第2話 巡り合わせ

 その後僕はきちんと買い物を済ませ家に帰った。僕に買い物を頼んだ母親には遅いと怒られてしまった。でもそれよりあの不思議な少女のことが気になって仕方が無かった。あの後はどうしたのだろうか、今はどうしているのだろうか、そんな事ばかりが脳裏を駆け巡る。どうして話しかけたのか、どうしてこんなに気になるのだろうか。一日中そんなことを考えていた。

 翌日は珍しく早起きをした。夏休み期間である僕はここのところ昼に起きて、ただごろごろと家の中で過ごすことが殆どだった。しかしどうも昨日の少女が気に掛かって目が覚めたのだった。こんなことならもっと確実な約束をしておけば良かったと思うが今更遅い。家の中にいても何もすることが無いので、とりあえず散歩をしようと外に出た。

「あっつ・・・。」

相も変わらず蝉の大きな鳴き声が僕の耳を刺す。焼けるような日差しが容赦なく照りつける。やっぱり家の中に引き返そうかとも思ったがせっかくだし散歩しようと歩き出した。このとき引き返していたらいつもと同じ何も無い平凡な日常に逆戻りしていたのだろうと今になって思う。どこに行く訳でも無いが、ただ歩く。いつもは気にならないことが沢山目に入ってきた。公園に咲く満開の朝顔、ブロック塀の上でけだるそうに寝そべる猫、白い日傘・・・。

「日傘・・・?」

公園の垣根の向こう側から上の方だけがちらりちらりと揺れているのが見える。もしかして・・・そんな期待で胸が躍ったのをしっかりと覚えていた。公園に入ってのぞいてみると、やはりそこには昨日の少女がいた。公園のベンチに腰掛けてくるくると日傘を回していた。

「おはよう。早起きなんだね。」

「・・・?ああ!昨日の暇人さんね?」

「その呼び方はちょっとなあ・・・。」

「そう?それでは・・・不審者さん?」

「それはもっと駄目だよ。・・・もう、暇人で良いよ。」

「ふふふ。おもしろくてつい貴方まで不幸にしたくなってしまうわ。」

「それも勘弁してほしいな。」

無邪気に笑う彼女に見事に手玉に取られているようだ。

「また会うなんて思って居なかったの。凄い偶然ね。」

「うん。すごい偶然。そういえば昨日はあの後どうしたの?」

「あの後はね、最低なオジサンの靴紐を切ってやったの。」

「あはは・・・結構過激だなあ。」

「そうかしら?いいのよ。私が楽しいのだから。」

彼女の世界は彼女が絶対的な中心にいるのだろう。

「うーん。良いのか?いや、良くは無いんじゃないのか・・・?」

それでも僕は駄目とは言い切れなかった。

「貴方にとって良くなくても、私はそうするしか無いのよ。だから良いの。」

どういうことなのかその時は全く分からなかった。ただ彼女が少しさみしそうな顔をしたのが気になって、それ以上は追求しなかった。

「君はそれ以外で何が好きなの?」

「うーん・・・。本かしら?」

「へえ。凄いな。僕なんて途中で読むのあきらめちゃうんだよいっつも。」

「それは、自分に合った本に巡り会えてないだけだと思うわ。」

「そうなのかな。君のおすすめの本とかある?」

「わからないわ。」

「え?」

「だって私貴方がどういう人なのかよく知らないもの。それに・・・。」

何か言葉を続けようとして飲み込んだが、僕は特に気にしなかった。

「あ、そうだ!もし今日この後暇だったら、一緒に図書館にいきませんか?」

「図書館・・・!!行きたいわ!!」

きらきらと輝いた顔でこちらを見てくる彼女は凄く純粋で、今でも忘れられない。

「じゃあ、行きますか!」

「ええ!」

二人同時にベンチから立ち上がり、歩き始めた。


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