第3話 君のこと

 昨日始めて出会った少女と何故か図書館に来ている。お互いのことを詳しく知っているわけでも無い。それなのになぜか心を許してしまっている僕がいた。

「図書館なんて久しぶりだわ!いつぶりだったかしら・・・」

「僕も久しぶりに来たよ。普段も本読まないからね。」

楽しそうに本棚を上から下まで眺めている。

「どんな本が読みやすいとかある?」

「そうね・・・やっぱり小説かしら。どんなジャンルが好きとかあるかしら?」

「うーん。あんまりわかんないけど・・・この前映画化されてたあれは面白かったなあ。えーっと・・・これこれ。」

「へえー映画化されたのね・・・知らなかったわ。だったらこんなのはどうかしら。」

どうやら結構詳しいらしく、手にも取らずにいろいろな本の背表紙を指差していく。どれも面白そうな物ばかりで何を借りようか迷ってしまう。

「詳しいんだね。」

「そうみたいね。」

「うーん迷うなあ。これと、これにしようかな。」

「良いと思うわ!」

「君は何か借りないの?」

「私はいいの。たぶん殆ど読んだことあるのよ。」

「へえ、すごい。」

「私はここで待ってる。借りてきたら?」

「うん。」

貸し出しカウンターで自分の図書カードを見てふと思った。僕も名乗ってないし、彼女の名前の名前も知らないことに。本を借りて彼女の元に戻ると、彼女は怖い顔をして立っていた。

「どうしたの?」

「あの人たち・・・あれじゃ本が駄目になっちゃうわ。」

そう言って指さした先には、図書館の本を開きながらお菓子を食べ、しゃべっている高校生のグループだった。かなり散らかしているようで、本にもお菓子がこぼれていた。彼女はそのままそちらに向かって歩いて行くと、その机の横にあったゴミ箱に食べかけのお菓子を投げ込んだ。僕は内心ハラハラしていたのにそこに立って居ることしか出来なかった。

「何?意味わかんないんだけど!!!」

高校生たちの素っ頓狂な声が響き渡る。それに構わず踵を返し出口へ歩いて行く少女。

「行きましょう?」

微笑みながら僕に声をかけて歩いて行く。その時はなんだか少し怖いなと思った。

「うん。」

僕はそう答えて後をついて行った。


 「はあーすっきりしたわ!」

「はは、僕はどうしようかと思ったけどね。」

「ふふ、貴方すごい顔してたわ。面白かった。」

「もう・・・。そうだ!さっき気づいたんだけどさ、名前聞いても良いかな?」

「名前・・・そうね。そういえば聞いてなかったわ。でも・・・。」

「どうかした?」

「やっぱり私、貴方の名前は聞かないわ。」

「何で?」

「・・・そうしたら貴方も私の名前、聞かないでおいてもらえるかなって思って。」

俯く彼女の顔はとてもさみしそうに見えた。そしてこれまであんなに自信満々だった彼女とは相反した姿に驚いた。

「うん。じゃあ聞かない。ごめんね図々しかったかな。」

「ちがうの!!ちがうのよ。私、名前が思い出せないの。」

「自分の名前が?」

「そうよ。ほかにも沢山。思い出せないことがあるの。」

「そっか。だったらさ、そのうちきっと思い出してその時に教えてよ。」

「ええ。ありがとう。」

自分のことが思い出せない、それはどういう事なのだろう。事故で記憶が無いとか、なにかあったのだろうか。聞きたい気持ちは山々だったがきっとそこは触れてはいけないのだろうと思った。

「私、いつもあの公園にいるの。だからいつでもお話してあげるわ。」

急にまた自信を取り戻した様子で言い放つ。

「ありがとう。そろそろお昼だし、帰らないとだね。」

「そうね。また・・・また明日。」

彼女は軽い足取りで歩いて行く。

「また明日!」

また明日そう言ってもらえた事が少しうれしくて、その後の僕には暑さなんて少しも気にならなかった。

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