第4話 決断の時

 彼女のことについて気になったことは沢山あった。自分のことを覚えていないなんてそんな様子には見えなかったから正直とても驚いた。今思えばもっとちゃんと彼女の気持ちを考えてあげたら良かったと思う。それでも過去は変えられないし、今更悔やんでも仕方が無い。

 自分の名前も分からないのにどうやって生活しているのだろうか。家族とか友達とかに教えてもらったりはしていないのだろうか。彼女と出会った日から彼女のことばかり考えている。何故かほっとけなくて、楽しそうに話す彼女を見ているとなんだか安心する。自分の事なのに、僕は僕のことを分かっているはずなのに、自分の知らない何かが体の中で渦巻いているような気がした。

 

「おはよう。」

「おはようございます。今日も暇なのね。」

「うーん、まあそうだけど・・・。」

「いいじゃない。暇な時間も大切よ?」

「そうだね。」

こうして僕たちは毎日たわいも無い話をした。彼女の日課の話、公園の花の話、好きな季節の話、美味しいケーキの話、本当に何でも無いこと。彼女について分かったのは夏が好きで、ひまわりが好きで、甘い物が好きだということ。そのくらい。だけど本当に楽しくて、彼女が自分の事を忘れてしまっているなんて全く忘れていた。

 

 ある日のことだった。いつもみたいに彼女と公園で話して、笑い合って。でもその日はいつもと少し違った。

「それでね、近所の猫が・・・。」

それまで普通に僕と話していた彼女の顔が急にこわばった。

「どうかした?」

「・・・だめよ。」

「え?」

彼女の目線先には小学生が四、五人いた。どうやら一人がいじめられているように見える。

「これは・・・駄目だね。止めに入ろうか。」

そう言って僕が彼女の方に向き直った頃には彼女はそちらに走り出していた。

「だめ!!!」

彼女の大きな声が公園に響き渡った。それに驚いたのか、いじめていた子たちはびくりとして動きを止めた。

「・・・なんだよ!?なんだよ!!」

そう言って次々と公園から走り去った。いじめられていた子も驚いて走っていってしまった。

「大丈夫?」

急なことで僕自身も驚いた。でもそれよりもいつもと違う様子が気になった。

「ええ。ごめんなさい、急に大きな声を出してしまって。」

「やっぱり君は凄いね。」

自分が駄目だと思ったことに対してちゃんと向き合っている事が本当に凄いと思った。

「違うの。自分の事、ちょっと思い出した・・・気がするの。でも、はっきりとではなくて。何でか体が動いていたのよ。」

「そっか。」

「私ね、最近貴方と話すようになって本当に少しだけど自分の事思い出したの。何が好きだったとか。」

「うん。」

「私は、私のことが知りたいの。だけど私一人じゃ思い出せなくて。・・・この間初めて会って、名前も知らない貴方にこんなことをお願いするのは迷惑かもしれないけれど、手伝ってくれないかしら。」

「うん、もちろん。手伝うよ。」

「いいの?」

「ああ。僕は暇人で時間はたっぷりあるからね。」

「ふふ、そうだったわ。」


 彼女と話すのが楽しい。彼女が笑うとほっとする。そんな理由だけで人の過去に立ち入って良いのだろうかと少し考えた。でも、彼女が僕にお願いしてくれたんだからそれには答えたいと思った。同時に彼女のことが知りたいという気持ちもあったけれど・・・力になりたいという気持ちが一番強かったんじゃないのかと思う。この決断に後悔はしていない。

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