第22話.4-3
約一〇分後、ケイは事務室に戻ってきた。
しかしその頃には、スミレの姿は消えていた。
何故、どうして、どこに。
あらゆる疑問を抱きながら、ケイはスミレの姿を探す。八畳程度の事務室に隠れられる場所はない。店内にいる城山に尋ねてみるが、肩を竦めるだけで何も知らない、と。
「事務室から出てきてないし、いなくなったなら裏口から出ていったんじゃない?」
その指摘を受けて裏口のドアを調べると、確かに閉めたはずの鍵が開いていた。
出ていった?
でも、それはおかしくないか?
追われてる立場のスミレが、どうして自分から開けるというのだ。
いや、今はスミレが自分から出ていったかどうかなど些末な問題だ。
そもそもの問題は、スミレがいなくなったという一点。
最悪の場合を考えるならば、ストーカーに攫われたという可能性だろう。
考え出すと、想像は悪い予感を伴って膨れ上がっていく。風船のように、徐々に大きく大きく。そして想像は確信へと変貌する。
気付けばケイは携帯電話を取り出し、キイチへと連絡していた。
キイチがコンビニにやって来たのは、それから程なくしてからだった。
「どういうことだよ」
そう尋ねてきたキイチに、ケイはすべてを話した。
自分が殺人を諦めたこと、スミレから隠し事や嘘の件を聞いたこと。それらを伝え終えたところで、スミレがストーカーに付き纏われていたことを話し、一〇分ほど席を離した間に彼女がいなくなってしまった経緯を伝えた。
「キイチ。これはやっぱりストーカーの仕業だと思うか?」
尋ねられたキイチは、すこし思案してから言った。
「とりあえずスミレに電話はしてみたのか?」
「もうしてみた。でも出ないんだよ。いや、出ないのか、出られないのか。それはわからねえけど。仮に攫われていたとしたら、どうすればいい? 警察か?」
「警察もいいが、すこし待て。まだ攫われたと確定したわけじゃないんだ」
「それはそうだけど……」
「ケイ。お前は一〇分くらいここを離れてスミレを一人にしてたんだな」
「ああ。でも、まさか居なくなるとは思わなかったし……」
「反省はいい。それよりも一〇分か……」
キイチは何やら思案しながら裏口から外に出る。そして裏口前の道路の人通りが少ないことを確認し、ようやく口を開いた。
「ケイ。この裏口の鍵は、いったい誰が持ってるんだ?」
「持ってるって言うか、事務室の壁に掛けられてるぞ。ほら、そこに」
店の壁に鍵がいくつも掛けられていた。そして裏口の鍵もそこにあった。
「誰も持ち出してないから、誰かが所持しっぱなしってことはないと思うけど……あ、でも一人だけいるな。個人で所持している人が」
「だれだ?」
「店長だよ。店長の仲濱さん」
それを聞いた途端、キイチの顔が険しくなる。
「なるほど。つまりその仲濱って人が、第一候補ってことだな」
「……はあ?」
「じつは俺、さっき変なメールに従ってある人の家に行ったんだ。そしたら、そこには連続殺人犯の証拠があったんだよ。そして、その家の住人ってのが――」
キイチがまっすぐにケイを見据え、言った。
「ここの店長――仲濱さんの家だったんだ」
「……え?」
あまりの言葉に唖然としたケイは次に呆れてみせた、そんなはずがないと。
しかし。
「ケイ、嘘じゃない。本当だ」
そう言うと、キイチはその話が本当だと証明するように事のいっさいを事細かく話し始めた。メールの内容から、仲濱の家で見たその光景の詳細まで、すべてを。
「ケイ、これでわかったろ。連続殺人犯の仲濱がスミレを攫った可能性は充分にある。いや、と言うよりもストーカーと思った方がいい」
「……」
ケイは額を押さえ、ふらりと壁にもたれ掛かる。
もう訳がわからない。わかっているのは、犯人の有力候補が仲濱で決定したことだ。
あまりの急展開に頭が付いていけない。
だが、それでは駄目だ。
スミレが攫われているのだ。
ケイは自分にそう言い聞かせ、先の衝撃をひとまず脇に置いておくことにした。
「じゃあキイチ、その仲濱さん……いや、スミレはどこにいるんだよ」
「そうだな。まず誘拐であると仮定した場合、車か徒歩、どちらの移動手段を使ったかによって俺達がすべきことは違ってくる。と言うよりも、車の場合は打つ手がない」
「打つ手がないって、そんな……」
「落ち着け。言い換えれば、徒歩だった場合は打つ手があるんだ。……そうだな、この裏口の道は人通りが少ないが、人を強引に連れ回すことは不可能だろう。となると、この近くに監禁場所を設け、そこに連れていったと考えるべきか」
「この近くって、どこだよ」
「近くだよ、ケイ。近くだ」
「近く……」
仲濱が犯人だとして、いったい何処にスミレを連れ去ったのか。
もしも自分がスミレを誘拐した犯人だとしたら、何処に監禁するだろうか。まずは人目の付かない所がベストだが、おそらくそれ以前に迷うのは、監禁場所までの移動。人一人を攫うということは、相手の意思を無視して無理矢理に連れ出すということだ。ならば、街中を歩くのは無理。となると、キイチの言うとおり近場に監禁場所を設けるはず。さらに言えば、移動距離が短く、人が滅多に出入りしない場所が好ましい。
「そんな場所、あるのか? 攫った場所から歩きで移動可能な距離、且つ人が滅多に出入りしない場所。……あれ? それって何処かで……」
ケイは脳内を彷徨うように記憶の渦へと身を投じる。
いつだったか、それらしい場所を聞いた記憶がある。
何処だ。
何処で聞いた。
しばらく黙り込んでいたケイだったが、不意に呟いた。
「……隣の雑居ビル」
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