第20話.4-1
キイチの携帯電話が鳴ったのは、スミレと共にヒロの家へ向かっている道中だった。
今日はヒロの家の周りを見て回り、それから聞き込みをしようと予定していたのだ。
キイチは携帯電話を取り出し、画面を訝しげに凝視した。
メール。差出人は不明。内容を確認。
『連続殺人犯を知りたければ、ここに行くといい』
そして最後に住所が記されていた。
キイチはしばらく画面を睨んで、行動に出た。
返信。
数十秒後。
返信メールは、相手に届かず戻ってきた。
「……」
険しい顔つきで沈黙するキイチ。
と。
「ねえ、キイチってば!」
「え、あ、なんだ?」
隣にいたスミレが怪訝な様相で顔を覗き込んできた。
「なんだじゃないわよ。どうしたの? 突然、黙っちゃって」
「いや、なんでもない。……それよりもスミレ、予定を変えたいんだが、いいか?」
「え、予定の変更?」
「俺、これから行くところが出来たんだ。だから、今日の聞き込みは中止にしたい」
「それは、そんなに優先しないと駄目な用事なの?」
「ああ。だから、悪い」
そう告げ、キイチは走り出す。それを呼び止めるスミレの声。どこに行くのか。どうしたのか。しかしキイチの耳には届かなかった。見る見るうちに遠ざかる背中を見据えたまま、スミレはしばらくその場に立ち尽くしていた。
空が夜の様相に移り変わった頃。
目的の住所は、ケイの仕事先に程近いマンションだった。目指す部屋は303号室。キイチはごくりと喉を鳴らし、エレベーターを作動。六階で停止していたそれが一階へと下りてくる。妙な静けさが周囲に広がっていた。マンションの住人とすれ違わないのはただの偶然だろう。しかしそのことが異様な緊張感を持たせてくる。到着の音と同時に扉が開いた。キイチは乗り込み、三階を指定。扉が閉まり、三階へ。到着すると、キイチはエレベーターから下り、303号室の前へ。ここに、本当に犯人がいるのだろうか。そんな疑念を抱きつつインターホンを鳴らしてみた。住人からの反応はない。もう一度インターホンを鳴らす。反応はない。ならばとノックをしてみる。反応はない。留守だろうか。何気なしにノブに回してみる。
「……開いた」
キイチは生唾を飲み込み、意を決してドアを全開。
「すみません」
一応に呼び掛けてみる。返答はない。やはり誰もいないようだ。
キイチは律儀にも靴を脱ぎ、目の前の廊下を進んだ。芳香剤の匂い。廊下の端には、すこしだけ埃が溜まっている。おそらく週に一回程度の頻度で掃除しているのだろう。そんな廊下の先にリビングがあった。見回す。一人暮らしのようで、あまり物が見られない。これと言って変わった様子もない。が、そこでパソコンを見つける。キイチは電源を入れた。立ち上げると「スタート」の所からよく使っているらしいフォルダを開いた。画像や動画を保存しているフォルダのようだ。それぞれにタイトルが付いている。どうやら名前のようだ。それも女性の名前。その中から適当な画像を選ぶ。拡大された画像がディスプレイ一杯に映った。
「うっ」
キイチは思わず唸る。
そこには、体を分解された女性の姿があった。女性と認識できたのは、胴体が映っていたからだ。そうでなければ、気付くことなど出来なかった。
キイチは腹の底から込み上がってくる吐き気を飲み込み、フォルダ内を見ていった。すべてが女性の死に関わった物。そして途中から気付いた。画像や動画のタイトルは、その女性の名前なのだと。わざわざ殺した女性の名前をタイトルにしているのだと。
遂に耐えかね、キイチはそのフォルダを閉じた。
精神が太爪で削がれたように心が痛んだ。疲れた。吐き気がする。
それでも続行。次はネットへ。履歴を覗いた。そこに、あのアングラサイトがあった。履歴を見る限り、ここの住人は常連らしい。キイチはさらに踏み込んでみる。履歴からそのアングラサイトへ飛ぶ。掲示板。ここの住人がやり取りしていた様子が映る。その掲示板のトップに画像が上がっていた。投稿したのは、ここの住人。画像を見てみる。キイチは顔を顰めた。先ほど見ていたフォルダ。その中の画像の一つだった。キイチはすぐにネットを閉じた。もう見ていられない。これ以上は見たくない。頭がおかしくなりそうだ。そう断念したところで、それが目についた。ブックスタンドに立てられたノート。手に取り、開く。日記のようだ。しかしその内容はあまりに異様。女性の名前と日付を最上部に記し、次に女性への気持ちが延々と綴られている。一方的な愛情。それだけでも吐き気を催しそうになるが、途中で内容が一変。その女性を攫ったことが記されてあり、その次には懇切丁寧に殺し方が綴られていた。そして最後は嬉々とした感想で締められている。あまりの内容に足元がふらつく。自分の頭がおかしくなった気さえする。それでもキイチは深呼吸の後、キッチンへと向かう。日記の中に、気になる一文があったのだ。キイチはキッチンへと辿り着いたところで、そこの床に赤い染みがあるのを見つけてしまう。染みの前には、大きめの冷蔵庫。嫌な予感がした。見てはいけない物がその中にはあるような気がした。それでも冷蔵庫の扉を開いた。
そしてキイチは思わず腰を抜かし、愕然と冷蔵の中を見据えた。
冷蔵庫の棚に、幾つもの人間の頭部が並んでいたのだ。
キイチはすぐに体を起こし、冷蔵庫のドアを閉める。
見てはいけない。
あれは、見続けてはいけない。
脳がそう信号を発している。
キイチは飛び出す勢いで廊下に戻り、壁に背中を預け、次にはずるずると背中を擦ってへたり込み、頭を抱え、脳裏に焼きついた先ほどの光景に思わず唸り声を上げた。忘れろ、忘れろ、忘れろ。胸中で念仏のように唱える。それでも辛うじて正気を保てているのは、友人のことが頭の片隅にあったからだろう。
「スミレを連れてこなくて良かった」
危険が伴う可能性を考え、置いてきたのは不幸中の幸いか。
しかし、これで確信が持てた。
この部屋の住人は、異常者だ。
そして、おそらくは連続殺人犯。
ようやく見つけた。
やっと見つけた。
後はこのことを警察に報せて終わらせるだけ。
震える手に気付きながらキイチは携帯電話を求めた。
そんなところで、着信が入る。
相手はケイ。
通話に出る。
焦りの帯びた声が電話口から聞こえてきた。
『キイチ! お前、いま何処にいる!』
「どこって、それは……」
『すぐに俺が働いてるコンビニに来い! スミレが、スミレが――』
心がざわつく。いったいどうしたのかと尋ねる声が出てこない。
しかしそんなキイチの心情を無視し、ケイが核心を告げた。
『スミレが、攫われた!』
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