第30話.5-4
「つまりそれって、芳野さんの言う条件のためにケイくんは利用されてるってこと?」
ミカの問いにキイチは頷く。
「そしてミカ、お前もその条件の一つだ」
「私が?」
「どうして俺達が同好会を作ってまで映画を撮影したのか、わかるか?」
「それは、学生映画コンテストのため……」
「違う。あれは、お前を関わらせるために始めたことなんだよ。もっと言えば、お前をケイの友達にするためだ」
「……どういうこと?」
「お前は家族に対して遠慮していたために学校で孤立していた。そんなお前を人と関わらせる所にまで引き摺り出そうとするのなら、相応の理由が必要となる」
「もしかして、それがあのときの……」
鹿島スズの殺人意志を聞かせること。
「でも、そんなの結果論でしょ。もしもあのとき、私が教室から屋上の鹿島さんを見つけてなかったら? もしもあのとき、私が屋上のドアを開けていたら? もしもあのとき、階段で鹿島さんに全貌を聞き出していたら?」
それだけで芳野ヒロの計画は崩れる。
しかし。
「いや、ヒロはこうなると予想してたよ。まず、ヒロは知っていた。お前が最近、読書に集中できず、視線を窓の外に向けるようになっていたことを。次に屋上の件だが、二人が会話しているところにお前が出て行けるはずがない。そして最後、階段でスズを呼び止めた時のことだが、これもまったく心配なかった。何故なら、お前もスズも自己主張が苦手で、人見知り。そんなお前達がちゃんと意思疎通できるとは思えない。事実、中途半端に言い合っただけで会話は終わっただろ?」
「それは……」
すべてそのとおりだった。
これでは、台本どおりに行動する役者だ。
自分の意志で動いていたつもりが、すべては芳野ヒロの手の平。
それに対する悔しさはあった。しかしそれよりも、どうして私なのだろうかという疑問がミカの胸中を支配していた。
それにキイチが答える。
「ヒロはずっと探していたんだ。母親が自分の代わりとなるカオルさんを用意したように、ヒロもケイにとって自分の代わりとなる誰かを探してた。そして高一になってようやく見つけた」
「それが私なの?」
「ヒロが言うには、お前とヒロは似てるらしいぞ。親に遠慮しているところ、孤立していたところ、他にも色々と似てると感じたらしい。俺にはわからない話だけどな。……だが、ヒロの選択は間違ってなかったと俺も思う。何故なら、もしも今回の件で俺とスミレがケイから離れていっても、お前はケイに付いていてくれるだろ?」
ミカはゆっくりと頷く。
藤崎ケイは友人だ。たとえ今回の件で他の人達の関係がどうなろうと、私が彼から離れていく理由はないし、そのつもりもない。
だけど。
「だけど、そんなのおかしいよ。みんな一緒にいればいいじゃない。なんで関係が壊れるみたいなことを言うの?」
そんなミカの言葉も、キイチの失笑を買うだけだった。
「ケイはヒロが好きなんだ。そんな奴が、好きな奴の自殺計画を知っておきながら止めようともしない俺達を許すと思うか?」
「だったら今からでも一緒に芳野さんを説得しようよ! みんなで説得すれば、きっと思い直してくれるよ!」
「無理だな」
ミカの必死の訴えも、やはりキイチの失笑を買う。
「お前は、どうしてヒロが自殺しようとしているか、わかるか?」
「え……。ごめんなさい、わからない」
キイチは廊下の窓から夕陽を見上げた、まるで遠くを見るような目で。
「なあミカ、死後の世界ってあると思うか?」
死後の世界。映画撮影の最中、スミレのセリフでそんなものがあった。
「わからない。そんなの、死んだ人にしかわからないよ」
「そうだよな。でも無いつもりで死んで、もしも本当は死後の世界があったら、後悔することになるだろ? 先に逝ってしまったあの人と同じ世界に行きたかったって。そして死後の世界ってのは、生前の行いで決まるという。だからヒロはしてもらったことをすべて、ケイにしてやることにしたんだよ、死ぬ前に。その会いたい人と同じ世界に行くために」
「……死んだその人と会うために、生前のその人と同じ行いをするってこと?」
「ああ」
「……」
おそらく、そのしてもらったことというのが、先ほど聞かされた条件というものなのだろう。
――側にいること。
――代役を用意すること。
その条件を満たすために、自分がしてもらったことを芳野ヒロは藤崎ケイにした。その死んでしまった人と同じ世界に行くために、会うために。
では、芳野ヒロが会いたい人とは誰なのか。
「ヒロのお母さんだよ」
背後からの声にミカは振り返る。
スミレがそこにいた。
「ヒロが会いたいのは、ヒロのお母さんなんだよ」
「待ってよ。でも芳野さんのお母さんって、たしか塀に入れられたって……」
「ミカは知らないの? 一応、四年前の週刊誌にも載った事件なんだけどね。……ヒロのお母さんはね、四年前に刑務所の中で自殺したの」
「え……。じゃあ芳野さんが行きたい世界って……」
「そう。お母さんと同じ世界だよ」
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