第25話.4-6

 その頃、ケイはコンビニからすこし離れた、人通りのない高架沿いの道にやって来ていた。背後には城山の姿がある。

「それで、こんな所にまで連れ出して、なんの用?」

 アルバイトを終えて帰ろうとしたところを、城山はケイに呼び止められた。なんでも話があるのだとか。いったい何だろうかと付いてきたのが現状である。

 ケイは城山の問いに答えず、近くにあった自販機でホットレモンティーを購入。

「あ、城山さんは何にします? おごりますよ」

「別に要らないよ」

「そう言わず。コーヒーでいいですか?」

 ケイは城山の回答を待たずにホットコーヒーを購入し、どうぞ、と差し出す。城山がすこし怪訝そうにしながらも受け取ると、ようやく話し出した。

「じつは、仲濱さんが俺の友達にストーカー行為をしてたんですよ」

「え、そうなの?」

 ケイは雑居ビルでの件と、連続殺人事件のことを簡潔に伝えた。

「そうなんだ……」

 城山の感想はそれだけだった。

「なんだか、思ったよりも冷静な反応ですね」

「そんなの、本当なのかって疑っちゃうのは普通でしょ。でも、本当なんだよね?」

「はい。いっさい嘘はないですよ。仲濱さんは連続殺人事件の犯人でした」

「そっか、残念だね」

「へえ、そうなんですか。わざわざ捕まるように仕向けたのにですか?」

「……どういう意味?」

「俺達が仲濱さんを捕まえるように誘導したの、城山さんなんでしょ?」

 城山の目がスッと細められた。

「どこまで知ってるの、ケイ?」

「さあ、どこまでなんでしょうね。わかっているのは、城山さんが鹿島アヤと芳野ヒロを殺したこと、その罪を仲濱さん一人に被せようとしていること、そして朝のスミレに付き纏っていたことくらいですね」

 城山は目を丸くしたが、次には笑い出した。

「ほとんど全部じゃないか。へえ、それにしても良くわかったね」

「否定しないんですね」

「そこまでわかってる相手に、否定も誤魔化しも意味ないでしょ」

「そうでもないですよ。半分くらいは鎌を掛けただけでしたから」

「あ、そうなんだ。やっちゃったなあ……」

 城山はさして気にした様子もなく頭を掻いた。

「っで、どうして俺に行き着いたの? そこんとこ、教えてよ」

「べつに、すべてに確証があったわけじゃないですよ」

 そう前置きして、ケイは話し出した。

「仲濱さんを捕まえただけでは、今回の件は片付かない。それがわかったのは、スミレに宛てられたこの手紙のお陰でした。これで、犯人は複数いると気付けたんです」

 そう言ってケイはポケットから手紙を取り出す。

「端の方にインクの擦れ跡がありますよね。これ、うちのコンビニのプリンターで製作すると、どうしてもこんな染みが出来てしまうんです。あ、でもそれは関係ないです。ただこれを見たとき、シフト表のことを思い出したんですよ。っで、気付いたんです。仲濱さんが仕事をしている時間に、スミレを付けてる奴がいるって。……知ってましたか、城山さん。仲濱さん、朝は早くから仕事に出てるんで、朝のスミレを付けられるはずがないんです」

「ふーん。それで犯人は複数いると思ったわけだ」

「城山さんと仲濱さんがお互いに手を組んでる可能性もありましたけどね」

「なるほど。でも、それじゃあ俺に行き着く理由としては弱いよね」

「はい。でも、城山さんには幾つもの疑惑があったので、もしかしたらって」

「へえ。俺、そんなにヘマばかりしてたかな?」

「例えば、仲濱さんの殺人には独自のルールがあったんですけど、気付いてました?」

「独自のルール? さあ、どんなの?」

「俺、あの人の思想はまったく理解できなかったんですけど、自分が好きになった女性しか殺さない、というルールには気付けたんです。っで、それに照らし合わせると、少なくとも芳野ヒロと杉島アヤに関しては当てはまらない」

「どうして?」

「あそこまで純粋云々と言っていた人が、スミレを好きになっている間に他の女性に目移りするとは思えないんで。なのに、ヒロもアヤも仲濱さんに殺されたみたいに、画像やら映像をゆかりのある人に送りつけられている。これって、どう考えても罪を被せる気満々ですよね」

「あはは、そう言えるかもね。でも、それも俺に行き着く証拠にはならない。せいぜい犯人が二人いるくらいにまでしか推理できないよね?」

 頷き、ケイは続けた。

「城山さんに行き着いたのには、いろいろと要因があるんですよ。例えば、キイチはヒロの首吊り画像を見て、犯人がヒロの顔見知りの誰かだと当たりをつけたこと。城山さん、ヒロとは顔を合わせたことがありますよね。あいつ、たびたびバイト先にまで俺をからかいに来てたわけですから」

「他には?」

「例えば、キイチ達と情報交換を行った際、城山さんはあり得ないくらい詳細な情報を持っていたそうですね。それをネットで手に入れたと答えたそうですけど、常識的に考えてあり得ませんよね。だって今回の連続殺人事件は、一地方の事件なんですから。たとえ全国で一〇〇人以上の人間がそのアングラサイトを活用していても、この街に実際に住んでいる人間なんて三人いれば多いくらいです。つまり一〇〇人の情報源と宣ってみても、実数はその程度だってことですよね」

「なるほど。俺は情報を持ちすぎていたと言うわけね」

「他にもありますよ。今日、キイチに犯人についてのメールが送られてきたそうなんですけど、キイチはすぐに返信したらしいんです。だけど、相手に届かなかった。これって、相手がアドレスを変えたからですよね。なぜ変えたのか。それは変えないと――いや、戻さないと自分の所に誰もメールを送れなくなってしまうからじゃないですか? それがわかれば、メールを送ったのがキイチの知り合いの誰かだってことくらいはすぐにわかります。さらに言えばですね。じつはキイチ、そのメールが届いた後、すぐに城山さんに教えようとメールを送ろうとしたらしいんですよ。でも、届かなかった」

 ケイは携帯電話を取り出し、何やら操作を始めた。それから一〇秒ほどして、城山の携帯電話が鳴る。メールだ。送り主はケイ。城山は失笑した。

「城山さん。俺のメール、届きましたね。では、どうしてキイチのメールは届かなかったのか」

「アドレスを戻し終わる前に、彼が俺にメールを送ったのか……。でも、どうして彼は俺にメールなんて送ったのさ」

「城山さんが言ったからですよ。犯人に関する情報が入ったら俺に連絡してって」

「まさか、それを律儀に守ったってこと?」

「ええ。あいつ、授業はサボるけど、約束は守る奴なんです。……城山さんが連続殺人事件について何かを知ってるとわかったのは、これがきっかけでした」

 ケイは一呼吸を入れてから次の言葉を口にした。

「星座みたいなもんなんです。ばらばらな点と点を結んでいくと、最終的に城山という人物が浮かび上がった。それだけのことなんです」

「あはは、ぜんぜん説明になってないんだけど、なんだか納得しちゃうね、それ」

「ちなみに、キイチが仲濱さんの家に入れるように鍵を開けておいてくれたのは、城山さんですか?」

「そこまでわかってるんだ」

「いえ、これは完全に勘です」

「ふーん、まあいいか。仲濱の家の鍵はさ、事務室に置かれてたんだよ。それをこっそり持ち出して合い鍵を作ったんだ。もうここまで来たら話すけど、あのコンビニでバイトをしてるのも、仲濱のシフトを容易に知ることができるから。だってシフトさえ知っておけば、あの人の家に上がり込んで、いろいろと情報を抜き出せるからね」

「連続殺人事件の被害者一覧表は、そこから得た情報だったんですか?」

「そうだよ。……うん、この際だ。聞きたいことがあるなら聞きな。答えてあげる」

 ケイは吐息をついてから尋ねた。

「俺が聞きたいのは二つです。芳野ヒロと杉島アヤ、この二人を殺したのは城山さんで間違いないですか」

 城山はにやりと笑った。

 それがすべての答え。

 ケイは爆発しそうな怒りを抑えつけ、平静を装って尋ねた。

「城山さん。どうして人殺しなんてするんですか?」

 すると城山は沈黙。電源を落としたロボットみたくガクンと頭が落ち、手元からは缶コーヒーが抜け落ちる。ケイは怪訝に見据えたまま、どうしたのかと近寄ろうとし――静かな笑い声を聞く。それが城山からの声であることに気付き、立ち止まった。が、不用意に近付きすぎた。城山はポケットから果物ナイフを逆手に抜き取ると、ケイへと肩で体当たり。その不意打ちにケイはよろめいて背中から後ろの金網に衝突。そこに城山が詰め寄る。左腕をケイの顎を押し上げるように当てて顔を固定し、右手のナイフを眼球に突き立てた。

「動くなよ! 動いたら目玉をブッ刺す!」

 城山が吠えた。

 ケイは喉を絞める城山の腕を右手で掴み、眼前に突き立てられたナイフを直視。

「城山さん、あんた……」

「あははは、教えてやるよ。なんで人を殺すのか!」

 まるで自分の秘密を信頼の置ける友達に暴露するように彼は話し出す。

「実は俺って、他人の笑顔で笑えないんだ。でもある日、気付いた。俺、他人の苦悶やら苦痛の表情が大好きなんだって。きっかけは俺の元カノの死だよ。あの女、どうやら仲濱に殺されちゃったみたいでさ、俺の所にあいつの死に際の写真が送られてきたんだけど、それを見たとき、悲しみよりも強烈な高揚感があったんだ。ほんと、電流が走るってああいうことなんだろうな。すっげえ興奮したんだ、今までにないくらいに。……まあでも、その頃はまだ仲濱が犯人だなんて知らなかった。気付いたのは、生前の元カノから受けていた相談を思い出したとき。あいつ、ストーカーに付き纏われてるって言っててさ、その情報をもとに自分なりに捜査したんだよ。それで仲濱に行き着いて、即行でコンビニに雇ってもらいに行った。そして仲濱の家に忍び込んで証拠を見つけたってわけ。ああ、でも元カノの復讐とかを考えてたわけじゃない。ただ、連続殺人犯の異常性ってのを目の当たりにしてみたかったんだ。そうして何度も仲濱の家に忍び込んでいるうちに、自分で人を殺したくなった。だから仲濱のマネをしてみたわけ。何人も何人も殺してみた。正直、最近は癖になってたね。楽しくて楽しくてさ。まあ仲濱は仲濱で、連続殺人事件に興味がないのか、自分以外に殺人を犯してる奴がいることに頓着してなかったけどね。……ああちなみに、三木スミレを仲濱に代わって朝とかにストーキングしてたのは、あの子の歪んだ表情が俺の好みだったから。いいよね、あの子の苦痛に歪んだ顔」

 大口を開けて笑うその姿に、普段の彼の様相はない。そこに居るのは、他人の痛みを理解できない性格破綻者。ケイは思わずに居られなかった、こいつはクズだと。

「城山さん。自首する気は、ないんですか」

 喉が絞まり、いよいよ息苦しくなったケイ。声が次第に掠れ始める。

「無いね。いっさい無い。だって、俺の罪は仲濱が被ってくれるんだから」

 城山はケイの眼前でナイフを揺らす。

「さて、無駄話はここまでにしよう。さすがに知りすぎたよね、ケイ」

「……俺を、殺すんですか」

「どうなると思う?」

 聞くまでもなかった。

 殺される。このままでは、確実に殺される。どうにかしなければ。

 でも、動けない。

 城山の左腕で頭を固定され、眼前にはナイフの切っ先。

 どうやっても動けない。

 どうする。どうする。

 忙しく思考する最中、城山の背後で何かが揺らいだ。

 影?

 違う。

 黒い服を着た、小柄な少女。鹿島スズだ。彼女はその右手に赤く濡れたバタフライナイフを握り、ゆっくりと城山へと忍び寄ってきていた。

 そしてバタフライナイフが振り上げられた刹那、城山が背後の気配に気付いた。

「うわっ」

 咄嗟にケイから離れるようにして飛び退き、その一閃を回避。スズを睨み据える。

「なんだ、このアマ! ぶっ殺すぞ!」

 吠える城山にスズは吠え返す。

「お前も殺す! アヤちゃんの仇は、私が取る!」

 なにを言ってんた、と訝しげにする城山に対し、ケイは今の発言でおおよそを理解した。鹿島スズの持っているナイフは、間違いなく仲濱が持っていたナイフだ。そしてそれが赤く濡れている。血だろう。では、だれの血か。考えるまでもない。仲濱だ。おそらく犯人の心当たりがあると言っていた藤崎ケイを彼女はずっと付けていたのだろう。雑居ビルの屋上の一件も、物陰に隠れて窺っていたと考えられる。そして隙を見て仲濱を殺し、復讐を遂げた。と思ったが、ケイの行動を不審に思って付いてきたところ、真犯人に行き着いたと言ったところだろうか。

「駄目だ、鹿島さん! 殺すな!」

 ケイが制止を呼び掛けるが、スズは無視。ナイフを相手に差し向けて突進。城山は迎撃の姿勢を取る。そこには明確な殺意。ケイは駆け出した。これ以上、誰かが死ぬのはごめんだ。見たくない。殺し殺されなんて、普通じゃない。突き立てられたスズのナイフが城山に迫る。しかしその刃先を城山はひらりとかわし、勢いに前のめりとなっているスズへとナイフを振り下ろした。切られる。思わず瞼を落としたスズだったが、切られることはなかった。間一髪、ケイが間に合ったのだ。ケイはナイフを握る城山の手を押さえていた。そのまま先ほどのお返しとばかりに肩で体当たり。城山の体が後方に吹き飛ぶ。その隙にケイはスズからナイフを取り上げようとするが、スズは抵抗。嫌だ。私が殺すんだ。そう叫ぶ相手からケイは強引にナイフを取り上げる。そんなところで、城山の怒声。ふざけやがって。殺してやる。そう叫びながら突進してくる。ケイは身構える。見るべきは相手の切っ先。あれをかわし、奪い取る。失敗は許されない。そう心に言い聞かせた。城山はすぐそこにまで接近。ケイはその切っ先をかわそうとした――そのとき、背後から突き飛ばされ、前のめりになる。犯人はスズ。ナイフを奪われたことに対する、ただの腹いせだったのかもしれない。しかし、それによってケイの目算は大きく狂った。走ってくる相手。前のめりになる自分。予想外の展開によって二人は衝突。体と体がぶつかる。お互いに衝撃でよろりと後退った。

「――ッ」

 激痛。ケイは何事かと腕を見る。左腕に、果物ナイフが突き刺さっていた。

「ああああああああああ!」

 痛い。堪らなく痛い。読んで字の如く、刺すような痛みだ。

 それでも歯を食い縛って右手でナイフを引き抜き、投げ捨てる。

 ケイは痛みに身を竦めながら相手の城山を見やった。

 そして言葉を失う。

「……え?」

 城山の胸部が真っ赤に染まっていた。じわりじわりと広がる赤。その中心にバタフライナイフが突き刺さっていた。藤崎ケイが握り込んでいたナイフ。それが城山の胸部に刺さっている。いったいこれはどういうことだ。なにが起きた。混乱するケイの前で、城山が崩れるようにして倒れた。背後で歓喜が上がる。スズの声だ。彼女はやったやったと声を上げる。その側らで、ケイだけは自分のしたことをようやく認識し、震えだしていた。皮膚を貫く感覚、肉を貫く感覚。それが今さらに蘇ってきた。

「あ、あ、あ……」

 ケイは頭を抱えると、そのまま慟哭を響かせた。

 殺さないと決めたのに、もう人の死なんて見たくないと思ったのに。

 これが人を殺すということ。

 これが人が死ぬということ。

 その悲しみはケイの心を抉るように襲い掛かる。

 こういう結末を避けるために行動したはずなのに。

 こういう結末は悲しみしか生まないって気付いたはずなのに。

 なのに、最悪の形を以て決着はついてしまった。

 藤崎ケイは復讐を遂げてしまったのである、後悔という結末を残して。

 無論、時間は戻らない。

 楽しい時間も、悲しい時間も、等しく過ぎ去っていき、戻ることはない。

 人を殺したという後悔は、いつまでも藤崎ケイの心にあり続ける。

 だからかもしれない。

 その夜、新しく生まれた殺人犯の慟哭が、いつまでも鳴り響いていた。


「そん、な……」

 ミカはその光景に声を失い、そして膝から崩れた。

 偶然だった。

 偶然、鹿島スズを探して近くを彷徨いていたとき、声を聞いてしまった。藤崎ケイの物悲しい雄叫び。路地を走り抜け、その声の方へと駆けた。

 そして見てしまう。

 路地の狭い視界の中に、頭を抱えて慟哭するケイと、倒れ込む男性。その男性の胸に突き刺さったナイフが、今、ケイがしてしまったことを明確に説明してしまっていた。

「そん、な……」

 殺人を止めるために奔走していたのに、まさかこんな結果になるなんて。

 ミカは愕然としながら静かに携帯電話を取り出し、110と番号を打った。

 しばらくして相手が通話に出る。

 ミカは前方の惨劇を見据えながらありのままの光景を伝えた。

 こうして物語は幕を下ろしたのだった。

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