第29話.5-3

「それが、私の過去。そして、キイチとスミレとの出会い」

「……」

 ヒロの告白にケイは声を失っていた。

 そんな過去が三人にあったなど、まったく気付けなかった。ずっと側にいたのに、なにも知らなかった。仲の良い友達だと思っていた。

 でもそれはただの勘違いで、本当は死を望み、望まれる関係だった。

 では俺達が今まで過ごしたあの時間は、いったい何だったのだ。

 あの楽しかった時間は、すべて嘘だったのか。

 そんなケイにヒロが言う。

「嘘じゃないよ。少なくても私は嘘じゃない。キイチとスミレとは、確かに中学校ではいっさい関わらなかった。関わるのはケイがいる前でだけ。なんだかそれがお互いに課したルールみたいだった。べつに約束とかはしてなかったんだけどね。それでも、やっぱり四人で遊んでたときは楽しかったんだ。キイチとスミレには悪いけど、本当に楽しかった。二人に怨まれてることを忘れてた時もあったくらい」

 そこでヒロは自嘲した。

「楽しかったって……。笑っちゃうよね、自分の役割を忘れてたなんて」

「……役割?」

「そっ、役割。つまりね、すべてが台本どおりってこと」

「なんだよ、台本どおりって。まだ映画撮影でもしてるつもりか?」

「似たようなものかな。だって私とケイが出会ったのも、この日のためなんだもん」

「……は?」

 嫌な予感がした。しかし聞かずにいられるわけもない。

 どういう意味か、と。

「私は自殺したかったの。だけど、ただ自殺したいわけじゃない。幾つかの条件を整えた上で自殺したかったの」

 校舎の壁を撫でるようにして駆け上がってきた風が、ヒロの髪を暴れさせる。そんな髪を右手で押さえつけ、彼女は自白を続けた。

「中学一年の夏休みにケイに声を掛けたのも、その条件の一つなの。……ねえ、ケイ。小学六年のとき、ダダって呼んでた子がいたでしょ?」

「ああ、いた。だけど、なんでお前があいつを知ってんだよ」

「彼、中学校の入学に合わせて、私と同じ中学校に転校してきたんだよ。それで、クラスで孤立してた私に進んで話し掛けてきたの」

 ――お前、他の奴と違う雰囲気があるな。人を寄せ付けない、そんな空気だ――

「そして彼は続けて私に言ったの」

 ――お前みたいな奴を知ってるぞ。藤崎ケイって言うんだ――

「……俺のこと?」

「そう。彼はケイに憧れててね、その人柄とかを私に教えてくれたの。そしてそんな話を聞いてるうちに、私はケイと友達になることを決めた」

 友達のいない藤崎ケイと友達になる。

 そうすることで、藤崎ケイに救いの手を差し伸べるのだ。

 あなたは一人じゃない。

 私が側にいる。

「私がお父さんに殴られないようにと、いつも側にいてくれたお母さんのように」

 私も誰かのために側に居続ける必要があったのだとヒロは言った。

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