第24話.4-5

 しばらくしてようやくスミレは落ち着きを取り戻し、もう大丈夫と笑顔を覗かせた。相変わらず涙の跡はあったが、表情は晴れ晴れとしており、ケイは安堵の吐息をつく。

「しかし、スミレが動いてくれて助かったな」

 キイチが言った。

「あのまま膠着状態だと俺達はなにも出来なかった。でも、あんな状況でも動けるあたり、やっぱりスミレって感じだな。見た目と違って気が強いわ」

 励ましのつもりなのか、ただ言いたかっただけなのか。もしくは、こんな時だからこそ冗談のつもりで言ったのか。それは長い付き合いながらわからない。

「さて、これからどうする?」

 ケイが仲濱を見て言った。

「どうするもなにも、警察に報せるしかないだろ」

 キイチが答え、スミレが続く。

「そうだよね。……じゃあ私が行ってくる。近くに交番があったよね?」

「お前が行くのか? 一人で? それは駄目だろ」

「なんで? 犯人はあそこにいるんだし、大丈夫でしょ」

「そんなこと言ってるから、こんな奴に攫われんだよ。お前はケイとここに残れ」

「それは……」

 スミレが言い難そうに仲濱を見て、すぐに視線を逸らした。

 それでキイチは察する。

 気を失っているとは言え、仲濱と同じ空間にいたくないのだろう。

「はあ~。わかった、俺も付いていく」

 そうして二人は仲濱をケイに任せ、屋上を去っていった。

 残ったケイは、何気なしに仲濱を見る。

 ヒロを殺した犯人。

 アヤを殺した犯人。

 スミレを攫った犯人。

 それを改めて認識すると、ふつふつと腹の底から熱が込み上げてくる。

 ふと、地面にナイフが落ちているのに気付いた。仲濱が使っていた刃物だ。

 ケイはそれに手を伸ばそうとして、かぶりを振る。

 馬鹿を考えるな。殺さないと決めたんじゃないのか。

 そう思いながらも、今ならば殺せると囁いてくる自分がいる。

「くそっ」

 手を外気に触れさせていると、そのままナイフを求めそうだ。

 そう思ってポケットに手を差し込んだとき、なにかが手に触れた。ポケットの中に何かがある。それを取り出した。手紙。スミレが持っていたラブレターだ。何気なくそれを取り出すと、握りつぶした時に出来た皺を伸ばし、読んだ。

 そしてその内容に愕然とし、はたと思い出す。

「もしかしてこれが……」

 スミレの言っていた「変な手紙」なのではないのか。

 毎日、郵便受けに投函されていたという手紙。

 ケイはそう断定した。

 たしかにこれは気味が悪い。思わず吐き気を催す。誰とも知らぬ相手からの、身勝手な下心が見て取れる文面。気持ち悪いと思わずには居られない。

 これを読んだスミレは、どんな気持ちだったろうか。震える手で口を押さえ、蒼白になった顔の中で瞳は怯えて揺らぐ。そんな表情が容易に想像できて余計に胸苦しい。

 ぎりっと奥歯を噛み締め、その手紙の制作者であろう仲濱を見下ろした。

 こいつはいったい何なんだ。

 こんな奴がどうして存在しているのだ。

 やはり殺すべきではないのか。

 殺す。殺さない。

 そんなせめぎ合いを繰り返す頭を振り、改めて手紙へと視線を落とす。

 そして。

「……ん?」

 そこでケイがぴたりと止まる。ある一点を見据え、目が丸くなる。

 握り潰した手紙の端に、なにかが……。

「黒い、インクが……。用紙の端に黒いインクが擦れてる……」

 それはつい最近どこかで見た欠陥。そう、何処かで……。

 そうだ。コンビニのプリンターだ。あれで作られたシフト表と同じ染みなんだ。

 つまりこれは、コンビニで作成された手紙。

「……だからなんだよ」

 そう口にしながら、何かが引っ掛かった。

 なんだ。何かがおかしい。何かが……。


 交番に警官は不在だった。

 おそらく別の場所でなにかトラブルでもあったのだろう。

 そうして仕方なく屋上に戻ってきたキイチとスミレは、そこで思わぬ光景を見た。

 仲濱の首元から血がだらだらと流れだしていたのだ。

 その量は、一見で致死量だとわかった。

 いったい誰が、どうして。

 困惑するスミレの側で、キイチはナイフが無くなっているのに気付いた。そしてケイの姿が無くなっていることにも。

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