第28話.5-2

 屋上でケイとヒロが対面した頃。

 ミカは放課後の校舎内を漫然と歩いていた。

 学校は、明日に控えた学園祭の色に染め上がっていた。

 校庭には屋台の準備品が並べられており、校舎自体には学園祭のテーマが記された大きな垂れ幕が地面に着くまで下がっている。校舎内はまるで誕生日パーティーのような飾り付けがなされ、雰囲気は完全に出来上がっていた。

 どこのクラスも頑張って作ったのだろう。それは明日のことを想って笑い合っていた生徒達を見ればわかる。

 そして、それだけに今までの苦労が水泡に帰した者の心中も察せられる。

 学園祭を目前に控え、教師達は不適切な出し物はないかとチェックを行った。当然、芳野ヒロ作の映画も確認。結果は、不合格。

 しかしケイにっては予想どおりの結果だったらしい。

 ――さすがに高校の学園祭で、あんな情操教育に悪いものは許されねえって。それに俺らが中学からの付き合いとか、観る側にとってはどうでもいい情報も多かったしな。ま、本番はコンテストの方だろ? 気にするなって――

 それに対するヒロの反応は「確かに仕方ないよね」とあっさりしたものだった。

 そんな彼女の反応にミカはとある疑問を抱くも、気にしないことにした。

 そして進学科の教室の前を通過したところで、ミカは背後から声を掛けられた。

 振り返るとキイチがいた。彼はゆっくりと近付いてくる。

「こんな所でなにしてんだ?」

「えっと、散歩かな?」

「散歩って、また年寄り臭いことを」

 くくく、と笑いを噛み殺すキイチ。

「そういう浅見くんは、なんでここに?」

「今から帰ろうと思ってたんだ。……一緒に帰るか?」

 唐突な申し出にミカは躊躇したが、頷いて返した。

「じゃあ私、鞄とってくる。待ってて」

「どうせなら一緒に行こうぜ」

「でも鞄を取りに行くだけだし、一人で行った方が……」

「大した寄り道にはならないし、いいだろ?」

 許可を求められる立場になってしまっては、ミカが断れるはずもなかった。

 キイチが唐突に問うてきたのは、その道中のことだった。

「じつは、ミカに確認しておきたいことがあったんだ」

「あ、うん。なに?」

 キイチが立ち止まる。

 ミカは数歩進んでから立ち止まり、そして振り返った。

 ふと、やけに一帯が静かなことに気付いた。普通科の教室前。ひと気がない。皆、学園祭の準備は整ったので帰ってしまったのだろう。

 そんな静寂の廊下にて、ミカはキイチと向かい合う。

 窓から差し込む夕陽。それに照らされたキイチがゆっくりと口を開いた。

「あのとき、下駄箱の所で俺とスミレが会話してたとき、あの場にいたよな?」

 ミカはどきっとした。

 あのときとは、やはりケイを追っていたときのことだろう。あの、ケイにこの件には関わるなと拒絶される前のことだ。

 でも、あれは……。

「その顔……。やっぱり聞いてたか、あの会話を。ああ、べつに責めてないぞ。ただ、あまり人に知られたくないと言うか、ケイも知らないことなんだよ」

「待ってよ。あれも映画のセリフとかじゃなかったの?」

 あのときは撮影のことを知らなかった。だから聞いてはいけない内容だと思った。

 だけど、今や私も撮影のことは知っているのだ。

 なのに、どうして知られたくないと言うのだ。

 それではまるであのときの会話は撮影と関係ないみたいじゃないか。

「関係ない」

 キイチがきっぱりと言い切る。

「この際だから言うけど、あの会話に撮影は関係ない。あれが俺とスミレの本音だ」

「うそ……。うそでしょ? だって浅見くん達は昔からの友達で、それで……」

 どうか否定してくれと、今からでも冗談だと言ってくれと、ミカは言葉の節々にそんな気持ちを潜ませる。

 が。

「ミカ、嘘なんかじゃない。俺とスミレは、ヒロが死ぬのを待ってるんだ」


 四年前。

 とあるシングルマザーがストーカー被害に遭っており、たびたび警察に相談した。しかしこれと言った解決を見出すことが出来なかった。そんなある日、遂に耐えかねた女性は、友人を伴ってそのストーカーに直談判した。もう付け回すのはやめてくれ、と。しかし男性は逆上し、友人もろとも女性を殺害してしまう。そして男性は何食わぬ顔で普段の生活を送り続けた。しかし程なくして男性は殺害される。殺したのは男性の妻。男性の娘に対する行きすぎた虐待を見かねて殺したという。


「この男の名前を芳野圭二よしのけいじと言って、ヒロの父親にあたるくそ野郎だ」

「うそ……」

「そしてヒロの母親は塀の中に入れられた」

「入れられたって……。殺人を犯したのに四年で出てこられるものなの?」

「ん? なに言ってんだ?」

「だって、芳野さんのお母さんって、カオルさんなんじゃ……」

「あの人は叔母だよ。ヒロの父親の妹だ。兄とは似ても似つかない良い人だけど、やっぱり自分の子供じゃないことや、出来の悪い兄の虐待に遭ってたってことから、どうもヒロに遠慮があるみたいだったけどな」

「……」

 ミカは何も言えず、ただただ唖然と立ち尽くすのみ。

 しかしキイチは話を続けた。

「ま、両親がいないって点では、俺とスミレも同じなんだけどな。さっきの話に出てきたストーカー被害に遭っていた女性。それがスミレの母親で、その友人が俺の母親だ」

「え……」

「スミレの母親も、俺の母親もシングルマザーでさ、住んでるアパートの部屋が隣同士ってこともあって仲が良かったんだ。だからスミレの母親がストーカーに悩んでるって知って、放っておけなかったんだろうな」

「もしかして、芳野さんが死ぬのを待ってるって言うのは……」

「ま、そういうことだ」

「そんな……」

 つまりは復讐か。

 友達と思っていた人が、じつは死を願っている。

 そのことを思うと、ミカはヒロに対して居たたまれない感情を抱いてしまった。

「ああでも、勘違いはしないようにな。これはヒロも知っていることだ」

「え?」

「中学に入学した頃、俺とスミレは同じ学年に『芳野』という名字を見つけて、まさかと思って聞きに行ったんだ。そしたらご丁寧にも殺人犯芳野圭二の娘ですって名乗りやがってさ。その姿があまりにも堂々としてて、正直、俺は殺してやろうかと思ったよ。でも、その後にあいつが言ったんだ」

 ――私を殺すのはやめた方がいい。私なんかを殺して罪を被るなんて馬鹿げてる。その代わりに私は自殺してあなたの怨みを晴らす――

「……芳野さんが、自殺?」

「本心かどうかまではわからなかった。けどその時のヒロの目は真剣でさ、気付いたんだ。ああ、こいつも苦しんでるんだなって。そう思ったら、もうなにも言えなくてさ。わかった。お前が自殺するなら、俺達はそれを見届けてやるって答えちまった」

 そこでキイチは乾いた笑いを零したのだった。

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