を出た。


  学校の前に到着する。部活動をしている生徒もいるが、夏休みの学校は独特の静寂に包まれていた。

「さて…どうしようか。」

どうやって話を聞こうかと今更考え始める。

「まあとりあえず入るか。」

そういいながら小さく深呼吸をし校門をくぐる。そのままふらふらと歩き、気づいたら弓道場の横に来ていた。どうやら今日は練習が無いようでそこに学生の姿は無かった。

「おーい。」

少し離れたところから教員らしき人物がこちらに声を投げかける。小走りで近寄ってくる姿をよく見るとそれは高校時代の部活の顧問だった。

「久しぶりだな。やっと来てくれたんだな。」

「ええ、まあ・・・はい。」

「少し話さないか?」

「はい。」

顧問の後を着いていくと職員室に通された。室内はエアコンが効いてひんやりと冷たい。顧問以外の教師はどうやら出払っているらしく二人きりだった。

「どうだ?最近は。」

「まあ、相変わらずですよ。」

「そうか。でも、ここに来たって事は何かきっかけがあったんじゃないのか?」

「そうですね。正直まだここに来るのを少しためらってました。でもいつまでも逃げてちゃいけないなって思ったんです。・・・そう思わせてくれる人に出会えました。」

「それは良かった。お前はいつも真面目で熱心で・・・だからこそあの事故の時は凄く心配したんだ。時間はかかったみたいだけど、もう心配ないな。」

「そうですか?」

「ああ。だって、前みたいに生き生きしてる。」

僕は高校時代、弓道部だった。その前からずっと弓道をしていて、それは僕の人生だった。しかし、高校2年生の時に事故に遭った。その時の後遺症で左腕が上手く使えなくなった。今では日常生活に支障をきたさない程度には回復したが、当然当時熱中していた弓道は出来なくなった。それから僕は何もかもが嫌になり、色あせた世界をただひたすらこなすように過ごしてきた。

「凄く素敵な人に出会えたんです。」

「そうか。」

「・・・そういえば聞きたい事があったんです。」

「なんだ?」

「この写真の子知りませんか?」

そう言って写真を見せると不思議そうな顔をする。

「知ってるが・・・。何かあったのか?」

「いえ別に。この写真を拾ったので届けたいなと思って。」

「そうか。ちょうど彼女なら美術室にいると思うぞ。」

「そうですか。ありがとうございます。行ってみます。」

「ああ。また来いよ!」

「はい。」

職員室から出るとじっとりとまとわりつくように生ぬるい空気僕をが包んだ。


 美術室を目指して、人気のない校舎を歩く。未だ懐かしいという感覚よりも息苦しいという感覚に襲われてしまう。高校時代には美術室と全く縁がなかったため、確か4階だったという僕自身の曖昧な記憶を頼りに歩いていると、一つだけドアの空いている教室を見つけた。そのドアの上を見ると、美術室と書かれたプレートがある。

「そうそう…ここだ。」

近づいてちらりと教室内を覗くと一人の少女の後ろ姿があった。大きなキャンバスに描きかけの画。それに向かって座るショートカットの少女。後ろ姿からでさえ真剣さが伝わってきた。

「あのー…。」

「え、あ!はい?」

急に後ろから声をかけられ、素っ頓狂な声を出す。

「急にごめんね。あの…渡したいものがあって。」

「…はあ。というか誰ですか?」

「あ、僕はたまたま写真を拾って、ここの制服着てたから…先生に聞いたらここにいるって。」

「どうも。良かったら座ります?」

そう言って近くにあった椅子を持ってくる。

「ありがとう。」

「で、写真っていうのは?」

「これだよ。」

彼女に写真を手渡すととても驚いた顔をした。

「どうしたの?」

「これ…どこで…あ、いや…ありがとうございます。」

「…うん。」

写真をずっと握ったまま見つめ続ける少女は悲しそうな顔をしている。

「君とこの子、凄く仲よさそうだね。」

百合ゆりです。私の名前。君って呼ばれるの好きじゃなくて。」

「あ、ごめん。」

「仲、よかったです。とっても。でも…」

「良かった…?喧嘩とかしちゃったの?」

「…まあ、喧嘩…ですかね。私が裏切ってしまったんです。彼女を。」

「え?」

「嘘でも嫌いなんて言っちゃいけなかった。なのに…」

「何があったか、聞いてもいい?」

きっと彼女はあふれそうな感情を抑え込んでいたのだろう。なにかつっかえていた物が外れるように話し出した。

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