第19話.幕間-6

 その頃、ミカはケイを探して校舎内を奔走していた。

 ケイの教室に行ったところ、彼が進学科の教室に行ったという情報を得て向かってみたが、着いた時には彼の姿はもう無く。念のために進学科の者に確認すると、彼はすでに帰った、と。ミカはすぐに下駄箱を目指した。

 しかし、どうしてケイを探していたのか。

 それは、スズの件について相談があったからだ。

 鹿島スズの殺人意志を知ってからというもの、ずっと阻止する方法を考えていた。そして行き着いた結論が、藤崎ケイに協力を要請するというものだった。状況を理解している彼ならば、協力を受け入れてくれると考えたのだ。ただ問題があるとすれば、肝心の殺人阻止の具体策が思い浮かんでいないことだろう。もっとも大事なことなのだが、そこは追々考えていくしかない。

 思案しながら走り、ミカは下駄箱に到着。同時に会話する男女を視界の端に捉える。何処かで見たことがある二人組み。そうあのとき、雨の中を後ろからハンディカムで撮られていた二人だ。名前は、三木スミレと浅見キイチだったはず。二人はミカに気付かずに会話を続けていた。ミカも二人を気にせず靴を履き替えようとしていた。

 そんなところで。

 ミカは、スミレがキイチに発した言葉に停止。思わず「え?」と声が洩れる。そんなミカの存在に気付かず、キイチがスミレに言葉を返す。おそらくは部外者が聞いてはいけない内容。それを自覚したとき、ミカはわざと音が鳴るように靴箱を開いた。二人の会話が止まる。ミカは靴を履き替え、なにも聞いてない風を装って校門へと駆けた。

 今の話は本当なのだろうか。それとも何か仲間内での冗談なのだろうか。

 いや、さすがに会話の内容から冗談とは思えない。

 しかし。でも。

 そんな困惑が頭に渦を巻いていたとき、ミカは校門を抜けるケイの姿を見咎めた。

 そうだ。今は彼に会うことが何よりも優先されるんだ。

 さっきのことは、ひとまず忘れよう。

 そしてケイの手を後ろから掴む。

 衝動的な行動だったが、彼女が男性の手を握ったのは、このときが初めてだった。

「えっと、なに?」

 ケイが驚いた様子で振り返り、問い掛けた。ミカは本来の目的を言おうとしたが、そこで繋がっている手に気付いた。慌てて手を離す。ケイはその慌てぶりにすこし驚きを見せる。ミカは一歩だけさがり、深呼吸を一つ。意を決して言ってのける。

「この前、ケイくんが屋上で鹿島さんと話してるのを聞いちゃったんだけど……」

 途端、ケイの表情が強張った、忌々しいものを聞かされたと言うように。

「見てたのか、あれを……」

 見られたくなかったのか、彼の声には苦々しさが滲み出ていた。しかしそれも致し方ないことだ。殺人云々の話など他人に聞かれたくはなかっただろう。

 しかしミカは頷いた。

「見てたよ」

「そうか……」

 ケイは悩ましげに眉根を寄せ、目を伏せた。

 その姿を見て、ミカは思った。

 きっと彼も悩んでいるのだろう。どうすれば鹿島さんの行動を止められるのかと。だからこそ、言わなくてはならない。私も協力すると、だから一人で悩む必要はないのだと。

「ケイくん、あのね。私、協力を……」

「ミカ。あの屋上でのことは忘れてくれ」

「……え? 忘れる?」

 ミカは言葉を疑うように目を丸くした。

「なんでそんなことを……」

 言うのか、と口にしようとしたとき、ケイが声を被せるように言った。

「ミカ、やめとけ。この件に関わると不幸になるぞ、絶対に」

 忠告だった。何故か、彼は確信を持っているように見えた。

「じゃあ、ケイくんはどうするの? 鹿島さんは放っておくの?」

 問うと、ケイは気まずそうに視線を逸らしたが、すぐにミカを見据えた。

「俺はもう抜け出せない。それに役割もある。でも、お前はまだ関係ない。だからわざわざ関わるのはやめとけ」

「なに、それ……」

 友達だと言ってくれたのに、関係ないと言うのか。水瀬ミカには藤崎ケイの悩みの一端すら背負えないと、背負わせられないと、そう言うのか。

 ケイは唖然とするミカの肩をぽんと叩いた。

「ミカ、これは俺なりの善意だ。関わるな」

 そう告げて、彼は去っていった。

 ミカはその背中を呼び止められなかった。

 裏切られた、と言うのは過剰な表現かもしれない。

 だけど、それに準ずる行為を受けた気がした。

 失望とは、こういう心境のことを言うのかもしれない。

 なんで一緒に悩ましてくれないのか。

 なんで一緒に解決しようと言ってくれないのか。

 まるで壁を作られたような感覚に、ミカは悲しさと寂しさを覚えた。

 だが同時に、はたと気付かされる。

 それは自分も同じだ、と。

 人と話すのが苦手だからと、話し掛けられないように壁を作り、自分を守ろうとしていた。でも、もしかしたらそのような行為で誰かを傷付けて来たのかもしれない。

 そんなつもりはなかった。

 でも、そういうことがあったのかもしれない。

「……それでも今は関係ない」

 そうだ。

 今は反省するときではないのだ。

 ミカは決意と拳を固めると、足早に自宅を目指した。


 普段、ミカは帰宅の際には裏口を使う。しかし今日は表にある店の出入り口から入った。両親が客と間違えて挨拶を飛ばす。が、娘の帰宅とわかってどうしたと尋ねた。いつもと違う行動に、単純に疑問が浮かんだのだ。ミカは出入り口の前で突っ立ったまましばらく言葉を探していたが、両親に催促されたことで意を決した。

「あのね、お父さん、お母さん。頼みたいことがあるの」


 ミカは自室に入ると、部屋の隅に学生鞄を置き、カーテンを閉めた。そしてハンガーに制服を掛ける。姿見には、下着姿の自分が映っていた。

 そんな自分の姿を見据えながら、ミカはことの次第を整理する。

 とりあえず、今やるべきことは鹿島さんの殺人の阻止だ。そのために、親にはしばらく店の手伝いが出来ない旨を伝えた。さすがにその理由までは言えなかったが、親は深く追及することはしなかった。むしろ歓迎している節すらあった。

 あの反応は、いったいどういう意味だろうか。

 そんなことを考えそうになった頭を振り、ミカは頬を叩いた。

「集中、集中。今は親のことよりも鹿島さんのことだ。……さて、やるか」

 自分に言い聞かせ、ミカは手早く着替えて家を出ていった。

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